聖女、人間を適当に追い返す
さて、どうしたものかしら。
私を取り戻すと熱くなっているところ申し訳ないけれど……もしも人間界に戻るとしても、この流れで「ナイジェル達が聖女セシリアを取り戻す」という筋書きを描くにはちょっと難しすぎるわよね?
人間界とも出来れば共存していきたいと考えているラフェオン様の思想を思うと、ここで戦いになるのはもってのほかだし、魔王に人間が勝ったなんて構図を嘘でも与えてしまえば人間側が調子に乗ってまたもや「魔王討伐!」などと盛り上がってしまうのも簡単に想像できてしまう。
やっぱり、前回の同じように、今は敗北を突き付けて人間界にさっさと送り返すのが得策かしら。
「はあ……」
いつもならすぐに最善のストーリーを用意できるのに、今は頭の中がラフェオン様でいっぱいで、いいアイディアがぱっと浮かばない。こんなの初めてだわ。
恋とは人を弱く、愚かにさせると聞いたことがあるけれど、本当だったのね……。
悩んで悩んで……なんだかぷつんと糸が切れた気がした。
(あ。本気で面倒くさくなってきた)
なんかそれっぽくしておけば、後はフォードがどうにかうまいことやるでしょう。
当のフォードは私の不穏な期待を感じ取ったのか、またもやぶんぶんと首を横に振ってアピールしているけれど気にしない。私の護衛騎士はやるしかない状況になればやる男なので。伊達に長いこと私の側に仕えていない。
私にこんなにも信頼されていることを感謝してほしいわよね?
雑に方針が決まったところで私は大きく息を吸い、声をはる。
「ナイジェル様、ヘス様、そしてフォード……私のためにここまで来てくださったのですね。なんて、無茶をして……私は皆様が私のために命の危機にさらされるなど耐えられない」
ウッと泣きまねをして手で顔を覆うと、焦ったような空気を僅かに感じる。
「見てくれ、セシリア!私達はどこも傷ついていないだろう?天も我々に味方したんだ!君のことも、誰のことも傷つけずにともに帰ることができる!」
……そういえばそうね。本来ならば私の力抜きでは彼らはここに辿り着くこともできないはずなのに、確かに傷ひとつついていないように見える。
「そうだ、セシリア!とにかく、君は何も心配せずに僕らの手を取ってくれ!人間界の平和についてはそのあとに皆で考えればいい!」
こちらに手を伸ばすヘス。
この雰囲気。失敗する可能性など少しもないという自信がうかがえる。ヘスは分かりやすいところのある人だから、これは私を安心させるために言い切っているわけでもなく恐らく本気なのだろう。
つまりこの手を取ればすぐに人間界へ帰れるということではないだろうか。
でも、どうやって?
怪訝な顔が不安そうな表情にでも見えたのか、ヘスが何かを手に高く掲げる。
あれは……魔道具?
ヘスの物とは別の強い魔力が込められているわね。これは魔族の魔力?
(……へえ)
オイタをしたのか誰かなんてこの際どうでもいい。からくりが分かれば十分。これ以上ナイジェル達の様子を見る必要もないわね。
私はそっとラフォン様に近づく。
「ラフェオン様、どうやらヘスが手にしている魔道具でここに転移して来たようです。あの魔道具は魔族の物ですね」
「なに?それは確かか?」
「はい。人間界では手に入りようのない代物ですし、込められている魔力も魔族の物で間違いありません」
「………」
「今からあの逆にあの魔道具を使って彼らを送り返すとともに、魔道具を破壊しておきます。魔族の物を勝手に壊すことになりますが……いいですか?」
「……ああ」
「では」
そんなことはないだろうとは思いつつも、もしもあの魔道具がラフェオン様にとって必要な物だったら大変ですからね。
報告もしたし、許可もとった。
さて。
ナイジェル達に向き直り、久々の完璧聖女モードに切り替える。
「ナイジェル様……私はまだ帰るわけにはいきません」
「なっ……!どうしてだセシリア!」
ここでポイントは「帰れない」でも「帰らない」でもなく、「帰るわけにはいかない」という言葉を選んだこと。前者2つの言葉つかいをした場合、妙に前向き思考なナイジェル達が「セシリアは遠慮してるんだ!」などと勘違いしかねないもの。
あとはフォードが上手く誘導して、むやみやたらに私を取り戻そうなどとすることはなくなるだろう。
それに、人間界に帰るにしても、私は自分の意思で帰るタイミングを決める。
きっと今彼らと一緒に帰ったとしても、そのあと今まで以上に過保護にされて自由に動きづらくなることが目に見えているし。ただでさえ人間界での窮屈でつまらない毎日にうんざりしていたのに、そんなのは絶対に嫌。
「どうか、私の願いを叶えて……あなたたちには幸せになってほしいのです!」
祈る様に手を組んで、目を潤ませて懇願する。
そんな私をいつの間にか顔を連ねていたあほ面騎士が目をむいて見ている。あいつは後でお仕置きね。
ナイジェル達からは見えない位置で聖獣がこっちをチラチラとうかがっている。
あなたも彼らと一緒に人間界に帰る?と目で聞いてみたけれど、嫌々と首を振っているのであの子は放置でいいだろう。
じゃああとは本当にもう気にすることはなさそうね。
祈りのポーズを取り、さりげなくヘスが手にしている魔道具に向かって魔力を送る。
転移発動後、魔道具を破壊する魔法式を組み込むことも忘れない。
そうね、ついでにもう同じ類の魔法を発動できないように、ヘスに呪いをかけておきましょう。えいっ!よし、これで大丈夫ね。
「どうか、皆が平穏に暮らせますように……私は大丈夫です。私さえ魔界に居れば、人間界に手出しはしないと魔王様が言ってくださいました」
私の言葉にラフェオン様が目を見開く。どうか今は私の話に合わせてくださいね!こうしておくのが一番穏便にすむので。
「もちろん、私の命を脅かすこともしないと約束してくれました。だから、大丈夫……私はきっと魔界で幸せになって見せます」
涙を浮かべ、微笑みかける。
ちょっとうまい設定が思い浮かばず、適当に曖昧なことを並べたて過ぎている気もするけれど、もう面倒くささが勝ってしまっている。
いまさらナイジェル達に納得してもらうとか、私にとってはどうでも良すぎてやる気がでないのだ。
フォード、あとはよろしく!
バレないようにフォードに向かってウインクをすると、慣れ親しんだ護衛騎士は頭を抱えてしまった。
はたから見れば私を連れ帰れなかった辛さにそうしているようにも見えるのでまあ良しとしよう。
そうして喚き続けるナイジェル達をよそに、魔道具に転移の魔法を叩き込む。
ちょっと美しい演出でもしてあげようかな、と、涙をひとつ零すとともに魔法を発動させた。
「セ、セシリア、だめだ!」
「セシリア、僕は君を置いてなど行きたくない!」
「こ、こんの、セシリア様めーっ!」
……もしもフォードにまた会うことがあったらお仕置きね。
こうして人間襲撃事件はあっけなく終わった。
魔道具の出所について、あやふやにしたまま……。




