表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第2章 ボーイミーツ……
9/481

人魚の入り江

レギュレーションを全年齢でお願いした人魚達は、とてもファンシーで、話しやすかった。

「美味しいフルーツはいかが?」

「いや、今はいらない。ありがとう。それで、彼は時計を探していたんだね?」

「ええ、そうよ。金色の時計なんだって。ミルクは飲む?」

「お気遣いなく。腕時計かな?それとも、もっと大きな時計?」

「片手で持てるくらいの、蓋のついた丸い時計だって言ってた。ねぇ、一緒に泳ぎましょうよ」

「水着持ってないから、止めておくよ。……懐中時計か」

「大事なものだけど、海で落としちゃったんだってさ」

「ふうん」

「お話ばかりじゃつまらないわ。遊びましょう」

今日は急いでいるから、と適当に言い訳して、川畑は人魚達に別れを告げた。

「また来てね!素敵なお兄さん」

人魚達はニコニコ笑って手を振ってくれた。


「いくらなんでも、対応が素っ気なさ過ぎじゃないですか」

「なに言ってるんだ。結局、ほとんどの聞き込み、俺に任せたくせに」

川畑が睨むと、帽子の男は吹けもしない口笛を吹いてごまかした。


「まぁ、翻訳さんのイケメン補正が効いてたみたいだから、彼女達、上機嫌でしたけどね」

「……翻訳さん補正って、双方向なのか」

「そりゃもちろん。会話って双方向ですから」

川畑は自分が人魚達にはどう見えていたのか考えると、頭が痛くなった。

「それであんなに、群がってきたのか」

「スキンシップ大好きみたいですよ」

そういえば人魚達は、やたらに触ったり抱きついてきた。人魚達のことを思い出して、川畑は翻訳さんにそっと感謝した。……補正がなければ地獄絵図だったろう。


「その点、私は触れないから、彼女達に受けが悪いんです」

「触らせないだけだろう」

そういえば男は、水辺に近付きもしなかった。

「ええ、むやみに物質的接触が起こらないように、世界への干渉率下げてるんです」

「は?」

男は川畑に手を差し出した。

「ほら、見えてるけど触れないでしょう」

川畑の手は、男の手をすり抜けた。

「翻訳システムの応用です。ただ、自然な挙動って、実は割と面倒で。例えば、話がしやすくなるように、顔の高さをあなたに揃えると……ほら、足が浮いちゃうでしょ」

川畑は目の前で浮き上がった男の顔を見て、地についていない足を見て、また顔を見た。

「あなた背が高くて、歩幅大きいから、話ながら隣を歩いて動きを合わせるのが、地味に難しいんです。もうこれからコレでもいいですか?」

男の下半身が、グラデーションがかかったように透けて、足が消えた。

いいですか?と聞かれても困る。しかし、そういえば、部屋に現れたときは、こんな感じだったのを思い出したので、川畑は、そういうものだと思うことにした。

翻訳技術(オーバーテクノロジー)はすごいのに、使う奴が、雜過ぎる」


「あ!ちょっと高めの位置で後ろからついていくと、背後霊っぽくないですか!これ」

上機嫌で能天気にのたまった男を、(はた)いた川畑の手は、男の帽子と頭を、きれいにすり抜けた。



卓上の銀の燭台に火を灯す。白ワインは氷で冷やしてあるし、グラスもきちんと磨いてある。

キャプテンは、満足そうにうなずいて、ノックのあった扉の方に声をかけた。

「入りたまえ」

入ってきたノリコの姿を見て、キャプテンは意外そうに眼を見開いた。

「ボンドくん!レディの支度を手伝うようにと言っただろう!」

「あい!キャプテン。ただ、いらないといわれたので」

彼女は、キャプテンが見つけた時のままの服装だった。


「ドレスは、好みではなかったかね?なぁに、気に入らんもんは、着なくてよろしい。また今度好みのものをあつらえよう。ただし、その格好はいささか晩餐には、不向きだな」

キャプテンは、ノリコを眺めて、ふうむと唸った。

「ドレスなんぞなくても、お嬢さんは十分に美しい。よし!いっそこうしよう!」

パン!と手を打って、ノリコの前まで来ると、キャプテンは彼女の手首をつかんだ。

「ボンド、なにか縛れるものを持ってこい。なんでもいいが、できれば美しいお嬢さんに似合うものがいい。綺麗なリボンやサッシュをいくつか見繕ってきたまえ」

ノリコを見下ろしながら、キャプテンは彼女のシャツの襟をなどった。そのままゆっくりと、指先で長い髪をすく。

「淑女らしいドレスでの晩餐もいいが、ここは海賊風に行こう」

細い髭をピンと立てて、キャプテンはニヤリと笑った。



「とにかく!なんでもいいから、早く彼女を助けに行こう」

川畑は、帽子の男をせっついた。

「ちょっと待ってくださいよ。同じ時間の同じ場所に戻るのって、結構、難しいんですよ。しかもあの時空、監査局からアラーム出るくらい荒れてたし」

「がんばれ、プロ」

川畑は、切って捨てるように応援して、冷ややかにプレッシャーをかけた。帽子の男は恨めしげに愚痴った。

「簡単に言いますけど、時空転移って難しいんですよ。局とデバイスのサポートがあっても、決められた異界の座標を数ヶ所使う程度が普通です。かなりのベテランだって、任意の場所にはなかなかいけないんですから。自分が認識できる範囲への短距離転移ができて一人前。新人局員は"履歴で戻る"どころか.ショートカットメニューで"ひとつ前に戻る"のがせいぜいで……」


「それだ!」

川畑は男の眉間に指を突き立てた。

「どれです!?」

痛いわけでもなかろうに。男はおでこを押さえて、身を引いた。

「"履歴で戻る"ことができるなら、簡単じゃないか」

「残念ながら、僕は干渉率下げてるせいで、履歴がちゃんと残らないんです。戻れないわけでもないんですが、いつも大分ずれます」

帽子の男は、なぜかちょっと自慢そうに胸を張った。

「役に立たん奴だ。……だが、そういうことなら」

川畑は左手首を指して言った。

「俺なら履歴が残っているはずだ。それがデバイスの機能なら試してみよう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>オーバーテクノロジーは凄いのに使う奴が雑 オーバーしてるしてないに関わらず、発達した技術ってこうなるのかもですね。現代でもPCやらスマホやらで同じようなことが起こっているような。 雑に使っても使用者…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