聖女、「幼馴染」に震える
女性魔族は私よりも背が高く、豊満な体を持ち、大きな目元には色気をかもしだすほくろがある。唇もふっくらとしていて、なんとも魅力的な容姿をしている。
ただ、今は怒りを含んだ目が吊り上がっていて、とても恐ろしい形相になっているけれど。
うわあ、怖い。イメージ通りの魔族の女って感じね。一番接する機会が多いのが可愛らしいノンナだから忘れていたけれど、そういえば人間界でも魔族の女性はとても美しく、そして恐ろしいのだとよく言われていたんだった。
さて、それはどうでもいいのだけれど。
「“わたしくの”ラフェオンとは、いったいどういうことでしょうか?」
問題はそこだ。とてもじゃないけれど聞き流せない。
ラフェオン様がお前の?は?そんなわけがないでしょうが!
だってロッドが言っていた。ラフェオン様は女性との関りなどなかったって。
そのロッドがしれっと私に近づき、こっそり耳打ちしてくる。
「セシリア様、申し訳ございません。この方の存在を失念しておりました」
「は?」
「この方はラフェオン様が幼いころから交流を持っていた魔族家のご令嬢で、いわゆるラフェオン様の幼馴染です」
「は……」
お、幼馴染ですって!?
幼馴染といえば、あれよね。小さなころからそばにいて、お互いのあらゆる初めてを知り、どんな経験も隣で過ごし、誰よりも心を理解しあっていて、時にはその距離の近さでお互いの大事さを見失ってすれ違ってしまう、そんな、恋愛小説によくあるヒロインの地位。
それが、幼馴染……。
嘘でしょう?ラフェオン様に幼馴染が?
幼馴染というものが恋敵としてそばにいてほしくない存在ナンバー1だということくらい、ラフェオン様に出会うまで色恋沙汰に全く興味がなかった私でも知っているわ!?
いや、だめよ。いったん落ち着きましょう。こんなところで取り乱してしまってはまるで私がこの幼馴染さんに負けているみたいに見えるじゃあないの。こういう時はひとまず深呼吸よ!
ふう……。
というかこの人、魔族令嬢なの……いわれてみれば、そこはかとなく品も感じられる気がする。どうでもよすぎて気が付かなかったけれど。
しかし、ラフェオン様と無関係ではないというのならば、全然どうでもよくない。
「小さなころからずっとラフェオンのそばで彼から愛されてきたから油断していたわ。まさかわたくしがちょっと魔王城から離れている間に、こんなおぞましい虫がたかっていたなんて」
「…………」
どうしてロッドは黙っているのかしら。こんなのどうせ嘘でしょう?
そう思うのに、私の視線を受けたロッドはなんとも気まずそうな顔で目をそらした。
衝撃を受けて、頭が真っ白になる。
そんな私の様子に気がついたのか、魔族令嬢はここぞとばかりにまくしたてる。
やれ、どんな風にラフェオン様と過ごしてきたか、やれ、どんなにラフェオン様が自分に優しく甘いか、やれ、ラフェオン様は自分のどういうところを愛してくれているか────。
そのあとのことはあまり覚えていない。
途中からロッドはいなかったし、私も気が付けば離宮の自室のベッドの上だった。
「あ、ラフェオン様に夜のご挨拶をしにいくのを忘れたわ……」
私は朝と夜には必ずラフェオン様に挨拶をするとともに愛をささやいている。あとはお顔を合わせるたびに。そも他にも少しでも隙を見つけては愛のアピールを欠かさずする。
だから、夜の挨拶を忘れるなどというとんでもない失態をおかすのは、私が魔界にやってきて初めてのことだった。
◆◇◆◇
思わず呆然として夜の挨拶をすっぽかしてしまった私だったけれど、翌日には持ち直していた。
だって、よく考えたらロッドが失念する程度の存在なわけでしょう?
魔族令嬢の言い分をすぐに否定しなかったロッドの態度は少し気になるけれど、彼女が本当にラフェオン様の大事な人ならば、いくらなんでも私にすでに伝わっているはずだもの。
仮にロッドが言わずとも、誰かがきっと噂して私の耳に入るに違いない。
人間界にいる頃も、あることないことずいぶん噂されたものだ。
私はあまりにも愛されていたし完璧な聖女としてふるまっていたので、私自身は好意的にみられることばかりだったけれど。
とにかく、そういう事実があるならば少なからず噂として私の耳にまで届いているはず。
そういう部分は人間界も魔界もそう違いはないのだから。
ノンナやキャスやデイミアンだって、ラフェオン様には私しかいない!といつも言ってくれているし──……いや、あの3人はなんだかよくわからないくらい私を慕ってくれているから、私贔屓すぎて100%信用していいかどうか怪しい部分がないとは言い切れないわね。
いやいや、とはいえラフェオン様の幼馴染ならば、彼の弟であるイルキズとも幼馴染にちがいないわよね?だけれどイルキズもそんなことは一言も言っていなくて──……あれは様子がおかしすぎてあまりあてにはならないかもしれない。
あほ面騎士は──……うん、論外ね。
と、とにかく!私が昨日までその存在を知らなかったという事実には変わりないものね!
ああ、こんな風にうろたえてしまうなど、私らしくない。
きっとしばらくラフェオン様のお顔を見ていないから(※半日前に見ています)、こんな風によくない思考に陥ってしまうのだわ。
昨日の夜お会いできなくてきっとラフェオン様も少しは寂しく思ってくれているはずだし、早く今日の朝の挨拶に行きましょう!
気を取り直して、私はいそいそとラフェオン様の元へ向かった。
そこで、衝撃的な光景を目にすることになるとも知らずに……。




