夏祭りのあと
僕は中学3年生のとき、近所に新しくできた有名な進学塾に通っていた。
別にその塾に通いたかったわけでもなかった。
ただ単に「近所に出来た新しい有名進学塾」という事でなんとなく選んだ塾だったのだが
実際には有名な超スパルタ塾だった。
僕は通い初めて1ヶ月もしないうちに逃げ出したかったが辞めることも休むことも出来なかった。
何故なら父に殴られるからだ。
父はすぐに手が出る。
『辞めたい』なんて言ったら鉄拳制裁が飛んでくるのは明らかだ。
そして、休めば塾からすぐに家に連絡が入る。
勝手に休んだことがバレたら鉄拳制裁。
ということで休むことも出来ない。
今だったら事前にインターネットで情報を集めることが出来るのだろうが、
あの当時は全く情報がなく、スパルタ塾を選んでしまった自分を恨みながら大人しく通っていた。
ちなみに僕は第一志望は父の強力なプッシュも有り、某国立高専だった。
偏差値は65近辺なので、学校ではTOPとは言わないが、いつも上位クラスに入っていたのだが、
この進学塾では最低クラスのBクラスだった。
この「B」は何の略だか説明は無かったが、
塾生の中では「BAKAクラス」と呼ばれていつもバカにされていた。
その年の7月12日。
いつものように自転車を漕いで塾に行くと街は祭り一色であった。
祭の人混みを避けるように自転車を漕いで、祭会場とは反対側にある塾にたどり着くと
クラスメイトに「今日は7月12日 だからお祭りだな!」と言うと
仲が良い男子クラスメイトは「ふーん…」と明らかに興味がない様子である。
まあ勉強しなければ、このバカクラスから抜け出せないのでみんな必死なので仕方がない。
僕も「祭好き」いうわけでも無いので、
この話はこれで終わらせようと思ったら近くにいた女子一人が
「私!行きたい!お祭りに行きたい!誰か連れって!」と言い出した。
「一緒に行こうよ!連れて行ってよ!ねえ!」
しかし、誰も反応しない。
彼女のことを無視をしているわけではないが、
誰も「行く!」という人はいなかった。
彼女は長い黒髪で、色白で、大人しいとは言えないが騒がしくもない普通の女の子だった。
そして、塾では僕の隣にいつも座っていて、
休み時間はいつも雑談をしている子だったので
「じゃあ!俺が一緒に行くよ!」
と手を挙げて一緒に行くことになった。
べつに好意があったわけではなかった。
ただ塾の席は自由なのに、わざわざ自分の隣に座ってくれて、
いつも話していた仲が良い子なんで
「では誰も行かないなら、僕が付き合うか…」
という軽い感じで快諾しただけであった。
塾の授業が終わって僕と彼女は二人で話しながら、
高架になっている駅構内を抜けて駅の反対側に向かった。
「祭は駅を渡ったらスグだよ~!連れて行くような距離じゃ無いよなぁ~」
そんなことを思いながら二人で話しながら歩いていると祭り会場は予想以上に人が多く、
僕と彼女は自然に二人で寄り添って歩くことになってしまった。
大人になった今になって考えると
彼女が「連れて行って!」と言った意味も!
彼女がいつも隣に座っていた意味も!
クラスメイトが誰も彼女と一緒に行こうとしなかった意味も!
全て理解できるが、あの当時の僕には全く理解できていなかった。
僕たちは祭りの屋台と、祭りの人混みの中を話しながら歩いた。
中学生のお小遣いでは屋台の高い商品を買うのは難しいので何も買わずに話しながら歩いた。
彼女が怪我をしないように彼女をガードしながら二人で祭の中を話しながら歩いていき、
祭の主役である提灯山車を数台見たところで帰ることにした。
1時間ぐらいの可愛らしい「祭デート」であった。
まあ、その時は「祭デート」という自覚も、認識も全くなかった。
僕たちは再度駅を超えて自転車置き場に戻り、
「バイバイ!またね!」と言って普通に別れて自宅に帰った。
なんのイベントも起きない普通の祭の夜だった。
次の日、学校に行き、教室に入るとすぐにクラスメイトが4~5人集まってきて
「昨日のデートの相手は誰だよ!」
と問い詰められた。
自分としては「デート」なんてしたつもりはなかったので
しばらくは「はあ?」「なんのことだ?」と応えていたのだが
友人たちの話を詳しく聞くと、昨夜の祭会場で俺と彼女が寄り添って歩く姿を
多数のクラスメイトに目撃されたらしい。
「お前ら!見かけたんだったら声ぐらい掛けてくれよ!」
僕としては彼女の安全のためだけにとった行動で全く他意は無かったのだが、
一緒に歩いたのは事実だったので「デート」を認めざる得なかった。
自分としては不本意だったが…
そして7日後になった。
この祭りは本来は7月12日から18日までの7日間ずっと祭が続くらしいのだが
山車が出て盛大に騒ぐのは初日の12日と最終日の18日の二日間だけなのである。
偶然にもこの日も塾の日だった。
いつものように自転車を漕いで、祭の人混みを避けるように塾にたどり着くと
今回は何も言わないで教室に入って授業を受けた。
授業が終わって帰ろうとすると前回とは違う女の子が僕に近づいてきた。
彼女はボーイッシュで気風のいい子だったので前回の子よりは好意はあった。
でも「付き合いたい!」という対象でもなかった。
彼女は俺に近づいてくると小声で
「祭に行く?」
と聞いてきた!
僕は正直に
「少し覗いてから帰るつもりだよ!」
と答えると
「だったら一緒に行こうよ!」
と突然、祭に誘われた。
まあ、普段から仲が良く、
家にまで電話が掛かってきて色々と話す中なので
「いいよ!」と快諾して二人で祭の会場に歩いて行った。
前回と同様に二人で祭り会場で屋台を観ながら1時間ほどウロウロとしていると
ちょっと奥まって人通りがあまりないところに来た!
すると彼女は
「付き合ってくれてありがとうね!」
と俺の頬にキスをしてくれた!
その後は全く覚えていない!
そのまま彼女を駅まで送り届けたは確かだろうが…
次の日、学校に着くと案の定、
「昨日の彼女は何者だ?」と散々と詰められた
僕はキスされたこと見られたのではないか?
と内心ドキドキしていたが友人たちに見られていたのは
彼女と一緒に歩いていた姿だけであった。
ということで
前回と同様で「塾のクラスメイトの案内役」をしただけだ。
ということで押し通した。
僕は二枚目でもないし!
前回とは違う女の子だったので友人たちも僕の言葉を信じてくれたので
「案内役」で押し通すことができた…
それから彼女達二人とは塾のクラスメイトとして
ずっと机を並べて勉強したが何の進展も無かった。
その後、僕の成績が上がったので
成績上位者クラスに上がってしまったこともあり
殆ど会話をしないまま高校入試が終わった。
それと同時に僕の塾生活も終わった。
彼女達がどこの高校に進学したのかは全く知らない。
ただ、あれからずいぶん経ったがこの祭が来ると、あの二晩を思い出す。