♯1 イスカとリブロ
「最近、私と君の婚約を解消しようなんて話が出ているんだ」
とある日のこと。
イスカ・ブルームはお茶会の最中に、婚約者からそんな話を聞かされた。
沈痛そうに顔をこちらへ向ける彼はリブロ・ルレザン・ノービリス。イスカと同い年で、この国ノービリスの第三王子である。
さらさらした色素の薄い金髪が彼の端正な顔にかかる。
憂いを帯びたその表情を見て、側にいたメイドや護衛の騎士達の顔が赤くなるのが分かった。
(また今日も私の婚約者殿は見事な魔性っぷりだなぁ)
十年ほど婚約者をやっていると分かるが、リブロはこれを計算してやっている。
何か頼みたい事がある時や会話の流れが少々面倒な時、相手をからかう時などに、リブロはこの表情を浮かべるのだ。
もちろん表情と同じ感情をしている時もある。
今の表情がどれに当たるのか、見れば大体は分かるようになった。
だってイスカは、リブロの事を何とも思っていなかった七歳の頃からずっと、良い所も悪い所も見ながら交流を続けているのだ。さすがに分かる。
あなどれない。本当にあなどれない。
けれどもこういう部分もイスカは好きだった。
(ああ、それにしても顔が良い……声も良い……)
そんな事をしみじみ思いながら、イスカは彼に聞く。
「なるほど、困りましたね。どうしましょうか、リブロ様。それでは婚約を解消しますか?」
「しません。嫌です。そんな事をするくらいなら、私はそれを勧めて来た奴の口を魔術セメントで固めたいくらいだもの」
するとリブロから「何を言い出すのか」と、ちょっと怒った顔でそう返されてしまった。
発想が実に物騒である。
それにしても怒った顔もまた良い。うんうん、とイスカが心の中で呟いていると、
「……イスカは私と婚約を解消してもいいの?」
なんて拗ねたように聞き返されてしまった。
リブロは少しだけ首を傾けて、イスカの目を見上げるような角度を取っている。
あざとい。実にあざとい。しかしイスカにはご褒美だった。
「いえ、まったく。それにしてもリブロ様、そのお顔も素晴らしいです。さすが魔性の君。ありがとうございます。私の栄養になります」
「イスカに喜んで貰えて嬉しいけれど、私はとても複雑だよ……」
正直にイスカが言えば、リブロは何とも言えない顔でハァ、とため息を吐いた。
それすらもイスカにとってはご褒美のようなものだが、とりあえず言葉にするのはやめておく。
イスカはリブロの事が好きだ。顔も中身も大好きだ。
だからリブロの望みは叶えたい。だから彼が望むのであれば婚約解消も仕方ないとは思っている。
そんな事を想いながら、好きだなぁとリブロを見ていると、
「……えっと、イスカ、イスカ。君が私の顔を好きなのは知っているけれど、そんなに見つめられ続けると、さすがに照れてしまうよ」
「えっそれは実にご褒美」
「イスカ」
「失礼しました。ですがリブロ様。確かに私はリブロ様のお顔は好きですが、中身も大好きですよ」
「…………ッ!」
イスカがにこりと笑ってそう言うと、リブロは手で口を覆って真っ赤になってしまった。
「……そういう、そういう事を平気で言うんだから……ッ」
そして何かを堪えるようにぷるぷる震えている。
その場にいたメイドや護衛達も同様に顔を赤くしていた。
「君も大概、魔性だと思うよ……」
「そんな私を落したのがリブロ様です、胸を張ってください」
「どうして君の方が偉そうなのかなぁ……はぁ、好き……」
きりっとした顔でイスカが返すと、リブロはそう呻く。
(――それにしても)
婚約を解消させようという話は、これまでもそれなりに聞いていたが、リブロの口から出ている辺り、結構深刻な部分まで来ているようだ。
イスカはリブロの事が好きだから婚約を解消したくない。
リブロが解消したいと望むなら別だが、そうでないなら抗いたい。
さて、どうしようかな。
そんな事を考えながら、イスカは紅茶を一口飲んだ。




