29、奴隷の少女
俺は少女と男が揉めているらしき声を聞き、その姿を捜した。
後ろのティアはやれやれといった様子でこちらを見ていたが、ついてきてくれた。
幸いにもその姿はすぐに視認することができた。
男が、フードを被った少女の腕を掴んで無理やり歩かせていた。
明らかに犯罪臭のする様子だが、周りは平然とした様子。
『よくあること』と認識しているようだった。
『・・・シャルロット。これは無駄ね。
あれを助けたらこちらが悪者扱いされるかも』
「・・・分かってはいるんだが」
少女には首輪のようなものが取り付けられていた。
いわゆる、奴隷である。
奴隷と聞く分には悪い物のような気がするが、実はそうでもない。
奴隷になる者には、大きく分けて二種類いる。
返せなくなった借金を返済する為の『債務奴隷』と、軽犯罪者がその罪を贖うための『犯罪奴隷』である。
前者の場合、賃金は安いとはいえ生活は保証されており、仕事の内容次第では雇い主に反発もできる。
後者の場合、その犯罪の重さによって隷属期間は決まり、労働環境も悪く、賃金も出ないが、こちらも生活は保証されており、投獄を望まない軽犯罪者が進んで受ける。
つまりは、奴隷とは法の下に許された、私的な労働力なのである。
『・・・多分あれは犯罪奴隷ね。
どっかの店かお屋敷で盗みでも働いたか・・・
それでこの辺の店でオジサン達の相手させられようとしてるんでしょ。
犯罪奴隷は主人には反発できないし』
「いやぁ、まあその線もあるんだけどさぁ・・・」
確かに、その考えならあの少女を手助けすれば悪者は俺達だ。
しかし、例外もある。目の前の少女が『違法奴隷』だった場合。
つまり主人と奴隷の間に正式な契約が為されておらず、奴隷側に隷属の義務がない場合である。
誘拐された子供たちがこれになる場合が多い。
実際俺も何度か誘拐未遂を経験しており、目の前の少女がその違法奴隷だという可能性を捨てきれずにいた。
実際犯罪奴隷と違法奴隷は見分けられない。
そんなことを考えている間に、少女はどんどん連れていかれている。
「・・・ティアお前、あの子の頭に直接自分がどんな状況なのか聞いてみろ。
確かお前送信も受信もできたろ」
『・・・本気?
別にいいけど、嘘なんて簡単につけるわよ。
その辺考えてる?』
「・・・ああ。お前は女神モルガナを騙れ。
この世界じゃ女神が信仰されてんだろ?それならあの子も嘘はつかないだろ」
『・・・貴女鬼か何か?
私達竜は女神に仕える存在。そんなことは出来ない。
神格的存在への信奉が低かった貴女には分からないかもしれないけど、女神モルガナ様は実在するの』
「ああそうかよ。女神とやらはたいそう凄いお方らしい。
・・・どうするか・・・」
『・・・いや、いいわ。やる』
「は?どうしたんだよ藪から棒に」
『・・・聞きたいなら後で詳しく教えてあげるけど・・・
まあ、要するに、貴女のその力の根源がモルガナ様由来のものである可能性が高いの。
貴女の言葉は女神の言葉であるともいえる、ということ』
「・・・何だそりゃ」
『さあ。私にもさっぱり。
まあもし目の前のあの子が違法奴隷だったら寝覚めが悪くなりそうだし』
そう言ってティアは少女に対して思念伝達を行った。
さっき言ったことは良く分からないが、その気になってくれたので良かった。
『・・・そこな人の子よ。我は女神モルガナである』
(・・・!?)
少女はいきなりの言葉に動揺したようで、辺りをキョロキョロしている。
『男に勘づかれるなよ。汝は我に対する言葉を頭の中で唱えるだけでよい。
・・・質問をしよう。汝は犯罪奴隷か?それとも、違法奴隷か?
回答によっては助けてやろう。
・・・ただし、嘘をつけばどうなるか・・・分かるな?』
(・・・わ、私は違法奴隷です!!
人通りのない路地裏にいたところを攫われて・・・!!)
『・・・嘘はなかろうな?』
(も、勿論です!!女神さまに誓って嘘はあり得ません!!)
少女は傍から見ても顔を青くして、首を縦に振ってしまっている。
『・・・だってさ。行ってらっしゃい。
私はどうなっても知らないけどね』
「連れねぇな・・・まああんな男一人どうってこともないが」
俺は小走りで男の方に近づき、声をかけた。
「・・・失礼、少しよろしいでしょうか?」
「・・・何だ、お前」
「いえ、少し様子がおかしかったもので。
もしかしたらその子が犯罪奴隷ではなく違法奴隷かもしれないと思ったのです。
・・・さあ、その子を離してください」
「何だこのガキ・・・邪魔すん・・・!?」
俺は男が言葉を言い終える前にその腹に拳をめり込ませ、気絶させた。
そのまま男を放置し、捕まっていた少女に話しかけた。
「・・・大丈夫でしたか?
驚かせてしまいすみません・・・どうも怪しかったもので・・・」
「・・・え、は、はい。
・・・あの、貴女は一体・・・?」
「名乗るほどの者でもありません。
・・・これからは気を付けてくださいね。
今回は偶然見つけてあげられましたが恐らく次はないでしょうから」
「・・・あ、ちょっ、待ってください・・・!」
そう言い残し、俺はさっさとその場を去ろうと歩き出したのだが、引き止められてしまった。
これ以上関わって変な噂が出たりしたら俺としてもたまったものではない。
だが必死な様子だったし、無視するわけにはいかない。
ティアの『だから言ったのに』という言葉が聞こえてきそうな視線を無視しながら、俺は少女の方に向き直った。
「あ、あの・・・おこがましいことは分かっているのですが、女神様にお願いをしたいことが・・・!」
「・・・女神様?
一体何の話・・・」
「さっきの男の本拠地に、男の仲間と他に誘拐されて違法奴隷にされた子が・・・!」
「・・・詳しく聞かせてください。
それは放ってはおけません」
ティアはやれやれといった感じで額に手を当てている。
まあ実際ティアの予測した『面倒な事態』になってしまっている。
そういう反応をされるのも仕方がないだろう。
即答で引き受けた俺も俺なのだが。
話を聞くと、男は人攫い集団の一員であり、この街の裏路地の奥に拠点があるらしい。
少女もそこに一時連れていかれており、その時は自分の他にも三人の少年少女が捕まっていたという。
「・・・場所は覚えているのですか?」
「はい。それはもうはっきりと・・・
・・・助けていただけるのですか?」
「・・・まあここまで首を突っ込んでしまった以上ここで見捨てることもできないでしょう・・・
あまり目立つことは避けたいのですが・・・仕方がありません」
「あ、ありがとうございます女神様!!」
・・・変な勘違いをされているようだが、今は訂正している暇はない。
「・・・そういえば、お名前は?」
「あ・・・ルルと言います!!」
「ルルさんですね。
では、案内をお願いします」
俺はルルに連れられ、男の拠点とやらに向かった。
ティアも渋々そうだったがついて来てくれていた。
・・・その場に放置された男はシャルロットの記憶から消えていたが、近くで見ていた街の人によって警吏の駐屯所に突き出されていたのだった。




