聖女、次の一手を考える
魔界での暮らしにもすっかり慣れ、私はラフェオン様と同じ空気を吸って生きているこの生活をすっかり気に入っていた。
それは間違いない。間違いないのだけれど……。
「由々しき事態だわ……」
「セシリア様?どうなさいましたか?」
現状を憂う私の言葉にロッドが反応する。
「はっ!まさか、またもやセシリア様の平穏な生活を脅かす愚か者が現れましたか!?」
「いいえ、そうではないわ」
顔色を変えたロッドの言葉に、床に正座しているあほ面騎士がびくりと肩を揺らした。
私に天罰を下されて改心した(?)あほ面騎士は、私のしもべになりたいといい始め、こうして私の部屋の床に正座するようになったのだ。なんで?
正直いうと最初はこのあほ面騎士の行動、かなりうっとうしかったのよね。
魔王弟イルキズが「ずるいずるい!俺もセシリア様の絨毯になって踏まれたい!」とわめいてうるさいので迷惑だなあ~と思っていたし。
それ以上に単純に不思議で。
あんなに私のこと嫌っていそうだったし怯えていそうだったのに、どうしてしもべになりたいの?と至極当然の疑問をぶつけると、あほ面騎士はぶるぶる震えた。
『あなた様のそばにいるのが……一番命が守られることに気づいたのです……ほ、本当に申し訳ございません!何度でもお詫びしますので、どうか愚かな俺をお許しください!へ、へへ!ほら、こうしてずっと正座してますんで!しびれた足先とかも全然遠慮なく踏んでもらって大丈夫なので!なにとぞ!』
「お前の足なんか踏まないわよ」
どうしよう、イルキズとは別の方向におかしな進化を遂げてしまったようだわ……。
とはいえ魔族はみんなラフェオン様の愛すべき民であり臣下であるわけだから、こういうのを受け入れる心優しい一面を見せるのも必要かと思い直し、今もこうして正座を許可している。
あほ面騎士の様子に困惑していると、ノンナが教えてくれた。
どうやら私に天罰をくだされた例の件で他の魔族たちににらまれ責められ、命の危機を感じるほどに大変らしい。
聞くところによりと、一部の魔族の間では私はずいぶん神格化されているんだとか。
へえ?魔族も話の分かる者がなかなか多いみたいね!
他人からどう思われているとかは正直どうだっていいのだけれど。
とはいえラフェオン様からの印象を考えると、よく思われているに越したことはないものね。
まあ中にはやっぱり私をよく思わない者もいるようだけれど、人間であり聖女である私を受け入れがたいと思う者がいるのは当然だ。
誰からも好かれる者などいやしない。むしろ、強烈な好意と強烈な敵意は表裏一体。無関心に、取るに足らない存在だと思われるよりは嫌われているくらいの方がよほどいい。
それに、あほ面騎士が突撃してきたときのようにラフェオン様から心配してもらえるかも……!と思えば、私への敵意や嫌悪など恋のスパイスにしかならないわ!むしろ感謝を伝えたいほどよ!ふふふ!
だから、本当に私をよく思わない者に悩まされているわけではない。
ロッドはよほど私の快適な暮らしを守りたいらしく、心配そうに見つめてくるけれど。
「それでは、何をそんなに気にしておられるのですか?」
「ラフェオン様へのアピールが全然足りていない気がするの……!」
「なるほどアピールが……」
「は?」
ロッドは理解を示すような反応をしてくれた後ろで、あほ面騎士が驚いたように顔を上げる。
「アピールが足りない?あれで……?」
などとつぶやいているのが聞こえるが、恋の何たるかもわかってなさそうな役立たずは本当に使えないわね。
「とはいえ、セシリア様は日々ラフェオン様に好意を伝えられているように見えますが」
「そう、それは抜かりないわ。毎日毎秒この瞬間の想いのたけを隙あらばぶつけねばと思っているから。伝えても伝えても足りないのだけれど」
伝わっていないとは思わない。だけど!
「ラフェオン様、私からのアピールにすっかり慣れてしまっていない?」
そう、問題はそこだった。最初は戸惑ったり嫌そうにしながらも頬をほんのり赤らめたりしてくれていたラフェオン様。最近は全く動じなくなってしまっているように見えるのだ。
「何か劇的な一手が必要だわ」
とはいえ、その方法がすぐに思いつくならばこんなにも頭を悩ませてはいないわけで。
「ねえロッド。ラフェオン様はどんな女性がお好きかしら?」
そもそも私とラフェオン様は劇的な出会いで急速に恋に落ちてしまったため、ラフェオン様についての情報がまだまだ不足している。
食べ物や花の好みなんかはキャスやデイミアン、ノンナのおかげで知ることができているけれど、全然足りない。
そのため少しでもヒントになればと思って聞いたのだけれど、ロッドは難しい顔で悩み始めてしまった。
「ラフェオン様の女性の好みですか……これまでラフェオン様が女性に興味をお示しになったことはないのです」
「そうなの?」
「魔族の一般的な価値観と、ラフェオン様が掲げる理想がかけ離れていたこともあり、あの方は本当にずっと苦労していたので、そのような余裕がなかったとも言えますね。とはいえ本当にどのように魅力的な女性を前にしても感情を動かした姿を見たことはありません」
「それってつまり、初めて反応を示したのが私って……こと……!?」
だって、初めて会ったときからラフェオン様は盛大に驚き、戸惑い、ひっくり返っていたもの。あれはどう見てもおおいに感情が動きまくっていたわよね?
つまり、ラフェオン様の好みは……私!
頭の中でリンゴンリンゴンと二度目の祝福の鐘が鳴り響く──。
私とラフェオン様の恋の炎が魔界を焼き尽くしてしまうのも時間の問題ね!
それならやっぱり、ここは劇的な一手で関係をガツンと進めたいところだわ。
そうして気分よく、次はどんな方法でアピールしようかしらと考えていたのだけれど。
嵐は突然やってきた。
「あなたね?わたくしのラフェオンにつきまとっている子ネズミは」
魅惑の女性魔族の突然の攻撃!
……誰だこれ?




