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魔王、モヤモヤする


 以前セシリアとともにこの魔王城にたどりつき、彼女に飛ばされて消えていった人間たちが再び魔王城に現れた。

 今回もまた、すぐにセシリアに強制転移させられていなくなったわけだが……。


 あれから数日。ラフェオンは言いようのない気持ち悪さを抱えていた。

 ──セシリアの様子がおかしい。


「セシリアは今日も離宮にこもっているのか?」

「はい、こちらにはいらしていないようです」


 ロッドはラフェオンの心情をよくわかっていた。

 ラフェオンが本当に気になっているのはセシリアが引きこもっているかどうかではなく、セシリアが今日も自分に会いに来ていないのか?ということなのだから。


 あれほど毎日毎日飽きもせず、鬱陶しいほど自分にまとわりついて愛を叫んでいたセシリアが自分の前に姿を現さなくなったことに、ラフェオンは戸惑っていた。

 セシリアがつきまとい始めたときにあれほど困惑していたにも関わらず、いつの間にかその行為を日常として受け入れてしまっていたらしい。


(これは、セシリアと顔を合わせないことに何かを思っているわけではない。ただ、あまりに突然態度が変わったことに気持ち悪さを感じているだけだ)


 誰にともなく心の中で言い訳じみたことを考えていることさえ無意識だった。


 執務の合間に一息ついた際。食事後のお茶を楽しんでいる際。今日がすべて終わり、眠りにつくために目を瞑った際……。

 ラフェオンはことあるごとにセシリアのことを考えてしまうようになっていた。


 セシリアが離宮にこもっているとはいえ、全く外に出ないわけではない。執務の合間に覗いた窓の向こうにセシリアの姿を見つけることもあった。しかし、そんなときに見えるセシリアの表情もどこか浮かないもので、どうにも元気がないようにみえる。


(まさかあのぶっとび聖女、体調を崩しているわけじゃないだろうな?いや、あのセシリアのことだ、そんなことはありえないか……体の不調など起こる前に自分自身の治癒能力で解決してしまうに違いない。とはいえ、魔界での生活は人間界とはやはり違うものだろうし、慣れてきた今になって心身に不調が現れたとしてもなんらおかしなことではない。いや、しかしあのセシリアがそんな繊細さを持っているのか?だが──)


「………ま、……ン様、──ラフェオン様!」

「っ!……なんだ」


 自分の呼びかけにも気づかないほど深く考え込んでいるラフェオンを見て、さすがのロッドもため息をつく。


「ラフェオン様、そんなにも気になっているのでしたら、ご自分からセシリア様のところへ会いに行かれてはどうですか?」

「……なんのことだ」

「セシリア様はラフェオン様が会いに来てくれたらきっと喜ぶと思いますよ」

「…………」


 そうだろうか。

 セシリアのことを考える中で、ラフェオンの中に浮かんでは消え浮かんでは消えと離れてくれない一つの考えがあった。


 ──ひょっとしてセシリアは、人間界に帰ろうか迷っているのではないだろうか。


『人間界に戻るべきなのかしら……』


 人間たちを見て、セシリアが呟いた一言が忘れられない。


 それに、話をしている途中にも、セシリアは思い悩むようにため息をついたり、まるで胸の苦しさがこらえきれないといわんばかりに苦々しい表情を浮かべたりもしていなかっただろうか。


 思い出せば思い出すほど、セシリアが人間界に帰りたがっている気がしてきてならないラフェオン。


 結局あの時セシリアは最初に魔界に居座ったときと同じように、ナイジェル達だけを送り返し、魔界に残る選択をしていた。しかしそれもあの瞬間に決断しかねただけだとしたら?

 あれからずっと、人間界に帰ることを考え続けてもの思いにふけっているのだとしたら?


 だって、ラフェオンでも驚いたのだ。すべてがセシリアの思惑通りだったとはいえ、そんなこととは知らないはずのあの人間たちからすると、魔王城から命を落とすことなく逃げおおせた前回は奇跡のようなものだったはず。それなのに、彼らはまたこの魔王城に姿を現した。今度こそ生きて帰れるかもわからないというのに。


 きっと、それほどセシリアのことを大事に思っているのだ。それこそ、自身の命の危険をいとわないほどに。

 そんな、自身への大きな愛を目の当たりにしたセシリアの心が揺れ動いたとしてもおかしくはない。


 ……もしも、今この瞬間にフォードがラフェオンの心を読めたとしたならば、きっと叫んだことだろう。「セシリア様がそんなに情の深い人だったらわざわざ俺たちを送り返すときにぼろぼろの瀕死状態になんてできるわけがないでしょう!」と。しかし残念ながらここにフォードはおらず、ラフェオンは彼と話したこともないので。


 そのため、ラフェオンのセシリアを買いかぶりすぎている思考の迷走は止まらない。


 ──人間界への、あの人間たちへの想いで頭がいっぱいで、ラフェオンのことなど忘れてしまっているのだとしたら?


 ラフェオンは咄嗟に胸を押さえた。なぜだかひどく痛む気がしたからだ。


 元来お人好しなラフェオンはそれを気のせいであると振り切り、ロッドの進言どおりセシリアに会いに行くことに決めた。


(もしもセシリアが人間界へ戻りたいと思っているのなら、そうした方がいいに決まっている。迷いがあって悩んでいるのなら、背中を押してやろう)


 しかし、ラフェオンのそんな考えが実行に移されることはなかった。

 会いに行った離宮の中のどこにも、セシリアの姿は見つからなかったのだから。



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