聖女、魔王を強引にデートに誘う
「あなたはだんだん、私のことが好きにな~る~~」
私はラフェオン様の目の前で金貨を紐にくくりつけて揺らしながら、全力でお呪いをかけていく。
こういうのを『催眠術』というらしい。
昔々、異世界からやってきた乙女の書き記した書物に書いてあったのよね。
もちろん、その書物は特別な文字で書かれていて、その中身を知る者はこの私ただ一人だけ。
だって、聖魔力を目に集めて、文字の温度と魔力を照らし合わせる地道な作業で解読したのだもの。
他の誰にもこんな芸当はできやしない。
書物にかかれているお呪いや催眠術を何も知らないフォードを使って検証したことは昨日のように思い出せるわね。
「私のことが、好きで好きでたまらなくな~る~~」
ラフェオン様がこの金貨から目を逸らせなくなるように、うっかり他の者を視界に入れて、催眠術の効果の矛先が私以外になるなんて事故が起こらないように、どんどん顔を近づけて、呪文を唱え続けていた。
「……お前は一体何をしているんだ」
「そろそろ私のことを少しくらい好きになってもらえないかなと思いまして!ラフェオン様好き」
「何をしているのかは分からないが、そのような意味の分からない行動で人の心を操れると本気で思っているのか?」
「子供だましに感じますか?けれど大丈夫です!とびきりの聖魔力をこめてやっているので、上手くいけば完全に洗脳できますものラフェオン様好き!」
ほらほら、だってそうでしょう?ラフェオン様、なんだかんだいいながら頬を少し染めていらっしゃるもの!これは私の催眠術=聖魔力を使った力技の洗脳の効果が出ているということに違いない。
あと少しだわ!!!これでラフェオン様の全ては私のもの!!
そう思ってウキウキとさらに顔を近づけたのだけれど……。
「どこに聖魔力を使っているんだお前は!おまけに洗脳と言ったな!?聖女にあるまじき行動はやめろ!」
「そんな!」
ああっ!私の金貨が没収されてしまった!!!
このっ、金貨め!ラフェオン様に握ってもらえるなんてずるい!私なんてまだ手も握ってもらっていないのに……。
「うう、ひどい……私の乙女心を踏みにじられましたわ……でもやっぱりラフェオン様好き……」
「変態聖女め。大体、洗脳などで心を動かすことができたとしてお前はそれでいいのか?」
ラフェオン様って、意外と常識人よね。人間よりもよほど優しいのではないかしら。
つまり、洗脳で好きになってもらったところでそれは本当の気持ちではないのではないか?それでもいいのか?と聞きたいのだろう。
その心は……私を心配してくださっている!!
「もちろん、それでいいです!まずは体と心を抗えない状態にして、じわじわと本物の愛を育めばいいのですわ!大丈夫、私を好きになれば絶対に幸せにします。それとも、心からでは不安ですか?それなら私は体から頂戴いたしてもよろしいのですけれど」
「この性悪下衆聖女が」
吐き捨てるようなラフェオン様の言葉。そのどこか蔑んだ視線にドキドキしてしまう。
もちろん、私はおかしな性癖を持つ王弟イルキズとは違うから、そういう意味のドキドキではない。
だって、こんなに気やすい態度をとってくださるなんて!これは少なからず私に心を許しているということに外ならない。
これは、5%くらいはもう私のことが好きだと思っても差し支えはないわよね。
これは……次の一手を繰り出す好機!
そう思い、畳みかける!
「ラフェオン様、私のことを好きになってください!」
「人の気持ちは懇願で変わるものではないだろうが!何度も言わせるな!」
「かくなる上は強硬手段……」
「やめろ!」
「うう……こんなに、こんなに好きなのに……」
情に訴えかけるべく、涙を呼び起こす!
半泣きの私を見て、ラフェオン様がほんの少したじろいだのが分かった。
「何も泣くことはないだろうが……」
今よ!
「う、うう……じゃあじゃあ、せめて私とデートをしてくださいまし!!!」
「で、でーと、だと……!?」
仰け反るラフェオン様に、ロッドがささっと近寄り、お召し物を目にも見えない速さで着替えさせていく。魔法かしら?見えないわね……私としてはちょっとしたお色気も受け入れる準備は整っているのだけれど……。
ともかく、私が事前に味方に引き入れていたロッドの迅速な対応により、今すぐにデートにいける状態が出来上がった。
行ってらっしゃいませとにこやかに手を振るロッド。いい臣下ね!私、有能な者は好きよ。
「待て!俺は行くとは言って……!」
逃がしませんわよ、ラフェオン様!




