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聖女、天罰を下す

 


 あほ面は私の言葉の意味はわからないが、侮辱されている気配は感じたらしい。突然顔を赤くして怒り始めた。


「お、お前!人間の分際で俺を馬鹿にしているのか!?」


 喚く声がうるさい。ああ、やだやだ!

 それに残念、不正解です。馬鹿にしているんじゃなくて、その存在を消そうとしているのよ。


「おい、放っておけ!煽り耐性が無さすぎるだろうが!」


「嫌ですわ!このあほ面騎士、よりによって私の愛するラフェオン様を侮辱したのですわよ!」


 私とラフェオン様の愛の対話の後ろであほ面が吠える。

「まさかあほ面騎士とは俺のことじゃないだろうな!?」


 今ラフェオン様が喋ってるでしょうが!!

 つくづくろくなことをしない騎士め。


 しかしさすがラフェオン様、そんなあほ面騎士に全く目もくれない。なぜか口元を手で覆っているけれど、そんな仕草も素敵!


「お前……俺が侮辱されたから怒っているのか?自分が貶められたからではなく?」


「当然でしょう!誰ひとりとしてラフェオン様を悪様に言うなど許すわけにはいかないのです!ここでこのあほ面騎士を野放しにすれば100人は同じようなあほ面の愚か者が湧いてきますわよ!」


「さすがに俺に不満を抱く者が100人もいるとは思いたくないんだが?」


 もちろん、いくら湧いてこようが全て踏み潰すだけではあるけれど、ラフェオン様の神聖なお耳にヘドロのような汚物同然の音を何度も聞かせるなんて、私が!耐えられない!


 しかしあほ面ヘドロはますます喚く。


「人を虫のように言うな!!」


「虫のようにではない。お前など虫けらよ!」


「なんだと!?」


「なんという低レベルな言い争いをしとるんだお前たちは……」


 ラフェオン様はついに頭を抱えてしまった。

 いけない。ラフェオン様が悲しんでいらっしゃる。あほ面ヘドロ虫を早く黙らせなければ!


 そう思った時、騎士はさらに地雷を踏み抜いた。


「こんな女をのさばらせているなんて……これほど威厳もなく尊敬もできない魔王陛下などいる価値もない」


 ああ、もうだめだわ。

 私の体からパチパチと音がなりはじめ、髪の毛がゆらりと浮き上がる。


 声が聞こえていたからか、昼でも眩い光がパチリパチリと弾け始めたからか、私たちのいる路地を覗き込む人が集まり始めていた。


「な、なんだ?」


 ピシャーーー!

 怪訝な顔をする騎士のほんの少し前に、大きな音を轟かせて一筋の雷が落ちた。

 遥か昔から、天罰は雷だと決まっている。


「う、うわああ!」


 その悲鳴は騎士のものだったのか野次馬のものだったのか。


「私のラフェオン様に無礼ばかり働く愚か者め!地にひれ伏せ!」


 慄き後ずさった騎士に指を向け、そのまま下に振り下ろし、聖魔力で押さえつける。

 騎士はまるで重力に潰されたように地面に這いつくばると、くぐもった悲鳴をあげた。


「うぐ、ひっ」


「ラフェオン様を崇めぬような配下の騎士こそいる価値もないでしょう?」


 どうやって後悔させてやろうか。

 そう思いながら一歩、一歩と近づいていく。動けずにいる騎士は顔面蒼白で、もはや憎まれ口を叩く気力すら無くなったらしい。


 しかし言った言葉は取り消せない。私のこの体の奥から湧き上がる怒りも、そう簡単に消えることはない。

 今までつまらないと思うことは山のようにあったけれど、これほど怒りを覚えたのは初めてだわ。


 聖魔力を全力で右手に集めていく。その手を振り上げようとして──掴まれた。


「──やめろ、セシリア」


 ハッと我にかえる。


「落ち着け。お前がその力を使うほどの相手でもないだろうが」


 すぐそばで声をかけられ、信じられない気持ちでそちらを向くと、私の手を掴んで止めているのはラフェオン様だった。


「あ、わ、わぁ……!な、なんてことなの……わ、私……!」


 体がブルブルと震えるのを止めることができない。

 言葉をつっかえながらあわあわと唇をわななかせる私を見て、ラフェオン様はどこか困ったように眉を顰める。


「そんなに怯えずともいいだろうが。確かにやりすぎだとヒヤヒヤはしたが、俺は別に怒っていない」


 ラフェオン様がそう言うのと私が叫ぶのはほぼ同時だった。


「私の名前を、ラフェオン様が呼んでくださったわーー!?!?」


「……は?」


「なんてことなの!名を読んでいただけたのは初めてですわ!ラフェオン様の低く澄んだお声が私の名前を紡ぐのはなんと甘美なのでしょう!?ああ、今日は最高な1日!ラフェオン様好き!」


「…………」


 ラフェオン様はぐっと押し黙ってしまった。しかし言った言葉は取り消せない。私の名前を呼んだ事実もね!素敵!

 私は騎士に振り向く。


「お前!」


「ひぃっ!は、はい!」


「私は今最高に気分がいいから許してあげることにするわね!ラフェオン様も放っておけって言っていたし。ああ、間違った。そんなやつ放っておけ、その時間があるならもっと俺に構えって言っていたし!」

「おい!そんなことは言っていないぞ!」


 大丈夫です、さっきの『セシリア』に込められていた全ての意味を私はきちんと受け取りましたわ!

 うふふ、うふふ!


「ただ、おイタもすぎると罪ですからね。こんなに素晴らしく偉大なラフェオン様相手ですもの。きっと本心じゃなかったのでしょうけれど、ラフェオン様を侮辱するものは死ぬ覚悟があるのだと見なされます。今後は気を付けるように」


「は、はい……!」


「よろしい」


 騎士の返事を聞いて、彼を押さえつけていた聖魔力を緩めてやる。

 完全に解かないのは『おイタ』への罰です。命までは取らないけれど、反省はしてもらわないとね。


 ラフェオン様は疲れたようにため息をついていた。


「もう、なんでもいい……早く行くぞ」

「はい!」


 その腕にギュウッと強めに飛びついても、もうラフェオン様は何も言わなかった。


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