王都の無宿人
新章開幕
本章、次章合わせて長編です。(~75話まで)
「こんにちは。今お暇ですか?」
久しぶりに畳の上でくつろいで、雑誌をめくっていると、帽子の男が現れた。
「良かった。暇そうですね」
「片付け中に見つけた雑誌って、バックナンバーまで読みたくなるよな」
「暇なら手伝ってください」
「のりこに何かあったのか?」
「いえ、今回は無関係です」
「そうか」
川畑は雑誌をめくって、寝転がった。
「手伝ってくださいよー。ヤマトさん」
帽子の男が雑誌の紙面を突き抜けて迫って来たので、川畑はため息をついて起き上がった。
「お前なぁ、前から言おうと思ってたけど、そのヤマトっていうの俺の名前じゃないからな」
「えっ?じゃぁ、なんて名前なんですか?」
「川畑だよ」
「わー、それ指名手配犯と同じ名前ですよ」
「こら、全国の川畑さんに謝れ。だいたいこんなよくある名前、全世界で何人いると思ってんだよ。何した奴なんだ?その手配犯」
「さぁ、そういえば知らないです。ま、それはさておきですね」
人手が足りなくて困っているから、助けてくれと、帽子の男は懇願した。
とりあえず事情を聴いて、出かけることにする。
流しを片付けて、身支度を整える。
大家に一言連絡を入れてから、戸締まりを確認。
「よし、行こうか」
靴とバックを持って、川畑は穴に落ちた。
「靴はいてから降りれば良かった」
靴下の砂を払いながら、靴を履いていると、帽子の男が遠くに見える城壁を指差した。
「あれがここの国の王都です。局の現地協力者が中で職安やってますから、まずはそこに行って下さい」
「お前は?」
「別件があるんで、同行できないんです。ときどき様子は見に来ますし、呼んでいただければすぐ来ますから」
「呼ぶって、どうやって」
川畑と帽子の男は顔を見合わせた。
「ロイヤル・コペンハーゲンです。デンちゃんと親しみを込めて呼んでください」
「デンマーク王室に謝れ。遠隔地にいる相手を大声で呼ぶって訳にもいかないだろ。デバイスに呼び出し機能とかリモート通話機能とかないのか」
「ええと、待ってください。使ったことないけど、あったような気がします」
帽子の男はしばらく試行錯誤していたが、何とか方法を見つけ出した。
「じゃぁ、この選択肢を出して、"D"を選んだらお前に連絡できるんだな」
「一度試してみてください。……。OKです。ではこれでお願いします」
「ああ。それと、もうひとつ教えてくれ。転移時の時間設定ってどうやるんだ?」
「それはこうちょいちょいっと……」
「局製作のチュートリアルガイドかデバイスの取扱説明書ってないか?」
「探しておきます」
最後に数点の連絡事項と注意事項を互いに確認してから、川畑は帽子の男が消えるのを見送った。
丘を下ってだらだらと道なりに歩いていく。両脇は背の低い果樹と麦っぽい作物の畑だ。
農作業用の道だったらしい脇道から、石畳の街道に出ると、馬に乗った一隊に行き合った。
「(おおっ、すげぇ。騎士ってやつか?略式っぽいけど金属鎧着てるし、剣下げてるよ)」
思わずまじまじと見て、馬上の人物と目があってしまった。
相手は目付きの鋭いおじさんで、おそらくこの一団で一番偉い男だった。
「(しまった。無礼だったかな)」
川畑はすぐに街道の脇に下がって、頭を下げた。
「(悪目立ちはしたくないから、翻訳さんには、変な美化はせずに、普通に害のない無難な感じで、大人しく翻訳してもらうよう徹底しておこう)」
「バスキン隊長、どうかしましたか」
「今そこにいた奴が……いや、いい。後で衛兵に一言伝えてくれ」
騎士らしき一団は、特に何事もなく通りすぎていった。
王都はかなり立派な城壁のある都市だった。ただし、城壁の外にもだらだらと市街が拡がっているために、市中に入るための街道の検問所は、城門ではなく、道の脇のいたって簡素な建物だった。
「なるほど、王都には働きに来たのか」
「はい。田舎で居候の身だったんですが、暇なら働けといわれて、知人からここの口入れ屋を紹介されました。先方にはもう話は通っているそうです」
教えられた屋号を言うと、検問所の兵士は心配そうに尋ねた。
「借金とか、脅されてとかいう話じゃないな?」
「なんかヤバイところなんですか?心配になるから止めてくださいよ」
「はっはっは。すまん、すまん。脅かしちまったか。いやぁ、そういう訳じゃないが、荒事向きの奴が集まるところでガラは悪いからな。兄ちゃん、ガタイはそこそこいいけど、大人しそうだから、心配でな」
「たしかに荒事は苦手ですね。そうじゃない仕事があればいいんですが」
「ヤバそうだったら、ここに来い。新兵はいつでも歓迎だ」
兵士なんて本業が荒事そのものじゃないかというと、検問所の気のいい兵士はからから笑った。
「どのみち身分証がなく無一文で入門税も払えないんだから、身元保証人が来るまでは、ここにいてもらうがな」
「それは、一筆書くか、伝言を頼むかして、口入れ屋に人をやって先方を呼んできてもらうということでしょうか」
「なんだ、兄ちゃん、学のありそうなしゃべり方をすると思ったら読み書きできるクチか。ますます新兵に欲しいな。とりあえず使いを出すための小遣い銭稼ぎにちっとばかり働いていけや」
「いよう、ロビンス。言われた通り、足止めしておいたぞ。今、裏で薪を割らせてる」
「悪いな。どんな奴だ?」
検問所にやって来た若い騎士は、裏手をそっと覗いた。
「大人しいお人好しの世間知らずだ。ありゃ、田舎のちょっといい家の出だな。学はありそうだが、ろくに働いたこともないんだろう。タコもなんにもないきれいな手をしてた。身よりを亡くして悪い親類に売られたみたいだぞ。ここまでは"知人"とやらに送ってもらったそうだが、財布や大きな荷物はそいつの馬車においてきちまったらしい。ろくに名前も知らないというし、どう考えてもそいつは人買いか詐欺師だろう。口入れ屋に話が通っていると本人はいっているが、どんな話が通っているかわかったもんじゃないな」
「そうか。それは気の毒だが、隊長も何が気になったんだろうな……不信なところはないんだろ」
「王都に潜り込みたい奴なら、あんなに抜けてないさ。少なくとも身分証や金は揃えて来る」
翻訳さんによって徹底的に"凡庸で無害に"印象調整された川畑は、まったく警戒する必要がない相手に見えた。
「ふうん。……剣の心得があるっていう身ごなしでもないな」
「荒事は苦手なんだとさ。なぁ、あいつ、ここでしばらく雇ってもいいか?ラーヤ爺さんが辞めてから雑用係がいなくて困ってたんだよ」
「世間知らずの田舎者のぼんぼんなんだろう?役に立つのか?」
「あいつ物分かりはいいし、真面目だし、よく気はつくし、使い勝手がいいんだよ。このまま口入れ屋にやって人足やら鉱夫やらにされても勿体ないからな。経費はラーヤ爺さんと同額で雑費から充てるならいいだろ」
若い騎士はちょっと渋る様子だったが、それでも検問所の兵士の頼みに折れた。
「では、バスキン隊長にはその旨伝えておく」
「よろしく」
検問所の兵士は、騎士が帰った後で、川畑に声をかけた。
「よぉ、兄ちゃん。ひとつ提案なんだがな……」
川畑は検問所と兵舎の雑役夫に任命された。




