38.仮説と襲撃
エルフ族長・エルザの家。
先程の約束通り、場所を変えての会談である。
……あ、服はちゃんと返してもらった。やはりこの服は落ち着く。
「……では、改めて謝罪を。
リデル……貴女に矢を放った同胞は少々気が立っていてな……肉親を二人も人間にやられてる」
テーブルを挟んで座るエルザがため息を吐きながら言う。
「いえ、もう構いませんよ。結果論ですが被害はありませんでしたし。
それにまあ、彼の感情もよくわかりますよ。人間を憎むのも道理というものでしょう」
「そうか……そう言ってくれると助かる。すべての人間が貴女のようならいいのだがな……」
その後、エルフ族含む亜人族の状況を色々と教えてもらった。
「我々エルフや獣人、その他人間に亜人族と呼ばれる種族は、ちょうど私が族長となった時期……凡そ20年前から人間たちに嫌悪されていてな……ずっと頭を悩ませておるのだ」
「……20年前? 人間はそんなに最近まで亜人族の存在を知らなかったのですか」
「いや、はるか昔から我々は互いに互いを認知していたよ。
少し前……ああ、我々エルフからしたらだがな。貴女の親の代の頃はむしろ良好な関係だったよ」
……はるか昔から知っている種族を急に迫害する? おかしくないか。
いや、俺も歴史に詳しいわけではないから絶対におかしいとは言い切れないが、それでも違和感を拭いきれない。
地球で昔起こっていた……いや、今も完全には消えていないのかもしれないが……黒人差別も、アメリカ大陸の先住民、インディアンを征服者が奴隷のごとく扱ったからとか、植民地にするため追い出したとか、そういう長い長い歴史の中で民衆に根付き凝り固まった概念のようなものだったはず。
それが、この世界に根付く亜人差別の歴史は浅く、たった20年前までは良好な関係だった……?
あまりに急すぎる。
「……気分を害されたらすみません。
亜人族が急に差別を受けるようになった理由とかって把握しているのですか?」
「ふむ……? 理由か。理由……そういえば、理由は知らんな。貴女は知っているのか?」
「いえ、だからそれを考えているのです。あまりに急すぎる。
それに、貴女のような聡い方が理由を追求することがなかったというのも違和感が」
「……確かに、よく考えてみればおかしなことだらけだ。何故気づかなかったのだろうか……」
エルザの言葉を受けて、俺は嫌な予感がしていた。
これは、人為的な工作なのではないだろうか?
そう思ったのには、俺自身の存在があった。俺クラスの魔法の使い手が複数いるのならば、この世界の人間全体に洗脳魔法をかけるとか、そういう大それたことも、多分できる。
となると、その術者を倒せばこの迫害は止まる……のか?
いや、仮にこの仮説が合っていたとして、差別が無くなった後、人間と亜人種の関係は良好に戻るのか?
既にリデルのように、人間をすっかり憎んでいる者もいる。
関係の修繕は……もう、厳しいか?
「どうした? シャルロット殿。表情が険しいぞ」
俺が一人で脳内会議を行っていると、それを訝しんだかエルザが声をかけてきた。
「……エルザさん。あくまで証拠も何もない私の想像なんですが……
この亜人種への迫害、人為的なものでは?」
「なっ!?」
ずっと冷静だったエルザが驚愕に目を見開くが、すぐに気持ちを落ち着けたのか、真剣な表情でこちらを見てきた。
「……どういうことだ?」
「あまりに急すぎる、人間が亜人族を嫌悪する理由が見当たらない、明らかな違和感に誰も気づかない……
少なくとも私には、これが魔法による洗脳でないと説明がつかないかと」
「突拍子もないが、説明はつく、か……
もしそれが本当だとすると、その理由は……」
「亜人族が迫害されて喜ぶ理由となると……奴隷関係では?
