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聖女、運命の分岐点に立つ



「──……は?」


 私の喉から湧き上がった低い声に、ロッドが震えあがった。

 しかし目の前に広がるあまりにも信じられない光景に、そんなことを気にしている余裕はない。


「ラフェオン!わたくしが話しているのよ?もっとちゃんと聞いてちょうだい!」

「…………」


(ま、魔族令嬢~~~~!)


 私の目の前で、まるで見せつけるように私の愛するラフェオン様にべたべたべたべたと触りまくっている魔族令嬢。

 なに?これは何を見せられているのかしら?


「セ、セシリア様、お気を確かに……!」

「…………」


 気はしっかりしているわよ。むしろいっそのこと今すぐに気絶でもしてしまいたいところなのに、むしろ頭はどんどん冴えていっている。目がギンギンで視界はくらりともしないことが腹立たしいくらいだ。


 それほどに許しがたい光景を目にしているのだから。


 ラフェオン様は私の視線が気になるのか、チラチラとこちらを気にするそぶりを見せている。やんわりとその手を避けようとしているようにも見えるけれど、魔族令嬢は全く気にせず迫り続けている。


 ……そうね、彼女がラフェオン様の幼馴染だというのはこの際認めましょう。この雰囲気を見るに恐らく本当なのだろう。

 そして、だからこそお優しいラフェオン様はあまり強く拒否することができないのだわ。そう、そうに違いない。


 よく考えれば、幼馴染にも色々あるわよね。

 本当に幼いころから親しく、ともに時間を共有して絆を育んできた「幼馴染」と、たんに小さな頃に知り合っただけの関係の希薄な「幼馴染(笑)」である。


 二人の間に特別な絆があるようには……うん、見えないわね。


 ラフェオン様の優しさにつけこむなど、許すまじ魔族令嬢!


 ここはひとつ、ラフェオン様の嫁(予定)候補の私が彼女を窘めて差し上げましょう。

 そう、私は嫁(予定)候補ですからね。目を吊り上げて怒ったりしませんよ。むしろこれはいい機会。近い将来あなたがひれ伏すことになる魔王妃(予定)の余裕を見せてあげるわ!


 しかし、私が魔王妃(予定)としての威厳をしめすより先に、魔族令嬢が傲慢な口を開く。


「あら、子ネズミが何の用かしら?わたくしとラフェオン様は会えなかった時間を埋めるのに忙しいのだけれど?」

「やめろ」

「…………」


 ぴきりと頭の中で音がした。

 怒りを鎮めるのに必死で、言葉も出てこない。

 そんな私を見て、魔族令嬢はにんまりと唇の端を吊り上げる。


 ラフェオン様はにらみ合う私と魔族令嬢を見て頭を抱え、大きくため息をついた。


「セシリア、離宮に戻るんだ」


 ……は?

 耳を疑う言葉に絶句する。


 ラフェオン様は今、魔族令嬢を庇って私に帰るように言ったの?


 魔族令嬢はますます勝ち誇った顔をしている。


 ……まさか、昨日あの魔族令嬢が言っていた話は、本当だというの?



 呆然としたままラフェオン様に言われた通り離宮へ戻った。

 それから数日、私は離宮に引きこもり考えていた。


 魔族令嬢の言っていたこと、ラフェオン様のこと……。


 ノンナやキャスやデイミアン、ロッドが随分心配してくれていたけれど、それに気を使う余裕もない。


 私はこれまで自分自身と、自分の考えに絶対の自信を持っていた。

 私の力は強大で、心も体も何かに脅かされたことは一度もない。暇つぶしにわざと失敗してみることはあっても、本気で信じた選択で間違えたことはない。


 だからこの恋心も、自分を信じて突き進めばいつか叶うのだと信じて疑わなかった。


(だけど……そうではないとしたら?)


 確固たる自信が揺らいでいく。


 今は間違いなく、私の運命の分岐点だった。


 ◆◇◆◇


 私が思い悩んでいても時間は止まることなく過ぎていく。

 そして、時が流れるということは、事態も変わるということ。


 部屋から出ようとしない私をそっとしておいてくれていたロッドがノックもせずに部屋に飛び込んできた。


「セ、セシリア様!人間が、人間がやってきました!」

「……人間が?」


 ええっと、どういうことかしら?

 私の結界は破られていない。聖獣が突き破った穴だって修復したし、弱った聖獣ではもう一度同じように穴をあけることさえできないはずよね。


 ふと窓辺を見ると、私が自分のことを思い浮かべたことを感じ取ったのか、ぷかぷか浮かぶ聖獣がぶんぶんと頭を振っていた。ご丁寧に私が飾り付けてやったキラキラの翼を見せつけてきている。「僕裏切らないヨ!冤罪だヨ!」とでも言いたげね。心配しなくとも、疑っているわけではないわよ。


 でも、結界が破られたわけでもないのに、どうやって魔界へやってきたというのかしら?

 私の結界は魔族が人間界へ通り抜けることができないのと同時に、人間も魔界へ足を踏み入れることができない、両者を弾く強力なもの。

 とはいえ私の使う結界の中でもそこそこのレベルのものなので、たとえば転移でも使える者がいるならば結界の影響を受けずに行き来することはできるけれど、人間界にそんな魔法を使える者はいなかったわよね。


 ラフェオン様にも人間がやってきたことは伝えられているらしい。

 とにかく、誰がどうやって魔界に来たのかを知りたいわね。目的は十中八九、私の救出といったところだろう。


 はあ……せっかく平和に解決するように私が犠牲になって人間界は平和になりました!という筋書きを用意してあげたのに……余計なことを……面倒くさい……。


 なぜだかどこかでフォードが「セシリア様……もうやめてください……」と泣いているイメージが湧いて来た。そういえばフォードは元気かしら?


 フォードは誰よりも長く私と一緒に過ごしていたから、今頃は私の顔が見たくて寂しさのあまりに泣いているかもしれないわね。



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