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(人間界)聖女セシリア奪還作戦③


 その頃、人間界。


 ナイジェルは公務へ出ていた。護衛の騎士の他に、側にヘスを連れている。

 セシリアがおらずとも、日々の生活は続いていく。

 時間は止まらない。


 ナイジェルやヘスの気持ちをよそに、人間界では無情なほどに当たり前の日常があった。


「セシリアがいないのに、私は一体何をしているのだ……」


 移動中、ついぽつりと口にする。

 本当はセシリアを奪還する方法だけを考えていたい。一分一秒も余すことなくセシリアのために使いたい。

 そう強く願っているものの、王族であるナイジェルにそれは許されないことだった。


 セシリアがいなくとも、民の生活は続く。国は生きている。

 セシリアが、いなくとも……。


 ナイジェルとヘスの表情は暗い。二人の心の内をフォードが知ったならもどかしく思っただろう。


(あの人、きっと誰よりも楽しく能天気に過ごしてると思うんで、普通の日常全然おっけーですよ……!)


 しかしそんな叫びも口に出すことはできないので、きっとフォードの精神的負担を思えばいなくてよかった。


「あの、すみません……!」


 突然声をかけられ、ナイジェルの意識が浮上する。

 一人の女が俯きがちに立っていた。みすぼらしくローブをかぶり、顔はあまり見えない。


 警戒する護衛を背に、ナイジェルは女の話に耳を傾けた。

 民の声を聞くのも王族として大事な務めである。


 大抵こういう場合、自身の境遇を嘆く声や、貧困の改善を望む声をかけられることが多いので、耳は傾けるが、もちろん全てに心を砕けるわけではない。救いたい、救える国にしたいと思うが、今すぐに全ての民に手を差し伸べることはできないのだ。

 ナイジェルは心優しい青年ではあるが、王族として簡単に心を揺さぶられることはない。


 しかし、女の言葉にナイジェルの心は動揺した。


「私、聖女様をお救いする方法を知っています……!」


 ナイジェルもヘスも、想像もしなかった。

 この女が人間ではないなどと。魔界でセシリアに牙をむこうとしている、魔族の女であるなどとは──。


 ◆◇◆◇


 騎士団との訓練中、フォードは突然背中に悪寒を感じた。


(ああ~~なんかよくわからんけど嫌な予感がする~~~~)


 フォードには特殊な能力があるわけではない。

 しかし、長年セシリアという側で美しいトンデモ爆弾に振り回されてきたおかげで、動物的勘、危機察知能力、虫の知らせをキャッチする能力が研ぎ澄まされていた。


 つまりフォードの嫌な予感はたいてい当たる。


「フォード!」


 訓練所にナイジェルが飛び込んでくる。


「聞け、ついにセシリアを取り戻す方法が見つかった!」

「えぇ……」


 気の抜けた返事をしてしまったのも無理はない。取り戻すもなにもないということをフォードはよく分かっている。セシリアは別に奪われたわけではないので。


(まあそんなことは言えないしな~。一応聞いとくか)


 それに、ナイジェルがあまりにも目を輝かせていることが気になった。これは本気で希望を見つけた目だ。


「取り戻す方法とは?」


「実は……」


 ナイジェルは、自分に声をかけてきたぼろぼろのローブの女の話をする。


「え……魔界に囚われていたけど、命からがら逃げ出してきた女……!?」


「ああ、セシリアが魔界に残ったことで女に対する警戒が薄れ、隙をついて逃げ出すことができたらしい。彼女が逃げるために使った特殊な魔道具があり、それを使えばすぐに魔王城の近くに転移できることが分かったんだ!」


「えぇ~……」


 フォードは心の中で頭を抱えた。

(あ、怪しい~~~~!!どう考えても怪しい!これだ、これが嫌な予感の正体で間違いない!)


 しかしふと思う。こんな怪しい話、普段のナイジェルならば簡単に信じるわけがない。いくらセシリアのことで憔悴し、判断能力が低下しているとしてもだ。


「今、ナイジェルが解析と使用準備を進めている。近日中に魔界へ向かう!フォード、お前もそのつもりで準備してくれ」

「…………はい」


 ナイジェルに乞われてしまえば、それは王族の命令である。返事をするしかない。どんなに返事をしたくなくとも。


 そう、嫌だ。嫌に決まっている。絶対に良くない感じになる。少なくともナイジェルやヘスが望むような結果はありえないだろう。

 だって、相手は魔族でも魔王でもない。セシリアその人なのだ。ナイジェル達はそれを分かっていない。分かるべくもないわけだが。


 正直なところ、フォードは魔王討伐の際、全く恐怖を感じていなかった。だってセシリアがいたから。その気になれば瞬殺だろ?と高をくくっていた。セシリアの気分がどんなもんかな~とは思っていたけど。それによって、自分の負担具合が変わってくるので。つまらないからと力の出し惜しみをして、わざと周囲に苦戦させるのはセシリアがよくやる定番のお遊びだったので。


 しかし今、フォードは震えるほどの恐怖を覚えていた。


 セシリアを取り戻すべく動くこと。それすなわち、セシリアのお楽しみの邪魔をすること──どんな意味があってどんなお遊びをしているのかは知らないけども──。


 セシリアの邪魔をするということはつまり、彼女の機嫌を損ねる可能性が高い。


(え、どうなる?セシリア様の邪魔をして機嫌損ねて、俺生きて帰れるのかな……?)


 さすがのセシリアも無暗に人の命を危険に晒すことはない。しかし、わざわざ予定していた魔王討伐も放り出してまで魔界に残っている現状を考えると、今はこれまでとは比べ物にならないほど「楽しんでいる」可能性が高い。


 ふり幅が大きいほど、逆鱗に触れた場合の怒り具合も大きいはず。


 これほどセシリアの猫かぶりのうまさを恨んだことはない。

 そのせいでフォードが全力で事情を説明して止めたとしても、ナイジェルやヘスは絶対に信じないに決まっている。


 それはつまり、こんなにも嫌な予感がびしびしとしているのに回避する方法がないということだった。


 胃が痛くなるほどには従いたくないのに、従う以外に選択肢がないフォード。

 彼は心の中で死ぬほど祈った。


(どうかその魔道具が偽物でありますように……ナイジェル殿下が変な女に騙されているだけでありますように……!)


 王族が騙されたなど普通ならばとんでもないことであるが、その方がよっぽどいい。

 この際我が国を狙っているともっぱらの噂である隣国からのハニートラップでもいい。


 普通は絶対にその方がいいなどと思わないような事柄も、現実に待ち受けていそうなことに比べればよほどマシに思える。


 祈らずにはいられなかった。


 セシリアを怒らせることよりも恐ろしいことなど、この世にはないのだから──。




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