見知らぬ森の中・・・
走る。とにかく走る。
足の筋肉が悲鳴をあげようとも肺が破裂しそうだとしても。
なぜなら
「ギャァァァーーーース」
身の毛がよだつようなモンスターの声が、俺のすぐ後ろで聞こえる。
マ◯オのパック◯フラワーみたいなやつが、大きく口を開けて汁を撒き散らしながらグネグネとした動きで追ってくるのだ。
汁が触れた場所はジュウジュウと音を立てて溶けていく。
俺の本能が警鐘を鳴らしている。
(このままじゃ、喰われて消化されてデッドエンドだ!!)
「なんで、なんで異世界に来たのにこんな目に遭うんだよ!!」
◇◆◇
説明をしよう。
俺の名は神谷健介 28歳 ナイスガイだ。
備考:独身&彼女なし
現在俺がいるのは俗に言う異世界というやつである。
俺は正真正銘地球生まれ地球育ちだ。
なら何故こんなとこにいるのか疑問に思うだろう。
・・とある出来事により、気づけば異世界なる場所に転移していたのだ。
十数時間前のこと。
会社帰りのことだった。
端的に言えば、猛スピードで赤信号を突っ切ってくる暴走車に跳ね飛ばされ・・死んだ。
身体が物凄い勢いで宙を舞い、地面に叩きつけられたのを覚えている。
間違いなく致命傷だった。
地面のシミとなるまでのコンマ数秒間、死の間際に引き延ばされた思考は恐怖でも怒りでもなく、
(俺ついに死ぬんか・・。来世があるなら、彼女作ってどこか静かなところで平和に暮らしたいな...)
走馬灯がよぎる意識の中そんなことをふと思った。
割とショッキングな出来事にもかかわらず最期の思考は冷静だった。
(・・・・)
しかしそこで気付く。
(待って神様!そんなことより俺まだ童t)
そしてそれを最後に俺の思考は途切れた。
はずだったのだが、
(んんっ?)
何故かよく分からない空間の中で浮いていた。
体が暖かいものに包まれているような感覚と共に視界が白く染まってゆく。
(俺、死んだのか?)
「 」
声は出せない。体も動かない。まるで金縛にあったようだ。
しかし不思議と嫌な気持ちはしない。
唯一動かせる目で現状を確認してみる。
一面真っ白な空間だった。
しかし違和感を感じる。
下から風感じるのだ。
しばらく経つと強くなっていく風圧に体が動かなくなる。
白一色だった視界はクリアになっていき、そこに映るのは––––––青い空。
それはどんどん離れていく。
そこで遅まきながら気づいた。
違和感の正体は浮遊感。
(・・嘘だろ。もしかして落下してるのか?)
一気に思考と体の感覚が引き戻された。
どうにかしたいが風圧が高すぎてまともに身動きできない。
このままでは落下死確実であり、死んだ後に死ぬという訳の分からない偉業を成し遂げてしまう。
とゆうか下からくる風圧だけですでに身体がちぎれそうだ。
ちらりと視界の端に緑が映った。
(マジかッ・・)
高度が下がるにつれ見えてきた地上の姿は地平線まで続く森だった。
何も状況が変わることないままに地上がどんどん迫り、再び地面の染みとなる数瞬前。
「カァァァアアア!!」
墜落する俺に向かって巨大な何かが横から突っ込んできた。
落下速度も相まって暴走車に跳ね飛ばされた時以上の衝撃を感じた。
生身でそんな衝撃に耐えられるはずもなく簡単に俺の意識は刈り飛ばされた。
不思議なことに衝突の瞬間見えた事故相手は巨大な鳥だった。
地球にはもういないはずの翼竜のような・・。
考えるより早く意識を失った体は森の一角に消えていった。
◇◇◇
???
