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魔王、困惑する

 


「なんなんだ、あのぶっとび聖女は……」


 魔王ラフェオンは、執務室で頭を抱えていた。


 ぶっとび聖女。我ながら言いえて妙である。あんな聖女が存在するなんて。

 いや、聖女という枠に留まらず、人間全体でもあのような存在はいないに違いない。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 ラフェオンは魔王という立場ながら争いを好まない。人間ともどうにか上手くやっていけたらと考えている稀有な存在だった。

 だからこそ、自分が魔王位についてからは、魔族たちの人間への手出しをきつく禁じた。


 しかし、魔族らしく過激な思想を持つ者たちはラフェオンに反発し、これ見よがしに人間を害することも少なくはなかった。

 それでもなんとか歩み寄る道を模索していたというのに──


 人間たちが自分を討伐するために魔王城を目指していることを知った時、湧き上がったのは憂いの気持ちだ。

 魔族が魔族である限り、魔王が魔王であるかぎり、人間とは平和的な関係を築くのは難しいのだろうか。


(せめて、死ぬ前に諦めて帰ってくれれば……)


 魔王討伐の途中で全滅などということになれば、ますます魔族や魔王への恐怖心や憎悪、嫌悪が増してしまう。


 そう思っていたが、予想外のことが起こる。決してたどり着けるはずもないと思っていた人間たちが自分の前に現れたのだ。


 それだけではない。


 驚かせて戦意喪失させ、どさくさに紛れて人間界に飛ばそう。死なないように。


 そう思い、幻影で世にも恐ろしい姿を見せていたところ──なぜか人間たちが突然吹っ飛んだ。


(……は?)


 その様子は満身創痍。しかし、もちろんラフェオンは一切手を出していない。


「くそっ……魔王、これほどの力とは……!」

「一瞬で僕ら全員を……なんて恐ろしく悍ましい存在なんだ……」

「……………」


 おまけになんかめちゃくちゃラフェオンを畏怖の目で見ている。何もしてないのに。

 さらに。


「どうか、私のことは忘れて……みなさんは私の分まで生きてください……!」


 ……なんか始まった。

 どういうことだ?と呆然としている間に、ボロボロに傷ついた3人の男が消えた。


 そして、さっきまで涙を流し、悲劇を体現していた清廉な聖女が、けろりとした顔で振り向き満面の笑みを向けてくるのだ。


「私、あなた様がどタイプなので、帰るのやめました」


 魔王が戸惑うのも無理もない話だった。


 ──一体、こいつはなんなんだ!?!?


 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 執務室の窓の外に視線を向ける。

 そこには聖獣がいた。最近聖女セシリアのペットになった聖獣だ。


 聖獣は、窓の外で浮きながら、器用に右の翼を広げて見せつけてくる。ドヤ顔で。自慢げに。


 そこにはセシリアの瞳と同じ輝くような青と、セシリアの髪と同じ透き通るような白銀が飾り付けられている。

 大層気に入っているようで何よりである。


 宝石にも見えるそれはどうやら花らしい。セシリアがペットを飼うことの有意義さをプレゼンするときにそう説明していた。


(どうやったらただの花があれほど輝く飾りになるのだか……)


 ちなみに、聖獣の可愛さをアピールしているのかと思ったが、なんとなく察したセシリアの感情としては『いいペット捕まえたでしょ?褒めて!』といったところのようだった。子どもか。



 ──はじめ、魔王はセシリアのことを非常に警戒していた。


 何を企んでいるのか、どうするつもりなのか。全く分からなかったからだ。

 なにより、セシリアは聖女。それも、恐らくとんでもなく強い力を持った聖女だ。


 人間との和平より先に、魔族全てが滅ぼされてしまうかもしれない。


 しかし、それは杞憂だった。



 窓の外から騒ぎ声が聞こえてくる。



「セシリア様~~~!!今日こそこのイルキズめを踏んでください~~~!!!!なにとぞ、なにとぞ~~~!!!!」

「はあ、私が追いかけられたいのはラフェオン様だけですわ!この変態め!」

「はううっ、言葉の暴力も、イイッ……」

「どうしてこんなおかしな進化の仕方をしちゃったのかしら」


 過激派筆頭のイルキズはすっかり変わった。よく分からない方向に。

 イルキズは強い。魔族の中でイルキズの力に適う者など、それこそラフェオンくらいだろう。

 しかし、ラフェオンは平和主義であり、イルキズを言葉で説得することを望んでいた。何より、実の弟である。どうしようもない場合はボロボロにして屈服させるしかないとは思っていたが、取り返しがつかなくなるまではその手段を取りたくないとも思っていた。


 それがイルキズをつけあがらせていたわけだが。


 ……誰にも暴力で抑えつけられたことのなかったイルキズは、セシリアによって初めて味わった力による敗北におかしな扉を開いてしまったらしい。


 ふと、視界の端に小鳥が入り込む。

 小鳥は目をかっぴらいてラフェオンを凝視している。

 その正体がキャムという少年であることはラフェオンも承知の上だ。


「はあ……」


 キャムに限らず、最近はストーキングされることが増えた。食事や執務の休憩時間にも視線を感じる。

 どうやら、セシリアの信者である『元弱者』の使用人たちが、こぞって手柄(※ラフェオンの好みをセシリアに告げ口すること)をあげることに躍起になっているらしい。


 ──ラフェオンがずっと変えたいと思って、それでも難しかった魔族たちが、セシリアによって徐々に、徐々に変えられている。



 思案にくれているラフェオンの側で、すすり泣く声が聞こえた。


「うっ……セシリア様は、本当に救世主です……!ラフェオン様、どうかあのお方をお離しなさいませんよう……!」


 最近なぜか涙もろくなったロッドが切に訴えてくることにも、魔王は困惑していた。



(離さないようにと言われても……なぜ好かれているのかもよく分からないのだが)


 魔王はまだ、自分でもセシリアへの『敵対するかもしれない者』として警戒する心が薄れていることには気づいていなかった。




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