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魔王、度肝を抜かれる


 これまで平和主義であるあまり過激派を刺激しないように、なるべく穏便にと慎重に恐怖政治を避けてきたラフェオン。

 しかし、ギゼラの行き過ぎた行動に耐えがたい憎悪が生まれたときに、彼の中にピシャンと雷が落ちた。

 体中に走った虫唾を無視できなくなったともいえる。


 ──ラフェオンが、自分の欲を全て押さえることが平和への道というわけではない。


「暴力では何も変わらないと思っていたが、変わるつもりがない相手にこちらに合わせてもらおうと考えるのがそもそも愚かなことだったな」

「はい!ラフェオン様、お素晴らしいです!」


 自分だって欲に忠実になったっていい。周囲にあふれる、相反する願いや希望をすべてかなえることなどできないのと同じように、すべての欲を抑え込んで生きていくことなどいくら魔界の頂点に君臨する魔王でもできないのだ。ラフェオンはそのことにようやく気付いた。


 それは天啓を得たような感覚。


 一度自らの中にあるものを抑えつけるのをやめてしまえば、湧き上がる欲望は止まらない。


(セシリアがほしい、セシリアを否定する人を排除したい)

 セシリアに戻ってきてほしい。


 そこからのラフェオンは早かった。


 まず、ギゼラをエラルド家まで吹っ飛ばした。

 本人は「送り飛ばしておいた」と言っていたが、どう見ても吹っ飛ばしていたなとロッドは笑った。


 そうなると、懸念していた通りエラルド家が激怒したわけだが、それを力ずくで黙らせた。ギゼラにしていたように殺意と圧で屈服させたのだ。


 ほかの貴族家もしかり。


 そもそも、ほかのだれもラフェオンにはかなわない。その力の足元にも及ばない。それなのに大きな顔をしてラフェオンの頭を悩ますことができていたのは、ひとえにラフェオンが対話でも解決を望み、平和に穏便にを目指していたからで。


 そのラフェオンの思想を踏みにじる者には、それ相応の対応を。


 そうしてもいいのだと吹っ切れたラフェオンに、反抗し続けることができる者などいるはずもなかった。

 正当な声にはきちんと耳を傾け、理不尽に毅然と対応するラフェオンの姿に、心配していたような反感は生まれなかった。


「もっと早くこうしていればよかったな」

「仕方ありません。今までラフェオン様のようにお考えになる魔王陛下は存在せず、すべてが初めてのことだったのですから」


 こうして爆速で目下の問題を片づけたラフェオンは、使用人3人衆、イルキズ、ロッドや魔王城で働くほかの魔族たちに背中を押され、セシリアを探しに行くことに決めた。


 たどり着いたのは魔界と人間界の境界だ。

 そこにはセシリアによって強力な結界が張られている。


「これがセシリアの結界……は、さすがの強大さだな」


 そっと表面に手を触れてみるとバチリと大きな衝撃とともにはじかれた。

 触れようとしただけでこれなら、破ろうとすればどうなるかは明白である。


 しかし、これを破らねば人間界へ戻ったセシリアに会うことはできない。


 ためしに一撃、物理で殴りつけてみる。もちろん、魔力をこう、握りこんだ拳にまとわせてだ。最初に物理を選んだのは、結界自体の威力をきちんと確かめたかったからもあるが、自分への罰という意味合いもあった。

 セシリアへ甘え切って傷つけてしまったことに対して、ラフェオンなりの懺悔でもあった。


 拳は割れ、血が滴る。

 傷を負ったのはいつぶりだろうか。魔界最強のラフェオンは、ちょっとやそっとでは傷一つつけられることはない。


 ラフェオンが結界を殴りつける。痛みがラフェオンを殴りつける。

 少しずつ結界を形どる魔力が削られている感覚はある。全くの無効ではないらしい。


 しかしラフェオンの力をもってしてここまで破れない結界など、本当にセシリアは規格外なのだとまざまざと実感させられていた。


 今度は魔法をぶつけてみる。

 しかしこちらは物理よりも削れる量が少ない。


 ラフェオンは再び拳を握り、振りかぶる。

 傷を負わずに済む魔法よりも、殴りつけることを選んだ。


 ──一刻も早くセシリアに会いたい。


 頭の中にあるのはそんな思いだけだ。


 ──セシリアに会えたら、まず何を伝えようか。


 伝えたいことはいくつもある。

 ただ、感情が溢れすぎてぐちゃぐちゃでまとまらず、言葉にできるかがわからない。

 セシリアはいつもこんな思いを口にしてくれていたのだろうか。それはなんて勇気のいる行為だっただろう。


 拳を振り上げる。振り抜く。大きすぎる衝撃はもはや爆破だ。直接結界に触れているのは拳だけなのに、あまりの威力に自分の魔力と結界の魔力が体中をかけめぐり、ラフェオンの全身はボロボロになっていく。


 けれどラフェオンは結界へ攻撃する手を止めない。

 ──きっと、俺が間違ったあの瞬間、セシリアの心はもっと痛かったはずだ。


 結界の魔力はどんどん削られていっている。しかし、ラフェオンももう限界に近かった。

 だが、ここで止まるわけにはいかない。

 ラフェオンだからギリギリ頑張れている。ラフェオンじゃなかったらきっともうとっくに気絶していた。


 魔力の消耗と身体への負担、それに伴い増していく激痛に耐えながら、気力を振り絞る。


(もう少しだ……!これが、最後の一撃……!)


 もう少しで、セシリアに会える!!

 残りわずかな力をかき集め、もう一度拳を振りかぶる。


「加勢しますわ!!!」


 その声とラフェオンが拳を振り抜いたのは同時だった。その瞬間、ラフェオン以外の魔力が莫大な力を放出し、あっけないほど簡単に結界が敗れ去る。

 聞き覚えがありすぎる声に、ラフェオンは唖然として立ち尽くした。


「ラフェオン様!もっと早く私を呼んでくださればよかったですのに!」

「は……?」


 ラフェオンは度肝を抜かれた。満面の笑みを浮かべるセシリアが立っていたのだから。

 驚きすぎてまだちょっと現実を受け入れられない。


「……え!?ラフェオン様、ボロボロじゃありませんか!一体どうしてこんなことに……!?」


 ラフェオンの傷に気づいたセシリアがおろおろとうろたえる。


 絶対に今考えるべきなのはこれじゃないはずなのに。

 ラフェオンはぽかんとしたまま思っていた。


(セシリアは俺の言葉に傷ついて、人間界へ帰ったはず……)


 しかし、どうみてもセシリアは魔界側から現れた。


 知るわけもないのに、フォードの声が魔界中に響いた気がした。

 ──その聖女がそんくらいで傷つくほど繊細なわけないじゃないですか!?!?

 と……。




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