聖女、衝撃を受ける
異変にはすぐに気が付いた。
なんか結界が攻撃されてるなー?
まーたラフェオン様を煩わせる不届き者でも現れたのかしら?
結界は私が張ったものなので、何かあればすぐに感知できるのよね。
ムムッとしながら衝撃の発信源に向かったら、ラフェオン様が結界を殴りつけていた。
なんで!?
よくわからないけど、殴りつけているということは結界を破りたいってことよね?
ここで私はひらめいた。
今ラフェオン様に加勢して一緒に結界を殴りつけて破れば、つまりこれは愛の共同作業ということになるのでは……!?
ふ、ふふふ!こんなラブイベントを逃すなど絶対にありえない!!
「加勢しますわ!!!」
ラフェオン様の拳に私の拳を添えて寄り添うがごとくともに振り抜く。
私が来る前にほとんど結界は破られかけていたわけだけれど、十分力になれたんじゃないかと自画自賛で大満足だ。
ひょっとしたらさすがのラフェオン様も私の加勢に感動してほめてくれちゃったりするかもしれない。
そう思い、ふんふんといい気分で振り向いて、驚愕した。
「え!?ラフェオン様、ボロボロじゃありませんか!一体どうしてこんなことに……!?」
ま、まさか私の結界のせい、なの!?
な、なんということ!?しまったわ、ラフェオン様の魔力だけには効力がシャボンの膜レベルの激弱になるように結界に条件付与しておくべきだった……!
あまりのことにぶるぶると身体が震える。私はなんという罪深いことをしてしまったのか。
しかし、過ぎてしまったことはどうにもできない。頭の中をフル回転させ、挽回するための一手を考える。
ひとまずは回復よね!?
「ラフェオン様、失礼いたします!」
ちょっとついでにいい思いを……。
下心が抑えられず、ラフェオン様の胸に飛びこみ、抱き着いた。私を包み込むほどの体がびくりと揺れたけれど、引きはがされることはない。
はわわ、私のこの熱い抱擁を受け入れてくれているだなんて、ラフェオン様ってばもしやそろそろセシリア好き度が9%くらいにはなっているのでは!?
もちろん、下心のみで抱き着いたわけではない。回復のためですよ。
私の回復魔法は対象とどれだけ離れていても抜群の効果を発揮することができるけれど、それはそれとして接触面が広ければ広いほど効力は強く、回復は早くなる。愛情も込めているので、きっと今ラフェオン様はまるで温かい温泉につかっているかのような安らぎとぬくもりを感じているはず。
隙あらば少しでも私の良さをアピール!今日の私も抜かりないわ。
セシリア、安心感もドキドキ感もまとめてお届けできます!お得です!
痛みはすぐに消した。怪我自体も一瞬で回復できるけど、あえてゆっくりじわじわと丁寧に回復しているなんて、きっとラフェオン様にはばれないだろう……ばれないでください……もうちょっとだけハグしていたいので……。
しかし願いもむなしく、肩をガッと掴まれて引きはがされてしまった。残念。
「セシリア──……お前、ここしばらくどこで何をしていたんだ?」
「え?ああ、実はラフェオン様にとびきりのプレゼントを調達していました!結界が攻撃されているなと思って、ひとまず途中に置いてきちゃったんですけど、後で楽しみにしていてくださいね!」
「…………ぷれぜんと」
「はい!」
魔族令嬢がつらつらとドヤ顔でまくし立ててきた中にラフェオン様の好物のお話もあったのだ。
好物は私の有能な使用人たちがいつも探ってきてくれるけれど、魔族令嬢の話は今まで聞いたことがない内容だったので参考にすることにしたというわけだった。
私、どんなイラつく出来事の中にも使えるものを見出すことができる冷静さを持っているので。
そういえば、ラフェオン様はどうしてこんなにぼろぼろになってまで私の結界を破ろうとしていたのかしら?
