聖女、使用人を追い出そうとして懐かれる
魔王弟イルキズをこらしめて数日後、私の暮らす離宮に、ロッドにつれられた3人の魔族がやってきた。女性が一人、男性が二人である。
どうやらメイド、料理人、庭師らしい。
どうして今更?と思わなくもないけれど、それよりも気になったことがある。3人とも、なんだか見るからにボロボロなのよねえ。
「ねえ、どうしてあの3人はあんなに怪我しているのでしょうか?」
気になって、こっそりとロッドに聞いてみた。
怪我している、というか。ノンナと名乗ったメイドは顔に大きな傷があり、左目は潰れているし、料理人としてやってきたデイミアンは右足がない。庭師の少年キャムは足を引きずっている上に右手を失っていた。もうボロボロもボロボロだ。
私の質問に肩をびくりと振るわせたロッドは、顔色を悪くしながらも答えてくれる。
「た、大変申し訳ございません!セシリア様に快適に暮らしていただくべく早急に使用人を募ったのですが、やはりまだ聖女様であらせられるセシリア様をよく思わない愚か者も多く……怪我がひどく他でなかなか働き口が見つからないあの3人しか連れてこられなかったのです」
懺悔するようにそう言ったラフェオン様の側近ロッドの話は、ちょっと私の聞きたかった内容とはズレていた。なんでそんなに怪我したの?って聞いたつもりだったのだけれど、なんであんな怪我してる3人なの?って聞こえたらしい。まあいいか。そこまで興味があるわけでもないし。
それにしても、なるほどねえ。行き場がないから仕方なくきただけで、きっとあの3人も私なんかに仕えるのは嫌で仕方ないんでしょう。どう見ても渋々だし。私に挨拶するどころか目も合わさないし。
私も別に、使用人なんかいらないのよねえ。なんだか急に私に好意的になったロッドが気を使って集めてくれたんでしょうけど、私は自分でなんでもできるし。自分を嫌っている人に無駄に側にいられてもただのストレスだわ。
というわけで、さっさとここから出て行ってもらうことにしましょう。
「ちょっと皆さん、こちらに集ってくださいますか?」
私が声をかけると、嫌そうな顔を隠すでもなく、3人は本当に渋々と集まった。嫌そうながらも少し怯えた風なのは、私が聖女だからだろうか。聖魔力で傷つけられるとでも思っているのかもしれない。
その態度を見ていると何か声をかけるのも面倒くさくなって、私はさっさと3人に魔法をかけることにした。それぞれ症状や欠損に差があるみたいだけど、個別に調整するのも煩わしくて、とにかく強めの治癒魔法を一気に全身に浴びせかける。
3人は一瞬、私に攻撃されたと思ったのか、身を守るように身を縮めたり、体を庇うような仕草を見せた。
けれど、すぐにそうではないと分かったようで、光に包まれた自分の手や体を見つめながら呆然と立ちすくむ。
失礼しちゃうわね!傷つけようと思っていたなら、今頃その存在はチリひとつ分も残ってやしないわよ!ふん!
「は?」
「え?」
「嘘だろ……?」
光が収まり、すっかり全ての傷が癒えていた3人は呆然としている。
私の治癒魔法であれば、なくした目も足も腕も元通りだ。
「さあ、全ての傷が癒えたなら、いくらでも他の仕事につけるでしょう?ここを出て好きなところへ行くといいわ」
怪我が原因でこんなに嫌がっている私の元でしか働けないなら、その怪我を治すまでよね。
それなのに、3人は震えるばかりで動こうとしない。
まあいきなり諦めていた怪我が全て元通りになっても、すぐに現実だと受け入れることができないのだろう。実感が湧いてきたら出て行くといい。
そう思い私は気にせずくつろがせてもらおう、とお茶を入れようとしていたら、ティーポットを持つ手にそっと別の手が添えられた。顔を上げるとノンナだった。揃った両目は潤んでいて今にも泣き出しそうだ。けれど、傷が癒えた顔は泣きそうに歪んでいても可愛らしい。
「……セシリア様は、どんなお茶がお好みですか。どうかアタシに淹れさせてください」
ノンナは震える声でそう言った。……あら?出ていかないの?
