騎士の弟子
「それで、エルフェンの郷はどうだった?」
「なんか大歓迎してくれた。妖精王の威光って凄いんだな。スーパーVIP待遇で恐縮したよ。お願いしたことも二つ返事で引き受けてくれたし」
「良かったじゃないか。何をお願いしたんだ?」
「そのうち勇者が行くから、そんときゃよろしくって頼んできた」
「そんだけのために、わざわざ行ったのか。マメだなぁ……」
モルに鎧を脱がせてもらいながら、川畑は溜め息をついた。
「これ、もうちょっと楽に脱ぎ着できたらいいのに。一人で脱げないのは不便だ。モルル、デザイン大人しくするついでに改造できないか?」
要検討ということになった。
早朝、宿の中庭で従者のハーゲンが形稽古をしているのを見つけて、バスキンは嬉しくなった。
持っているのは木の棒だが、以前簡単に教えてやった剣の形をかなり忠実になぞっている。端々に荒いところはあるが、真面目にやってくれていたのだろう。素人にしては上出来だった。
「だいぶ様になっているじゃないか」
「おはようございます。バスキン様」
声をかけると、若者は練習を中断して、かたくるしく礼をした。
「続けていい。邪魔をしてしまったな」
「いえ、なかなかうまくいかず、行き詰まっていたところです。よろしければ、もう一度手本を見せていただきたいのですが」
「いいとも」
剣を抜いて構える。
「あ、バスキン様、ちょっと待ってください」
ハーゲンはどこから見るか迷ってうろうろした結果、少し離れたところに立った。
「お願いします」
「うむ。ではまず右を引いて鷲の構え。切り下げて、獅子の構え。引いて下段蛇から切り上げて、左の牛。突いて、右の鋤。突いて、前を払ってから鷲に戻る。どうだ」
「ありがとうございます」
ハーゲンは自分の持っていた木の棒を軽く振りながら、思案し呟いた。
「やはり単純に外側だけ動きを真似てもダメだな。体格と得物が違うから重心が違う。踏み込みの幅とか切り下ろしの角度は、自分の体型に合わせないと形として同じ意味にならない。単純な1つずつの形としてではなく、一連の動きとして組み立てるなら、筆記の書体のようにつなげるためのアレンジが必要だし……動きの意図と意味を考えないと無理だな。あと、前回は見逃してたが、手首の返しが重要か?表刃と裏刃を両方使っている」
バスキンはわくわくする気持ちで、若者を見守った。
「参考になったかな」
「はい。とても」
「剣を大きく振り回してはいかん。右手と左手で、片方は引き、片方は押すことで、素早く回せ。親指を立てると剣を安定させたまま裏刃に切り替えやすいぞ」
「わかりました!」
バスキンは緩みそうになる顔を引き締めた。
「形稽古は相手の姿を思い浮かべながらやれ。攻防は一体だ。常に相手の次の手を潰すことを考えて攻撃を選べ。相手がお前を攻撃したとき、相手の刃がお前の剣をより深く相手自身に押し込む位置に剣を置け。そうすれば相討ちではなく、生き残れる」
「はい!」
一緒に旅をしながらも、大人しく常にどこか一歩引いた態度だった若者が、食いつくように自分の指導を聞いてくれるのが嬉しくて、バスキンはつい止められなくなってしまった。
「出立までまだ時間がある。少し相手をしてやろう。さぁ、構え!」
その日から、バスキンによる剣の指導が川畑の日課に追加された。
「おーさま、おつかれさまですー」
「おちゃがはいりましたよー」
川畑は畳に転がったまま、うーだかあーだか、唸るような返事をした。
「おーさま、おくちあーんして」
「あまいのたべるとげんきでるよ」
半分眠りかけの川畑は、それでも寝返りをうって、仰向けになり、わずかに口を開けた。カップとキャップが苦労してその口の中に匙を押し込んでいると、部屋の大家である賢者がやって来た。
「珍しくチマい奴らだけで茶葉だのなんだの貰いに来たから、なにかと思えば……ずいぶんバテてるな」
「モルル、剣、持ってないか?」
「剣?妖精王にもらった鎧とセットで付いてたんじゃないか」
「あれ、刀身がサファイアとルビーなんだよ。モース硬度がアイスバー以下みたいな剣は練習用にはできなくて」
「何でまた剣の練習なんて?」
「一緒にいる騎士の人が剣の指導をしてくれるんだが、お前と一緒で限度ってものを知らないんだ。自主練で早めに上達して、もういいですって言わないと、毎朝、ああしごかれると1日持たん」
川畑はのっそり起き上がると、妖精達が用意してくれたお茶を飲んだ。
「キツイといいながら自主練習を足そうとするのがお前らしいな」
「向こうで人目を気にしてやるより、こっちで色々全開でやった方が効率がいいんだ」
「あー……お前らしいな。どんなことやってんだ」
ここじゃなんだから、トレーニングルームへ、といってモルが案内されたのは、白いなんにもない部屋だった。