エルフ族含め、亜人族には見た目が良い方が多いですし、肉体も魔力も、普通の人間より強い。
労働奴隷にしろ性奴隷にしろ、引く手数多でしょうね。残念なことに」
「…………」
その後、互いに黙ってしまって5分ほど経ってしまった。
あまりに気まずくなり、少々急だが、帰る旨を伝えようと立ち上がった。
「で、ではこの辺りで……子供の戯言ですのであまり気にされなくても」
俺の言葉を遮るように、外から悲鳴が聞こえてきた。
「うわぁ!? 人間だ!!」
「クソ、何だよ今日は!! 何で結界が機能してないんだ!!」
俺とエルザは一瞬目を合わせると、一緒に外に飛び出した。
俺とエルザが外に出て暫く走ると、数多くの人間がエルフたちと交戦していた。
「10、20……30人はいるか!? 何故……!!」
エルザが慌てた様子で叫ぶ。
これはまさか……俺が結界を壊したからか?
いやだが、そうなるとおかしい。ロボやハルカがこんな大量の人間を見逃すはずがない。
ハルカもロボも、数十人の人間程度に後れを取るほど弱くない。
だとすると……どこか別の結界も壊されたのか……!?
「ッハハハ!! まさか見つけた魔法門がエルフの隠れ里に繋がっているとはな!!
とんだ幸運だ!! メスを中心に捕まえろ!! 大儲けだ!」
「「「「うおおおぉぉぉぉ!!!」」」」
リーダーらしき人物が下品なことを口走った後、ほかの人間達が雄たけびを上げる。
最初は楽観視していた。
普通に考えて、盗賊程度に負けるほどエルフは弱くない。
普通の人間がエルフに勝るものなどその圧倒的な数しかなく、今の状況ではその数の利すらない。
負けるはずなどないのだ。しかし……
「……これは、ただの野盗ではないな」
エルフが押されているのを見て、エルザが呟いた。
そう、これはただの盗賊じゃない。動きが精錬されてるし、個々が強い。
何より、よく見ると割と小綺麗な服を着ており、身なりが良い。
「貴族の私兵あたり……でしょうか。それか雇われたハンター。しかも割と高ランクの」
「……ぐあッ!!」
「よっしゃぁ一人目確保ォ!!」
俺の視界の左端には、剣で肩や足を貫かれ戦闘不能になったエルフが捕まった。
「きゃあああぁぁぁっ!!」
「ハハッ、大人しくしてやがれ!!」
右端では、戦闘能力のないのであろう女性エルフが組み伏せられている。
「クソォ!! 人間どもがァァ!!」
「おっとぉ、危ないな。何怒ってんだ、男前さんよぉ」
正面辺りでは、リデルがリーダーらしき人間に向け三本同時に矢を放ったが、軽く避けられた。
「クソ、クソ!!」
「ッハハ、当たらねえ当たらねえ!!」
半ばヤケクソ気味に放たれたリデルの矢は、剣を構え突進してくる男にまたも避けられる。
「くっ……!!」
「いっちょ上がりぃ!!」
あっという間に距離を詰めた男はリデルの頭上から剣を振り下ろす。
リデルは弓で防ごうとするが、間に合わない。
リデルは人間を憎んでいた。
姉は攫われてから帰らず、妹も汚された。
せめて、一矢報いたかった。
あの人間の少女には敵わずとも、目の前の人間には勝てると思っていた。
だが、見誤っていた。目の前の男には十分な力があった。
頭上から剣が振り下ろされ、リデルは死を覚悟し、固く目をつぶる。
しかし、剣は届かない。
何事かと目を開けると、先程の人間の少女が素手で男の剣を支えている。
「……ッ!! 何だこのガキ!!」
「通りすがりのお嬢様ですが、何か?」
俺はそのまま刃を握りつぶし、リーダーらしき男の腹を蹴って吹っ飛ばす。
かなり手加減したつもりだが、軽く数メートル飛んだな……
周りのエルフも人間も、こちらを注視して動かない。
手加減がどんどん難しくなってるな。気を付けないと。
「……おい! 何故助けた!!」
リデルが俺に向かって吠えてくる。
「礼も言えんのか……まあいい、俺はやりたいようにやる。
今は明らかに、人間が悪だ。だから加勢する。文句は?」
リデルは面食らったような顔で固まってしまった。
沈黙は肯定と受け取るとしよう。
「戦いたい奴はかかってこい!! 加減はしてやろう!!」