意外に思っていると、デイミアンとキャムも転がるように走り寄ってきて、私の足元に跪いた。
「セシリア様はどんな花が好きですか!?この離宮の庭園を俺が誰よりも美しくして見せます!だから……!」
「セシリア様、料理はどうですか!?前菜からデザートまで、絶対に満足させて見せますから!もちろんおやつも!だ、だから僕たちをどうかおそばに置いて下さい!」
出ていかせようと思って傷を治したらなんか懐かれたらしい。なんで?
「ええっと……あなたたち、嫌々ここに来たんでしょう?」
「ど、どうかお許しを!あなた様がくださったご慈悲に報いたいのです!この未来への光はあなたがくださったのですから!」
わあ!驚いた。魔族って、思っていたより情に厚いらしい。まさかちょちょいとかけた治癒魔法で、こんなに恩に思われるとは思わなかった。それにその瞳に宿るのは本気の親愛に見えるのだけれど。懐くの早っ!いくらなんでも傷を治しただけでこれほど私に気を許すとは思わないじゃない?
ウッウッ……と声が聞こえることに気がついて視線を向けると、側近ロッドが嗚咽を上げながらハンカチで目元を抑えていた。
「なんと美しい光景だ……!!聖女セシリア様……本当に、なんと慈悲深い……魔族の中でもあれほどの怪我を負うような弱き者は出来損ないと蔑まれるのが常、ましてや人間であり不遜な態度をとられたセシリア様が、この3人の傷を癒すなど……!そもそもなくした腕や足が戻るなど、真にこの世の奇跡……!」
うーん?そんなつもりじゃなかったのだけれど……?
……まあいっか!
「ねえ、さっきの答えだけれど、お茶も花も料理も、ラフェオン様がお好みのものにして欲しいわ!ラフェオン様がお好きなものを私も好きになりたいの」
満面の笑みで告げると、3人はハッと息を呑み、全員がハラハラと涙を流し始めた。
「セシリア様……アタシはひどい誤解をしていました。人であり、ましてや聖女様であるセシリア様がアタシたち魔族を対等な目で見るわけなんてないと……」
「俺も、そうです!何を企んでいるんだって、そんな穿った目で見ていました」
「それを言うなら僕もっ。魔王様の甘さに漬け込んで、寝首をかく隙を狙っているのかと……」
「まあ、ラフェオン様の甘さに漬け込んでいるというのは、あながち間違ってはいないわね」
甘さに漬け込んでお側にいるのだもの。もちろんあの方を傷つけるつもりなんてないけれど。逆にあの方を傷つけるやつが現れたら迅速に排除して見せる予定です!
「「「セシリア様の美しい恋を応援させてください!」」」
ええっと?
……そうね、外堀を埋めて行くのも悪くないかもしれないわね?
「うふふ、ありがとう!私頑張りますわね!」
応援してもらえるのは素直に嬉しくて、その喜びのまま今日も魔王城に突撃する。
「ラフェオン様!今日はワイバーンを手土産として持ってきましたわ!お好きだとお聞きしましたので!さらに言えば私を愛していただけた場合このようにラフェオン様の好物はいつでも捧げることが可能です!」
これは料理人デイミアンからの情報提供である。仕事がなくとも職業病のように主君であるラフェオン様の好む食べ物の情報は収集していたのだとか。好感が持てるわ!
私はそれを聞いて、晩餐に間に合うようにと大急ぎで狩りに行ってきたのよね。こうして小さなことから大きなことまで隙あらば私の魅力をアピールよ!!!
ラフェオン様は、自分より何倍も大きなワイバーンを掲げる私を見て頭を抱えた。
「ハア……おい、それを置いてさっさと帰るつもりか?俺が一人で食すにはでかすぎるのがわからんか!少し待て、責任持って付き合え」
「!!!」
え、まっ、これはもしかして、ば、晩餐に、誘われた、ですって……??
これは!もう8%くらいは私への好意が高まっているのじゃあないかしら!?
「ラフェオン様、喜んでご一緒させていただきますわ好き!」
「わかったからさっさとそこに座れ」
うんざりしたお顔であしらうお姿も素敵すぎる……!!!
興奮する私を見てため息をつくラフェオン様。もったいないので急いで深呼吸しておいた。
うふふ、明日はどうやって私の魅力をアピールしようかしら??