「お前、また部屋増やしたのか」
「いいだろ。建蔽率が決まっているわけじゃなし」
「しかもなんか変な設定してないか?向こうの部屋と明らかに法則が違うぞ」
「エルフェンの郷に行った時に、同じ世界にあるはずなのに王都と諸々の設定が違うのに気づいてな。同一世界でも主の設定次第で部分ごとにカスタマイズできるのがわかったからやってみた」
モルは何とも言えない顔で川畑を見上げた。
「さてと。今やっている練習だよな」
「おーさま、ボクらもみるー」
「おめめいっしょしてー」
「よし、いいぞ」
モルは額をつつかれている妖精達を見て首をかしげた。
「よければモルルもやってやるぞ」
「何を?」
「俺の加工した視覚情報を渡す。知覚の直接リンクだと負荷が高いけれど、時空監査局の翻訳機能の拡張で加工した視覚情報だけ送る方式なら、チビ達でも大丈夫だから」
「うーん。じゃぁ試しにちょっとだけ……」
「わかった。優しめでだな。お前相手は初めてだから慎重にいくか」
川畑は右手でモルの前髪を上げると、左手で後頭部を固定しながら、額同士を合わせた。
「な!なにやってんだ」
「黙って目を閉じてくれ。入れても大丈夫なように、お前の感覚探りながら、ちょっとずつ確認するから」
一瞬、全身の感覚が過敏になって、目の前が真っ白になった。体の力が抜けて、膝から崩れそうになるが、頭をしっかり固定されているので倒れることもできない。モルははくはくと口を開け閉めした。
「これでよし」
手を離されたとたん、全身の感覚がもとに戻った。
「よーし、じゃぁ簡単に一通りやるから見てろよ」
川畑がそういうと、彼の手にブロードソードかロングソードらしき剣が現れた。彼の目の前には、灰色の影のような騎士が立っている。
「目の前のこの騎士は、俺の剣の先生の3Dモデル。3方向からの映像を合成してモデリングしてる」
「ボクたち、おてつだいした」
「おーさまといっしょに、じーっとみたの」
「赤い表示はお手本のガイドだ。その通りに体を動かすとポイントが入るようになってる」
「ポイント?」
「あ、そっちにも表示出す。視野右下でいいか。一番右の括弧内のはこれまでの最高得点だ」
なんだか凄まじいテクニックを駆使して、馬鹿馬鹿しいことをやっているんじゃなかろうか、とモルは呆れた。
「ではステージ1。スタート」
その後、聴覚もリンクしてもらったら、音楽がガンガン流れて、ステージクリアでファンファーレが入る仕様で、さらに呆れた。
旧街道に外れること少々。
小高い山の中腹に、木々に埋もれるようにして、その古い砦はあった。
ロビンスは苔むした石積を見上げて顔をしかめた。
「うわ、廃墟だな。最近まで現役だったとは思えねぇ」
「もともと老朽化が激しかったからな。最近、新街道沿いに新しい砦ができたのを期に放棄された」
バスキンは馬を降りて、砦を見上げた。
「旧街道沿いで使わなくなったとはいえ、新街道もそれなりに近い。こういうモノを残しておくと、山賊がたまったりするから、取り壊す予定だったんだがね」
「"勇者物件"の候補地になったというわけか。何でしたっけ?イベント?」
「ああ。勇者が戦闘の経験を積んだり、仲間との連携を磨いたりするために必要な通過儀礼なのだそうだ。我々の1次調査で、候補地の現状を確認して、有望そうな場所については、別途、プランに応じた改装班が派遣される。"イベント"は勇者の成長段階に応じて配置する必要があるから、地理的に無理のないルートが何通りか用意され、最終的には現れた勇者がどのような人物かでその中の1本を選択するらしい」
「訓練なんか軍に放り込んで絞り上げればいいんじゃないかと思うけどな」
ロビンスは肩をすくめた。
「この世界をよく知らない勇者に救ってもらうためには、世界の有り様を色々知ってもらった方がよいそうだ」
「ここを知ってもらうなら、何年もかけてお膳立てする必要ないだろうに……城の見栄っ張りどもはそうは考えないわけか」
「そういうな。"イベント"は凡例が神託で示されているからな。なにもしない訳にいかん」
「バスキン様」
馬を近くの木につないだハーゲンが戻ってきて、砦の裏手を指差した。
「砦に誰かいるようです」
「なに?」
「見てこよう」
ロビンスは剣を抜いて、砦の裏手に回った。
あずきバーは関の刀鍛冶が認める硬度です。
妖精語入り会話全文
「あ、バスキン様、ちょっと待ってください」
『カップ、キャップちょっと来い。協力してくれ』
『はーい』
『きたよ』
『今から剣の見本見せてもらうから、一緒に見てくれ。視覚同期してっと。よし、カップはここで……キャップはここだな。今の場所を動かずによそ見しないでよーっく見てくれよ』
『はーい』
「お願いします(録画スタート)」
その日の移動時間の暇潰しで3Dモデリングしました。




