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♯10 情緒がおかしい


「いや、せめて場を落ち着かせてから来い。何でそのまま放置した?」


 生徒会室へ到着すると先ほどの騒ぎがの声が少し聞こえていたようで、クルツから何があったのかと尋ねられた。

 今のところ部屋にはクルツ一人のようだ。

 イスカとリブロが説明すると、クルツからは呆れた眼差しを向けられる。


「だってイスカの言葉が嬉しくて……」

「お前の情緒はどうなっているんだよ、生徒会長サマよ……」


 憂い顔を浮かべるリブロに、クルツはハァ、とため息を吐く。


「まぁ当事者がいなくなれば、あっという間にはけるだろうけどさぁ」


 そしてそう続けた。

 クルツの言う通り、あのまま残っていても微妙な空気になるだけだ。

 なので騒動の中心人物がいなくなれば、そのまま自然と解散するだろう。


「ふふ、大丈夫だよ。あの騒ぎに集まっていた全員の顔は覚えているから、必要なら後でフォローするよ」

「相変わらずさらっと怖い事を言うよね?」


 ひい、とクルツは青褪めた。

 実際にこれが出来るのがリブロ・ルレザン・ノービリスという人間だ。

 穏やかに見えて苛烈な性格をしている彼のブレーキ役を期待されて、イスカは彼と婚約したのだ。


 リブロはやられた事はきっちりやり返す人間だ。

 イスカと婚約する前は、今よりもっと大変だったらしい。

 自分や家族に対して悪意を持って接してきた相手に、その都度、しっかり報復していたそうだ。

 年齢、立場、性別問わず、とにかく平等にリブロはやり返していたらしい。


 それを見て「うちの子供大丈夫かな……」と両陛下はさすがに心配になった。

 王族に対して悪意を持って接してきた時点で、まず相手側にも問題があるのだが、だとしても将来が不安になったのである。

 何とか落ち着かせるためにはどうするか、そう考えて、リブロの性格とは反対の大らかで呑気な人間が傍にいれば、中和されて良いのではないかと思いついたらしい。

 そこで白羽の矢が立ったのがイスカだ。年齢も同じだしブルーム家自体の評価も高い。

 一応、ライト家も候補には上がったのだが、アンジェリカの性格がどうにも合わなそうだという事で外れている。

 たぶんブルーム家がライト家から絡まれる理由の一端はそこだろう。

 結果的にイスカとリブロは上手くやっている。リブロのブレーキ役としても、それなりに効果を発揮しているのではないかな、とイスカは思っている。


「ところでイスカ、さっきはどうして手を握られていたの?」


 そんな事を思い出していると、リブロから質問を受けた。

 機嫌は直ったが気になってはいたようだ。


「挨拶をして、アンジェリカさんの件の謝罪されまして。それでお気になさらずと言ったら、優しいですねと手を握られました」

「えぇ……それだけで……? カルロ・ヴァンさんの情緒もどうなっているの……?」


 クルツがぽかんとした顔になる。

 まぁ気持ちは分かるなとイスカは思った。


「そう言えばクルツは昨日の夜会の話を知っているよね?」

「ああ、うちの両親とリブロに聞いたよ。大変だったなぁ……主にラグナ殿下とファロ様が」

「クルツ、私達も大変だったんだよ?」

「いやリブロ、あのな? お前は確実に騒動の原因の片割れだよ」


 心外な、と言わんばかりのリブロに、クルツはそうツッコミを入れる。

 こういう部分をちゃんと指摘出来るのはクルツの良いところだ。

 彼はイスカとは別の意味でクルツのブレーキ役を担っている。


(ツッコミが多すぎて疲れるとは言っていたけれど)


 思い出してイスカがフフ、と笑う。

 それから持っていたレモンパイの包みを持ち上げて、


「とりあえず、お茶にしませんか。今日の差し入れはレモンパイです」

「やった、ちょうど酸味が欲しいところだった!」


 パッとクルツが顔を上げて、いそいそとお茶の準備を始める。

 イスカもテーブルの上にレモンパイの包みを置く。


「あ、美味しそうな奴だ。私が切り分けても良いかい?」


 そう言うとリブロは魔術で氷の包丁を作り出す。


「はい、よろしくお願いします、リブロ様」

「うん。それじゃあ、イスカと生徒会の人数で切り分けるね」


 にこっと笑うとリブロはレモンパイに氷の包丁の刃先を入れる。

 サク、サク、と綺麗に切り分けられていく。


(さすが切れ味が良いな)


 魔術は使い手の技量に合わせて、その効果が変化する。

 今リブロが使った氷の魔術も、使い手次第では何一つ切れないナマクラにだってなるのだ。


(リブロ様は昔から魔術も上手いからなぁ。たくさん練習なさったんだろう)


 そんな事をレモンパイの綺麗な切り口を見ながらリブロは考える。


「イスカにじっと見られると照れちゃうな……」

「照れ顔をありがとうございます」

「えっ、うん、えっと、それはどうも……」


 イスカが心の声のままに褒めると、リブロは頬を赤くした。

 ああ、それにしても今日も顔が良い。素敵だなとイスカは思う。


「でも私がこういう顔をするのは、君にだけだからね」

「では私だけの宝物というわけですね。ありがとうございます、栄養になります」

「くう、だからそういう事を平気で言うんだもの……っ」


 レモンパイを切り終えて、氷の包丁を消したリブロは、両手で自分の顔を覆う。

 フフ、とイスカが微笑んでいると、


「おいこらバカップル。いちゃいちゃしているところ悪いが、お湯が沸いたぞ。お茶の時間だ」


 ヤカンを持ったクルツが苦笑しながらそう言ったのだった。


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