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魔王、怒る



「ラフェオン様、本当にこのままでよろしいのですか……?」


 ロッドがおずおずと口にする。

 その目の前にはいつもとなんら変わらず執務に集中するラフェオンの姿があった。


「なんの話だ?」

「わかっておられるでしょう?セシリア様のことです!このまま、みすみすセシリア様を手放してもよろしいのですか!?」


 とぼけたような返事にロッドもつい声を荒げるが、ラフェオンの表情は変わらない。


「手放すもなにも、別にセシリアは俺のものだったわけではない」

「ラフェオン様……」


 ロッドの悲しげな声がポツリと落ちても、ラフェオンは顔を上げることもなかった。


「ラフェオン様!どうかセシリア様を連れ戻してください!」

「ラフェオン様!セシリア様がいなくちゃ僕、もう寂しくて死にそうです……!」

「ラフェオン様!本当はあなた様もセシリア様にこの魔界にいてほしいと思っているんじゃあないですか!?」


 ノンナやキャスやデイミアンが毎日のようにラフェオンに訴えかけるが、そんな声もラフェオンには届かない。3人は絶望した。ラフェオン様の人でなし。誰よりも優しいくせに、こんなのってない。誰よりもひどいじゃないか。優しさとひどさは時に両立するのだと思い知った。


「おい、セシリア様を追い出したって本当か!?何考えてんだこの腑抜けが!お前みたいなやつが我が兄などと本当に腹立たしい。あんなにも素晴らしい存在がほかにいるなら今すぐにこの俺様の前に連れてきてみやがれ!」


 言っとくけど、あのエラルド家のいけすかねえ令嬢を連れてきた時点であの女を塵ひとつ残らないように消し飛ばしてやるからな!と続けるイルキズ。言葉は強いが、べしょべしょに泣いていた。愛情が歪んでいるだけで、セシリアのことを本気で心から慕っているので。

 セシリアがこの姿を見ればドン引きするだろう。しかしイルキズはドン引きされたいのである。

 イルキズには理解できなかった。


「俺が追い出したんじゃない。セシリアが自ら出て行ったんだ」


 あんなにセシリアに好意を向けられていたくせに、平然とこんなことをのたまう自分の兄のことが。

 平和主義などと言っているが、自分よりよほど冷酷ではないか。


 セシリアと直接関わりのある者たちがひっきりなしにやってくる。しまいには、セシリアにあほ面騎士と呼ばれていたあの騎士までラフェオンのもとにやってきた。


「あの……セシリア様って本当にもう戻ってこないんですか?」


 セシリアがいなくなったことを一番に喜びそうなのに、意外にもその瞳は不安げに揺れていた。


「セシリアは自分の意思で人間界へ戻ったんだ。ここへ現れた人間たちを見ただろう?あれほど強く、深くおもわれているのだから、セシリアが帰りたくなるのも当然だしな、それにその方が彼女にとっても幸せだろう」


 そんな風に言われてしまえば、あほ面騎士にはもう何も言えない。

 そう、ラフェオンは当然セシリアのことがどうでもよくてそのままにしているわけではない。

 自らもこの目で目の当たりにした。人間たちのセシリアに対する深い愛情を。

 絶対にかなうわけがない相手のもとへ、命の危機もかえりみずに乗り込んできた彼らの覚悟を。


 そんなものを見せつけられて、どうしてセシリアを引き留められるというのか。


 そうして相変わらず淡々と執務をこなすラフェオンのもとに、ギゼラが訪れた。


「ラフェオン様!」


 心の底からうれしいとばかりに満面の笑みを浮かべ、らんらんとその目を輝かせながら。


「ついにあのみすぼらしく穢れた人間が出て行ったようですわね!本当によかったですわ。この荘厳な魔王城の空気が汚れてしまうことを本当に忌々しく思っていましたのよ!」


 ギゼラの向こうで、ロッドが悲しそうに眉を下げている。が、もちろん彼女はそんな些末なことなど気にしない。


「大体あの子ネズミ、人間のくせにラフェオン様のお名前を呼んでラフェオン様の近くに存在するなど、あまりに図々しかったですものね。ラフェオン様も大変だったでしょう?お優しいからはっきりと嫌悪を申し伝えることもできずに……はあ、アレがいなくなったのは喜ばしいことですけれど、出ていく前にこれまでラフェオン様に不快な思いをさせていた罪を償うようにしつけておくべきでしたわね」