■■■は悩んでいた。
横たわる謎の生き物をどうするか否か。
散歩の途中にけたたましい音とともに森の木々を叩き折って眼前にソレは落下してきた。
全身傷だらけだが姿はどこかゴブリンに似ているところがある。
しかし肌は白く見たこともない布を纏っている。落下のせいなのか全身傷だらけで気を失っており、このまま放れば他の獣に食われるだろう。
変わった気配を放っており、目を覚ましたとき自分を襲うかもしれなかった。
■■■は森の獣の中では下から数えたほうが早いくらいには弱小で臆病な種族なのだが■■■自身は少し変わっており、些か好奇心旺盛であった。
結局目の前の生き物への興味が警戒心を上回り巣穴に引っ張って行くことにした。
◇◇◇
ポチャンッ
額に水がかかり朧げながら意識が戻る。
「うっ・・・」
意識と共に体の感覚も戻り、全身に痛みが襲った。
痛みにより生きていることはわかり安堵する。
うっすらと開けた視界は土色の天井を映した。
青い空でもなく緑の木々でもなくまるでどこかの洞窟のような・・・
(ここは・・どこだ?)
まだはっきりとしない思考でもこの場所が意識を失った時の落下地点ではないことは確かだった。
すぐに思いついたのは獣か何かが気を失った自分を喰らおうと巣穴に持ち帰ったのではないかということだった。
理由は違うのだが誰かが巣穴に持ち帰ったという推測も間違ってはいない。
■■■は倒れている彼の頭の近くに近づき大きくその口を開いた。
「!?」
何者かの気配を察した時にはもう遅い。
「ቁሣሑᔁᙑᚡᛰ」
何かが呟やかれ開かれた口から光が放たれた。
咄嗟に逃げようとするが痛みで身体が動かない。
光は無抵抗の俺にぶつかり・・そして何事もなかったように消えていった。
(???)
何が起きたのか全くわからない。
光の放たれた方向を見ると、なぜか小さなウサギがちょこんと座っていた。
「ᎹᏉᏚᏩᏧᏧ؈ظ?」
何かを話し出したが何を言っているのかまるでわからないし今がどんな状況なのかも把握できん。
よく見れば普通のウサギと違う。
(光を放ったり喋ったりしてる時点で普通ではないのだが・・)
額から一本、宝石みたいに蒼い角が生えている。
余計訳が分からなくなった。
俺が困惑していることに気づいたのか、はたまた言葉が通じないことに疑問を抱いたのか角ウサギも首を傾げ始めた。
しばらく両者の間で沈黙が続き・・
〈きず、な、、おた?〉
唐突に頭の中に声が響いた。
「!?!?」
むしろ先程より二割増しほど驚いた。
〈なお、、た?〉
再び問いかけられる。
どうやら傷の具合を聞いているらしい。
言われて確認してみる。すると先ほどまで動くこともままならなかった体がだいぶ軽くなっていた。
(????????)
もうわけがわからない。
とりあえず傷が良くなっているのでウサギにうなづいて返す。
〈よか、た。、、、もり、たおれてた、あなた。、、なにもの、、、?〉
森に倒れていた。
そうウサギが言っているということはここまで運んできてくれた上に治療までしてくれたということだ。
(ナニコレ?ファンタジー?ウサギしゃべるし、傷治ってるし)
まるでラノベでよくある異世界転生みたいな。
とりあえず起き上がり角ウサギに向きなおる。
「と、とりあえず助けてくれてありがとな。俺は神谷健介だ。何者かはよく分からんが人間だと思う」
〈ニン、、ゲン?ケ、ン、、スケ?〉
今度は角ウサギが困惑する番だった。
この森で過ごすことしかない角ウサギは当然人間など見たことない。
「それよりここはどこで、君はいったいなんな」
健介がそれ以上言葉を発することはできなかった。
角ウサギがいきなり体当たりをかましてきたからだ。
(なにすんだっ・・?)
