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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第2章 ボーイミーツ……
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海賊の晩餐

金の刺繍がはいった赤いサッシュベルト、手触りのいい紫色のリボン。

「腕輪は重いから止めておくか」

キャプテンは、リボンを蝶結びにすると、ノリコの姿を上から下まで眺めた。

「袖はもう一段捲っておこう」

白シャツの袖口を、両方きれいに折る。

「これでよし。よく似合うぞ。お嬢さん」

あっという間だった。

ボンド少年が、大きな姿見を持ってきた。

白シャツは胸元を大きく開けられ、ウエスト部分は幅広のサッシュでぎゅっと絞り、余った裾はスカートのようにふわりと垂らされていた。髪はすっきりとひとつに纏められ、リボンで留められている。

甚だ不本意だったが、ちょっと映画の女海賊風に格好良くて、ノリコに似合っていた。……髪のサイドが軽く編み込み風になっているのが、器用過ぎてドン引きするレベルである。


「ロングブーツを用意したいところだが、ひとまず下はそのままだな……まぁ、部屋のスリッパは気に入ってもらえたようで何より」

キャプテンは、ノリコが猫柄の室内履きを履いているのを見て、満足そうに笑った。


「どうぞお席へ、マドモアゼル」

2つしかない席の一方を薦めて、キャプテンはもう一方に座った。

席についたノリコは、椅子とテーブルを見た。キャプテンの椅子は、使い込まれていて、背もたれや肘掛けがすり減っているのに、ノリコの椅子には、傷も汚れも無い。別の部屋から新しそうなものを持ってきたみたいだ。部屋のすみに追いやられている座面の高い椅子が、いつもはこの位置に置いてあったのかもしれない。床の傷が椅子の脚の形と似ていた。

綺麗にセットされたテーブルの上には、美味しそうなご馳走がならんでいる。

「上品に前菜から順に出したいところだが、すまんな。海賊流だ。肉でも魚でも、好きなものから食べてくれ。今日のお薦めはビーフシチューだが、チキンも悪くはない。スズキのパイ包みも結構いけるぞ。パンは、ライ麦が苦手なら、白いのもちゃんとある。おお、そうだ!飲み物はなにがいい?ワインは水や果汁で割ると飲みやすいらしいが、いかがかね。ライムジュースは、ワシは酸っぱいので苦手だが、健康にはいいらしいぞ」

上機嫌で喋るキャプテンに、ノリコは言いにくそうに告げた。

「あの……せっかくですが、私、食欲がなくて。こんなには……」

はしゃいでいたキャプテンは、急に真面目な顔になって大袈裟に心配した。

「それはいかん。熱は無さそうだが、少しは食べられそうかね。無理は禁物だが、まいっているときは少しでもマシなメシを腹にいれた方がいい。」

キャプテンの言葉に、少年も頷いた。

「ゴハンは大事です。"寒い、ひもじい、もう死にたい。不幸はこの順番でやってくる"と、おばあちゃんが言ってました」

ボンド少年は、給仕役を務めさせられているらしい。ノリコのグラスに飲み物を注いでくれた。


「では、少しだけいただきます。ごめんなさい。料理人(シェフ)には素敵な料理をありがとうと伝えてください」

キャプテンは、身を乗り出した。

「そいつはどうも。作った奴(シェフ)は、貴女のためなら、これくらいなんでもないと言っている」

ノリコは目の前でニヤニヤしているキャプテンと、テーブルの料理を、改めて見比べた。


「キャプテン、3時間頑張って作ったから、ちょっとでも食べてくれたら、すごく嬉しいって、素直に言えばいいじゃないですか~」

キャプテンの髭がピクリと震えた。

「ボ~ンドくん!」

「あい!キャプテン!」

「本日の皿洗いを命ずる」

「みぎゃ!?」

ノリコは思わず、クスリと笑った。

キャプテンの髭がピンと跳ねた

「ボンド、自分の椅子を持ってこい。みんなで喰うぞ!お前も皿の上のものを片付けるのを手伝え!」

「あい!」

ボンド少年はいそいそと、部屋のすみにあった椅子を持ってきた。



食べ過ぎた。

「私、これ以上は流石に無理です」

「キャプテン……頑張って作りすぎです」

「うむ、ワシもそう思う」

追加のデザートに、チーズケーキとチョコレートケーキは、重かった。しかも、コクのあるバニラアイスクリームと生クリームを添えたのは、明らかに悪魔の所業だった。

「あんなの最後に出てきたら、お腹一杯でも、食べちゃう~」

あれのせいで、ノリコとボンドは、キャプテンの前で、おしゃれなサッシュを緩めるという屈辱を味わわされたのだ。


「片付けは後にしよう」

キャプテンは立ち上がりかけて、めんどくさそうにもう一度座った。

「お嬢さんも、今宵はゆっくり休みたまえ。食事の後で大事な話をしようと思ったが、そういう気分でもなくなった」

キャプテンは座ったまま眼を閉じた。


彼の強い眼力から解放されて、ノリコは自分も話さないといけないことがあったのを思い出した。

「キャプテン」

「なにかね。お嬢さん」

キャプテンは眼を閉じたまま、鷹揚に頷いた。

「私……うちに帰りたいんです」

キャプテンは深い蒼緑色の眼でノリコを見て、静かに答えた。

「お嬢さんがいたところは、世界の果てまで人っこ一人いないところだった。世界の狭間に落っこちた迷子が、うちを見つけるのは大変だよ。そこの坊主も、ずいぶん前に迷子になったが、未だに根なし草の海賊だ。探し回ってやってもいいが、帰るうちなんぞ見つかりゃあせん」

「そんな……」

ノリコはうつむいた。

キャプテンは急に笑顔を作ると、はしゃいだ声で言った。

「大丈夫。これで結構この暮らしも悪いもんじゃないぞ。なぁ、ボンド」

「あい!キャプテン!」

ノリコはうつむいたまま返事ができなかった。


キャプテンは、また椅子にだらりと行儀悪く座り、億劫そうに片手を上げた。

「拐った美少女に綺麗なおべべを着せて、ご馳走を並べてやるのは、悪役の甲斐性だと、昔。エライ人が言っていたが、娘っ子が本当に欲しいのはそんなもんじゃないってのも、まぁ、お約束だ。……部屋に戻りたまえ」

キャプテンがなにかを払い除けるように手を降ると、燭台の灯が一斉に消えた。

「ボンド、彼女をお部屋までお送りしろ」

「あい!キャプテン!」


薄暗くなった部屋で、キャプテンは一人ポツリと呟いた。

「そうだ。時計を探さねば」

天井を見つめる彼の眼は、緑色に爛々と光っていた。


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