 あまりにもひどい良い草に、ロッドがうつむいたままぶるぶると震えている。

 しかし、いかに魔王の側近であるロッドでも、エラルド家の令嬢であるギゼラには強く出ることができない。


「大体あんなにも醜い者がお側にいるなど、それだけでラフェオン様に対する冒涜だと気付くべきで──」

「黙れ」


 聞きたくもない悪口に必死に耐えていたロッドは、思わず顔を上げた。


 いつだって穏やかで落ち着いているラフェオンが……凍り付いてしまいそうなほど冷ややかな目でギゼラを見下ろしていた。


「はえ……?」

「聞くに堪えないな。どうして俺は今までこの耳障りな悪音を聞き流せていたのか。神にも難しい偉業だと思わないか?称えてほしいくらいだな」


 予想外過ぎて理解が追い付かないのか、ギゼラは口を緩く開けたままポカンとしている。不覚にも彼女と同じ顔をしていることに気が付いたロッドは慌ててきゅっよ唇を引き結んだ。

 そして、震えた。震えるほど感動していた。


 ──怒っている。

 あの温厚で、穏やかで、ときに「優しいのではなくヘタレなのかもしれない」と頭を抱えたほどに優しく、どんなに罵られても理不尽な振る舞いをされても静かに窘め、時間をかけて抑え込むことを選び、怒りで声を荒げる姿など見せなかった人が。


 セシリア様の仰天行動に驚きで声を荒げることはあったけど、それは置いておくとして。


「お前の様に傲慢で醜い者が俺に相応しいと勘違いして側に近寄ってくるなど、それだけで俺に対する冒涜だと気付くべきで」


 そんなラフェオン様が、怒りをあらわに、強い言葉でギゼラを威圧している。


 それに呆気に取られていたギゼラがなんとか顔をあげ、ほほ笑みを作る。このラフェオンを前にどうするのか思いきや、どうやら媚びを売る方向にしたらしい。

 ロッドはそっと息をつめた。あああ、やめとけやめとけ、普段怒らない人の地雷を踏みぬいたのだから、あとは悪化しかしない。


「ラ、ラフェオン様!お、思ってもいないことをいう必要はないのです!もうあの者はいないのですよ!?いない者などどうだっていいではありませんか!」


 呼び方を多少マイルドにするくらいの分別はあったらしい。多少だけど。


 さてこれにどう切り返すのかと思ってみていたロッドだが、ラフェオンはもうギゼラには何も言葉を渡さなかった。


「ひっ!」


 ただ、全身で殺意を放ち、黙らせたのである。

 痛い。そばにいるロッドまで痛い。おそらくギゼラは息もできないほど苦しいに違いない。実際顔面蒼白でしりもちをつき震えている。

 と、思ったら、ついに黒目がぐるりと裏返り、泡を吹いて失神してしまった。


 ロッドは内心「よくやった!」と思った。セシリアのことを悪く言われることを許しがたく思っていたし、ロッド自身も鬱憤がたまっていたので。


「ロッド、俺は間違っていた。平和主義と言いながら、どうしてセシリアに対して対話することを怠ったのだろうな。どうしてセシリアならば言わなくともわかるなどと傲慢なことを考えてしまったのか。間違えたのなら、間違いをただす必要がある。俺はここに、セシリアを連れ戻す」


「!……はいっ!」


 きっと、ここにフォードがいれば叫んでいただろう。


(連れ戻すも何も、どうせ待っていれば勝手に帰ってくるってええぇ!!!)




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