敵対されたのではという思考は一瞬だけだった。
なぜなら俺たちのいた小さな洞窟の出口が崩れ落ちたからだ。
突き飛ばされなければ生き埋めになっていただろう。
ただ、ここで助かったと安心したことは安易すぎた。
崩れたのは決して自然崩落などではない。
崩されたのだ。
角ウサギは警戒するように崩落場所から距離を取る。
前方から瓦礫を押し除けて巨大な影が起き上がった。
穴の開いた出口から差し込む光がその巨体に覆い隠され・・
「ギィァーー!!」
耳をつんざくような雄叫びと共に巨大な影が襲いかかってきた。
その巨体の一挙一動によりただでさえ小さい洞窟がどんどん崩れ始め逃げ場が失われていく。
角ウサギはいち早く駆け出し始め反対側の出口へ向かっている。
さっきの光のおかげでギリギリ動けるようになった足で角ウサギを追いかけた。
幸い洞窟は俺が走れるくらいの幅はあり、謎の影に追いつかれるより早く角ウサギの後を追って外に出ることが出来た。
久々の太陽の光で目が痛いが、あの場所から脱出しても安心できない。
すぐに洞窟から離れるように走った。
「ギィシャァァッッ!」
直後洞窟が崩れる轟音が鳴り響く。
衝撃で地震のように地面が揺れ、角ウサギ諸共に転んでしまう。
瓦礫に被弾しそうになりながら、痛む体を叱咤し角ウサギを引っ掴んで近くの木の影に隠れた。
襲撃者であるソレはズルズルと何かを引きずる音を出しながら洞窟の残骸から這い出てきた
木の影から様子を伺おうとした俺は思わず二度見した。
ソレは全長4〜5メートルほどの怪物だった。
ざっくり説明するならば・・全身から触手が伸びまくったパック◯フラワーだ。
口のような場所から手首ほどの太さのある牙が見え、涎のようなものをボタボタと垂らしている。
その垂れた液体の触れた場所はジュウジュウと音を立てて溶けていく。
洞窟の崩落による傷は一切見られない。
(ナニ?このあからさまに危険生物ですみたいなパック◯フラワーもどきは?)
完全に自分の理解を超えていた。
だがここが地球でも、ましてや安全でもない場所ということはいやでも理解させられた。
触手花はまだこちらの姿を見つけられていないようだ。
しかし何かを探すようにキョロキョロと無駄にでかい頭を捻って辺りを見回していた。
奴との距離は10メートルもない。
下手をすればすぐ見つかってしまうため息をひそめてどうにかやり過ごせればいいんだが・・。
数秒間どちらも動かないまま時間が過ぎた。
触手花が全く動かないことに疑問を抱き始めたとき
〈よ、けて!!〉
警告音とほぼ同時、俺は反射的に地面へ屈み込む。
ヒュンッ
頭上から風を切り裂く音。
犠牲になった髪の毛が数本宙を舞う。
少し遅れて俺たちが隠れていた木を含めた周りの木々が綺麗な切断面を見せて地面に倒れた。
切られたのはもともと俺の胸があったぐらいの高さだった。
とっさにしゃがみ込んでいなければ今頃輪切りになっていただろう。
(意味が・・分からない、・・木が・・)
驚きが限界を超え息をするのも忘れる。
〈アイ、ツ、ばしょ、わかる、、にげる!〉
そういって角ウサギは腕から飛び出した。
俺もその声によって現実に引き戻され急いで後を追う。
駆けながら俺は一つの結論に達した。
ここは地球ではない。
俺は交通事故で死ぬ瞬間、異世界というものに転移したのだろう。
怪我を治した角ウサギが使ったのはきっと魔法で、角ウサギも触手花もこの世界のモンスターなのだ。
普通の人が聞けば馬鹿馬鹿しいと一蹴するような推測だが、これでつじつまが合う。
俺は多くのラノベを読んできた、だからこそわかる。
そしてここが異世界なら一言言いたい。
「ギャァァァーーーース」
すぐ後ろで聞こえる雄叫びが森を震えさせた。
「なんで、なんで異世界に来たのにこんな目に遭うんだよ!!」