結界の魔力を通じて感じていた衝撃の大きさを考えると、おそらく軽い気持ちでそんなことをしたわけではないはず。
……あっ!
「ひょっとして、気が変わって人間界を蹂躙したくなりましたか!?だから結界を破ろうと……?」
「は……?」
「それならなおさら私をすぐに呼んでくださればよかったのに!どうして私抜きで!?もちろん、私もお手伝いいたします!どんとこい!さくっと侵略するもよし、じわじわと追い詰めるもよし、人間界の知識も使ってどんな作戦でも最善最高の結果に導くとお約束いたします!」
まさか、私が不在の間にラフェオン様の気が変わるなんて思っていなかったわ!一生の不覚!
「…………いや、人間界を蹂躙するつもりはないし、何度も言うが俺は平和主義者だ」
「ハッ!?」
気は変わっていなかった!
ということは、今私は平和に穏やかに暮らしたいと願うラフェオン様に向かって嬉々として人間界侵略の提案をしてしまったということ!?
だ、だめ!せっかく上がった(?)好感度がまた下がってしまう!
「ち、ちがいます、ちがいます!もしも万が一ラフェオン様がそう望むのならどんなことでもお側でお手伝いしますよっていうことをお伝えしたかっただけで、平和をお望みなら平和いするためのお手伝いをするまでで……ええっと、別に私が人間界を蹂躙したいなどと思っているわけではなく……」
「…………」
あ!?あああ、だめ、ラフェオン様がどんどん微妙な表情になっていくわ……!
このままではまずい!
「その、なんでしたら私が人間界との共存の懸け橋になることもできますし!」
「…………」
あれ、この提案はなかなか悪くないのでは?もちろん、懸け橋になるのならば私がラフェオン様の妃になるのが一番手っ取り早いということは言うまでもない。はわ、ラフェオン様は願いが叶い、私は恋が叶い、人間たちにも悪いことじゃない!一石何鳥あるのかしら!?我ながらさえているわね。
「そのさいは私が交渉役として人間側とお話しします!そうすればナイジェルやヘスも絶対に私の提案を拒否することはありませんし、そうだ!フォードというのが私の幼いころから側についていた騎士でして、彼も私の手駒として必ずや役に立つとお約束します!」
ここぞとばかりにアピールポイントを並べ立てる!
しかし、なぜかラフェオン様は話の途中からぴくりぴくりと眉の端を動かし、話し終わるころにはどことなく不機嫌そうな表情になってしまった。
「ラフェオン様?」
「お前の手駒、か」
「??」
「いや、いい。今はそれでも仕方ないのだろう」
「はあ……」
うーん?ラフェオン様が何を言いたいのかがさっぱり分からない。どこに引っ掛かったのか、何が仕方ないのか。
なぜかラフェオン様はずいっとこちらに顔を近づけてきた。近い!近くでも見てもお顔が美しい!素敵!
こっそりと、すうーっと深く息を吸っておく。ラフェオン様の吐いた息を取り込みたい。近すぎてラフェオン様のいい匂いがする。ええ、私、こんなに幸運でいいのかしら……。
バレないように何度も息を吸う。バレたら怒られそうだし、離れてしまいそうなので。
「……お前が交渉役になるということは、今名前をあげたような男たちと長い期間を使って顔を合わせ、関係を築いていくということだろう」
「ええっと、まあ、そうともいえますね……?」
まるでラフェオン様から迫られているような体勢にどうしてもうっとりしてしまう。
幸せを堪能しながらなんとか返事をしているのだけれど、今にも意識がとんでいきそうだわ。
「そして、そのために時間を使っている間、お前は魔界にはいない」
「……?」
どこかブスリとしたラフェオン様はさらに顔を近づけて言った。
「魔界を、俺のそばを離れて、お前を愛するほかの男に愛想を振りまくつもりなのか?」
私は衝撃を受けて目を見開いてしまった。
そしてなぜかラフェオン様も驚いたように目を丸くしていた。