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夏祭りとたこ焼きと彼女

作者: 寄辺なき

 ベランダから見下ろすと、そこは浴衣を着た人で溢れかえっていた。

 屋台の電灯が照らす各々の顔には笑みが浮かび、声は届かなくとも楽しんでいるのが見て取れる。

 微笑みが溢れるような夏祭りの一幕。

 しかしネットに入り浸った俺に祭りの雑踏は少し辛かった。


 俺にとって祭りは期待よりも寂しさの方が大きい。


 祭りという言葉を聞くといつもあの日を思い出す。

 生ぬるい夏風に吹かれながら、追憶にふけた。


 あの日の夜、俺は死んでいた。

 灰に染まった瞳は何も映さず、肩に人が当たっても気にしようともしなかった。

 やがて周りから異常者を見るような目を向けられる。

 それでよかった。まさしくあのときの俺は異常者だったのだから。


 ふと気がつくと、夜になっていた。

 一体自分がどのようにしてこの場所にたどり着いたかわからない。

 ただ威勢を飛ばす屋台と人の多さから祭り会場であることは理解できた。


 若干考える余裕ができ、周囲に視線を向けると一軒のたこ焼き店が目に入った。

 屋台が通りにずらりと立ち並ぶ中、そこだけポツンと、まるで孤高の一匹狼のように、群れとはぐれて立っている。


 いや、店に気を取られたのは嘘だ。

 正確にはたこ焼きを焼く彼女に気を取られた。


 年は同じか少し上ぐらいに見えた。

 せっせとこなれた様子で針を回していく。

 普段ケチな俺も祭りの雰囲気に呑まれ、いつの間にか高めに価格設定された商品に手が伸びていた。


『君、元気がなさそうだね。せっかくのお祭りなのにこんなんじゃ楽しくないよ。一個おまけしてあげるからさ。ほら、元気出して』


 おそらくこう伝えたかったのだろうか。

 夢破れて落ち込む俺に彼女は気さくに微笑み、手際よく一個追加で入れた舟を渡してくれた。


 もし俺がコミュ力が高かったら、あの女性と紡げるストーリーがまだあったのかもしれない。

 だがそんな妄想は時が過ぎた今、なにも意味をもたない。俺がヘタレであることはあの時も今も変わらない。そしてこれからも。


 すっかり小一時間も思い出にふけてしまっていた。

 身だしなみを整え、今年も祭りへと足を向ける。


 俺は今でも近くの夏祭りでたこ焼きを買い続けている。

 それはもしかしたらもう一度彼女に会えることを期待しているのかもしれない。あの夏のあの祭りの記憶に。

 もし会えても他人という関係が変わりないことを知っているのに。


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