聖女、過激な魔王弟を成敗して懐かれる
ラフェオン様に恋に落ちて数日、私は魔王城の真横にささやかな離宮(私は勝手にそう呼んでいる)を建ててそこで生活を始めていた。
「なんでだよ!おかしいだろ!この建物はどこから現れた!」
「きゃあ!ラフェオン様!今日もとっても麗しいですわ好き!」
しまった、挨拶より先に思いの丈をぶつけてしまったわ。ほら、愛するラフェオン様だって呆れて頭を抱えている!
こほん!誤魔化すように軽く咳払いをしたあとは、気を取り直して礼を執る。
「私としたことが、ご挨拶もせずに大変失礼致しました。おはようございますラフェオン様好き」
「お前は語尾にそれをつけんと喋れんのか」
私は考える。そうかもしれないわね……。
だってこんなにも溢れる想い。喋るたびに抑えられない想いが飛び出してくるのだから仕方ない。
「ラフェオン様。あなたが望むならこの私が人間界に攻め入るお手伝いをしましょう!それともまずは人が崇める聖獣を捕獲してきてペットにでもいたしましょうか?」
「いらん!余計なことはするな!というか、お前はそんなこともできるのか……」
ええ、ええ!できますとも。今まで興味もなくてやらなかっただけ。だけれど今の私にはラフェオン様が一番ですから、望まれるならなんでもやりましょう。うふふ!
遠く離れたどこかで護衛騎士フォードが「頼むからやめてくれ!聖女じゃなくてもいいからせめて人間やめるな!」と叫んだような気がしなくもないが、気にしない気にしない。
ラフェオン様は困った顔をしながらも、無理に私を排除しようとはしなかった。しかし、私に力を奮えとも言わなかった。
それどころか、痩せていて顔色の悪い、ラフェオン様の側近だという男を私に紹介して、何かあれば彼──ロッドに言うようにと静かに告げた。
歓迎されているわけではないのは分かっていたから、もっと嫌がられるかと思っていたのに、この対応は少し意外だわ。
聖女である私の力を警戒しているのかしら?それとも、これは罠で結局聖女である私は人の味方だと疑っているの?
なんて思っていたけれど、それは違うとすぐにわかった。
なぜならば──
「腑抜けた兄上が、無能な聖女に情けをかけているというのは本当だったんだな!人との和平を望む魔王など前代未聞!この俺様がお前を殺し、兄上を排除して人の世界を征服してやる!」
離宮で一人くつろいでいるところに、ラフェオン様とよく似た黒髪の魔族が乗り込んできて、高笑いしながらそんな宣言をしたからだ。
なるほど。ラフェオン様は人との和平を望んでいると。だから私が好き勝手にしても困るばかりで、なにも望まず、私を排除しようともしなかったのね。
というか、私ったらラフェオン様の望みと真反対の提案を嬉々としてしまったというわけじゃあないの!やだ、嫌われていたらどうしよう!
「そんな大事なことはもっと早く言ってくださいまし!!」
「うぐぅっ!!!」
私は湧き上がる焦燥と後悔を怒りにすり替えて、魔族の男を成敗した。具体的に言うと、拳に聖魔力を纏わせて、こう、がつん!とね。私ったら最強すぎて攻撃力も高いのよ。うふふ!
私が失言をしたのはこの男が現れる前だったのだから、とっても理不尽だとは分かっていたけど止められなかった。もちろん、ちょっとこらしめてやっただけで、すぐに治癒した。
それにしても、ちょっとすっきり。いいストレス解消になったわ!それによほどの無能でなければ圧倒的な力の差を理解しただろうから、今後はさっきのように無闇に絡んできたりはしないでしょう。
そう思っていたのに……。
「セシリア様!俺様──いや、僕はとんでもない思い違いをしていました!人などとるにたらない矮小な存在、魔族こそが至高の存在であるのだから、我が魔族こそがこの世界全てを手に入れ征服するべきだと、目も当てられないような勘違いをしていたのです!セシリア様のようなお強く素晴らしい方がいらっしゃることを知らずにそのようなよ迷いごとを言っていたなどまったくもって僕は恥ずかしく情けない存在ですだからお願い愚かなこの僕をしもべにしてくださいそしてもう一回殴って!」
「ええ……?」
強さこそ正義!というわけね、この脳筋め!と思いながら聞いていたけれど、途中からどうも様子がおかしいわね……?
「蹴るのでもオッケーです!」
「うわあ……」
そんな風に、なぜか男は目をキラキラさせて私を慕うようになった。気持ち悪い!私をそんな目で見てもいいのはラフェオン様だけよ!とはいえ彼は、決して私のことをこんな目では見てくれないけど。
とりあえず外面をよくしておいた人間界で私がチヤホヤされていたのは分かるけど、何も取り繕っていないのに慕われるなんて。魔族の感性ってよくわからないわね。
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「ああ、セシリア様!感謝いたします!まさか過激派筆頭でいらっしゃる魔王弟イルキズ様をあっという間に改心させてしまわれるなんて……!」
「はあ」
感激に目を潤ませるロッドを前に、思わず気の抜けた返事をしてしまった。
この男、魔王弟だったのね。どうりでラフェオン様にほんの少し似ているわけだわ。まあラフェオン様の溢れ出る魅力の足元にも及ばないけれど?そういえば「兄上」って言っていたような気がするかも。
そんなことを思いながら、私はチラリと目線を下げる。
魔王弟イルキズは私の斜め前に、まるで忠犬のようにお座りして目を輝かせていた。あれからなんかずっとこの感じだ。改心……?改心でいいのこれ?
「イルキズ殿下の人間蹂躙すべしという過激思考に、人と争うことを避けたいと望む魔王陛下はずっと頭を痛めてらしたのです……どう説得しようとも意固地になるばかり、魔族としてはイルキズ殿下の意見の方が一般的だということもあり、力ずくで抑えるわけにもいかず、私をセシリア様におつけになったのも陛下が、イルキズ殿下があなたに害を与える可能性があるからと心配なさってのことで……」
「まあ!ラフェオン様は私を心配してくださっていたの!?」
なんということでしょう。胸の高鳴りが止まらないわ!!(監視なのかしら?それでもいいわ)、なんて思っていたのに、実は私を心配して自らの側近ロッドをお側につけてくれていたなんて、2%くらいは既に私のこと好きなのでは??????
嬉しくなって、私はすぐに魔王城へ乗り込んだ。
さすがにロッドが慌てて止めようとしたけれど、ふふん!恋する乙女は誰であろうと止められないのよ!!
「ラフェオン様、結婚式はいつにしましょうか好き!」
「寄るな!帰れ!」
ぺっ!と追い出されてしまった。どうやら2%ではさすがに足りないようだ。
そんなつれないところもとっても素敵だわ。
けれど私は諦めない。どれだけ時間がかかってもきっとそのお心を手に入れてみせます!!




