聖女、魔王がどタイプだったので帰るのやめた
今日は昼と夜にも更新します!
(ふう。これでよし)
私──セシリアは仲間たちを転移させて一息つき、玉座の方へ振り返った。
さっきから微動だにしていない魔王は目を見開いて固まっていた。どうやらとても驚いているらしい。
魔王。文字通り魔族の王。人間に脅威をもたらし、恐怖を振りまく存在。
私に比べて二回り以上は大きな体。歴戦の猛者でさえ裸足で逃げ出したくなるような体躯。とても理性を持っているとは思えない程獰猛で狂気に満ちた眼差しと、何人の人を食べたんですか?と尋ねたくなるような大きな口。黒く長い髪はまるで生き物のように大きく広がり、その存在こそが恐怖の象徴といって過言ではない。
……他の3人には、そんな風に見えていたことだろう。
「な、な……!ど、どういうことだ!?」
獣の咆哮のような声がなんとか言葉を紡ぐが、この声すらもまやかしである。私には分かる。本当は私の心臓を鷲掴みにするようなセクシーボイスです。低く底冷えするような声ではあるけれど。
歴代最強と言わしめたこの私の聖魔力の前に、魔王の擬態は意味をなしていない。ゆえに私にはこの魔王の真実の姿が見えていた。
頭の先からつま先までじろじろと見分し、ついついうっとりした気持ちで呟いてしまう。
「ああ、なんって素敵なお姿なのでしょう……!」
「は?」
薄く整った唇がポカンと開かれている。
身長は確かに高いようだけれど、私の二回りはさすがにない。座っているから分かりにくいけれど、引き締まった体にスラリと長い脚、バランスの良い体つきをしていることくらいはすぐに分かる。
髪の色は擬態と同じく漆黒だけれど、短く、夜の闇を閉じ込めたようなその色は魅力が詰め込まれていて艶やかだし、赤い瞳はともすれば血に濡れたようだけれど、私には甘やかな苺のように美味しそうに見える。
大きな玉座が良く似合っているけれど、動揺からか今にも椅子から転がり落ちてしまいそうだ。
ああ、そうよね。びっくりして動揺してるんだわ。きちんと説明しなくちゃね。
そう思い、私はとびきりの笑顔を浮かべて口を開いた。
「安心してくださいましね。仲間の3人は国の王城へ転移させましたので、もうここに乗り込んでくることはありません」
「……は?」
「あ、ちなみに3人には私が麻痺効果を付与した攻撃魔法を叩きこんでおきましたので、恐らく魔王様の攻撃だと勘違いして今頃その恐ろしさに恐怖していますわ。ゆえに懲りずにまたもやここまでやってくる可能性も低いかと」
「……え?」
「うーん、もっと言うならば3人のうち騎士の格好をした者は私の護衛でして、きっと私の意を汲んでくれるはずですので、心配いりませんわ」
「……お前の意?」
「はい!私、あなた様がどタイプなので、帰るのやめました」
「は、はああぁ!?」
魔王はついに絶叫した。
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セシリアは歴代最強の力を有した、完璧な聖女だった。
強い聖の魔力、慈愛に満ちた心根、優しき振る舞い、誰もを魅了する微笑み……セシリアが歩けばそこに花が咲くと歌われるほど、神々にも人々にも愛される存在。
治癒や浄化だけではなく、「私の手の届く範囲は限られていますから」と、それ以外の民も救えるようにと薬学も学び、並の薬師よりも上等な薬を作り、「治癒だけが人を癒すわけではありませんもの」と歌を嗜み、花を育て、悩める人々の心身ともに癒しを与える。
誰もがセシリアを愛し、敬った。力だけでなく、心までが生まれながらに至高の聖女。それがレクセル王国の誇る聖女セシリア。
──本当に、思い返せばつまらない人生ですわよね。
そう思い、私ははあ、とため息をつく。
そう、つまらなかった。今日までは。
私は決して語られているような完璧な聖女などではない。むしろ、そんなにも期待しちゃって、もしも私の心の声が聞こえたなら、民たちはみんなショック死してしまうのじゃないかしら?といつも思っていた。
だって、私の本性は見せかけのものとは全く違うんだもの!
(というか、そんな完璧な聖女なんて、いるわけがないじゃない!いたら逆に怖いわ。そんなのもはや人じゃないでしょ)
人というのは、欲にまみれた生き物だ。そしてそれでいい。欲こそが生きる力、欲こそが生きる意味。幸せは欲に直結している。私はそう思っている。
そういう意味で言えば、今日までの私は生きているとは言えなかったわよね。
今まで、何をしてもつまらなかった。崇め奉られたって別に気持ち良くもないし、欲しいものは全部手に入るから、何かを手に入れても満足感も何もない。あまりに能力が高すぎて、「もっと自分を高めたい!」なんて欲求も湧いたことはないし。だって私はいつの時点でも人類最強だもの。
むしろ、つまらなすぎて全力なんて出したことはない。
そう、今でさえ歴代最強と謳われているが、セシリアは人々に認識されているよりずっと力が強く、有能だ。
強すぎる能力にわざと自分で決めた制限を設けて、ギリギリの力だけで色々こなすので遊んでいた。
慈愛に満ちた心根?まさか!本当は結構下衆だ。
魔王討伐の道中だって、ナイジェルやヘスが魔物に勝てるだけの付与魔法を、どれだけギリギリまで絞れるかで遊んでいたしね。だってつまらなかったから。そうしたって大して楽しくなかったけど。
ナイジェルが私への求婚を決めていたのにも気づいていた。魔王討伐が終わったら結婚か〜〜王太子妃、ゆくゆくは王妃か〜〜〜今以上に拘束されてつまんなそ!
ギリギリで「私にはまだ修行が足りません」とかなんとか適当なこと言って国外に逃げちゃおうかな?フォードだけ連れて、好き勝手に生きていくのもいいかもしれないわね。
そんな風に思っていた。楽しいこと、心を震わせるようなこと、欲が湧き上がるようなこと──生まれた時からずっと、そんな風に夢中になれるような何かを探していた。
そして、見つけた。
「それが、あなた様ですわ、魔王様!!」
「いや、おかしいだろ」
「鋭い突っ込みもすっごく素敵!好き!」
こんなに気持ちが昂ることなど、生きてきて一度もなかったわ!
「ところでつかぬことをお聞きしますが、魔王様のお名前は?」
訝し気に私を睨みつけた魔王様は、私が全く怯む様子がないことを悟ると渋々と口を開いた。
「…………ラフェオンだ」
「まあ!お名前まで素敵!好き!」
「ハア…………」
魔王様──ラフェオン様は大きくため息をつく。うーん!そんな憂いのあるお顔もたまらない。
初めて感じる欲求、初めて湧きあがる欲望に心が震える。
私、絶対に魔王様に愛されたい。いいえ、愛されてみせます!!好き!!!