♯15 小さくなっても中身は同じ
『というわけで我じゃ』
「いや、我じゃ、じゃないんだけどね?」
子猫のようにちょこんと膝の上で丸くなる雷虎を撫でながら、イスカは苦笑する。
あの後、身体が縮んだ雷虎の怪我はすっかり治ってしまっていた。
雷虎曰く、自身の魔力を凝縮させて癒したとの事だ。古い時代の生き物は規格外だなぁとイスカは思った。
まぁしかし何の代償もないわけではない。
魔力を凝縮させるための一番楽な方法が、一緒に身体を縮める事だったらしい。
それでほとんどの魔力を使ってしまったため、元の大きさにも戻るための魔力が足らず、しばらくこのままとの事だ。
「うーん、これどうするかなぁ」
「本来の雷虎用の封印を使うと、ちょっと強過ぎてしまいますよね」
「そうなんだよねぇ。弾け飛んじゃう」
『物騒じゃのう』
イスカはリブロと並んで校庭のベンチに座り、ひとまず騎士団の到着を待っている最中だ。
たぶんそろそろ来るだろう。
そんな事を考えながらイスカは雷虎を撫でる。意外とふわふわしていて撫で心地が良い。
「……私でもまだ膝枕してもらった事ないのに」
それを見てリブロが小さくそう呟いた。
雷虎は、くかか、と笑う。
『何じゃ、まだ進展しておらんのか。奥手じゃの~』
「奥手じゃなくて節度だよ。……身分って厄介だなってそういう時は思うよ」
リブロは憂い顔を浮かべてそう言った。
これは作った顔ではなく、本心からのそれだなとイスカは思う。
普段の憂い顔も良いけれど、今の表情もとても良い。
そう思いながらイスカは少し考えて、
「します? 膝枕」
「えっ!?」
なんて言って見たら、リブロが顔を真っ赤にして立ち上がった。
「あ、え、えっと……せ、積極的だね、イスカ……えへ……」
『今のでどうしてここまで顔がトマトのような色になるんじゃ。貴様の情緒は大丈夫か』
あたふたと慌てるリブロに、雷虎が呆れた眼差しを向ける。
嫉妬心を出すわりには、意外とこういう事にリブロは弱い。
先ほどモニカが言っていたが『ギャップ萌え最高』とはこういう事を言うのだろうなとイスカは思った。
『まぁチキンは横に置いておいて』
「誰がチキンだって?」
『貴様じゃ貴様。そんな事より、先ほどの炎の魔術の件じゃがな。あれは貴様らの仲間の仕業ではなかろう?』
「違うよ。雷虎と遊ぶ時に、不意打ちは無しだって約束があるでしょう」
『ハッハッハ。貴様らは本当に律儀じゃのう』
イスカがそう答えると、雷虎は楽しそうに喉を鳴らす。
それから尻尾をゆらゆらと揺らし、
『炎の魔術を得意とするのは恋の神じゃ。アレの関係者だと思うぞ。炎が妙に熱かったからのう』
と言った。
恋の神――つまりトルトニスの事を指す雷虎の言葉に、カルロ・ヴァンの顔が浮かぶ。
イスカとリブロは顔を見合わせた。
『のうイスカ、ついでにリブロ。貴様ら少々困っておろう? ならば我が手伝ってやろうではないか』
「手伝う?」
『ああ。形は小さくなってしまったが、魔術の匂いを調べるのは得意じゃぞ』
「さっき気付かなかったじゃない」
『寝起きだっただけじゃし~』
「耄碌してるって言ったくせに、この虎……」
ヒュウと口笛を吹いてすっとぼける雷虎に、リブロの目が据わる。
ふむ、と思いながらイスカは彼に聞き返す。
「その見返りに?」
『我が元の身体に戻るまで、食事と寝床を要求する!』
びしり、と雷虎は胸を張ってそう言い放った。
まぁつまり小さくなっている間は快適な暮らしを約束しろ、という事だ。
雷虎も雷虎で今の状態だと封印が難しいのを理解しているのだろう。
「リブロ様、どうします?」
「まぁ悪さをしないなら良いと思うよ。雷虎は『この場所で思い切り暴れたら大人しく封じられる』っていう約束を、ずっと守ってくれているからね」
『我は嘘を吐く人間どもとは違うからの』
雷虎は、ふふん、と得意げに尻尾を揺らす。
イスカ達に律儀だと言ったが彼もとても律儀なのだ。
少なくともイスカが五年前に会った時から一度も、その約束は破られていない。
(どうして大人しく封印されるんだろう)
そう疑問に思った事もあったが、聞く機会もなかった。
ちょうど良い機会だから、様子を見て聞いてみようとイスカは思う。
『では契約成立で良いかの?』
「良いよ。それじゃあ君の寝床だけど……」
『うむ! 我はイスカのところが良いぞ! 今生きている人間どもの中では、一番仲が良いからの!』
「おや、それは光栄。リブロ様、それで構いませんか?」
「私個人としてはちょっと面白くないから反対したいけれど……うん、いいよ。イスカの傍にいて貰った方が色々と安全だと思う」
言葉通り面白くなさそうな顔をしていたリブロだったが、そう言って頷いた。
カルロ・ヴァンの件、魅了の件、そして今の魔術の件。
色々あるが、ここ最近で直接それらと接触が増えたのはイスカだ。
なので弱体化はしていたとしても、雷虎が一緒の方が安全だとリブロは考えたのだろう。
「あ、それならリブロ様の方でも良いのでは? 護衛にもなりますし」
『嫌』
安全面を考えればリブロも同じなのではと思いイスカが言うと、雷虎から一言で却下されてしまった。
嫌らしい。
雷虎は、つーん、と顔を背ける。
『この小僧、宣誓神の加護を貰っておるじゃろう。かたっ苦しい魔力の気配が飛んで来るから、気になって身体が休まらん』
「あー、そういう」
性格とか相性云々ではなく、そちらの意味だったのかとイスカは納得する。
先ほど魔術の匂いを調べるのが得意と言っていたが、そういう感じなのだろう。
「ではうちで面倒を見ますね」
「よろしくね。そいつが変な事をしたら、直ぐに叩き出して良いからね?」
『変な事も出来んチキンがよく言う』
「魔術セメント漬けにしようかな……封印より早いし……」
雷虎の挑発にリブロはサッと乗って真剣な眼差しで考え出した。
これは早々に話題を切り上げた方が良さそうだ。
そう考えたタイミングで騎士団が到着したのだった。




