25、騒乱の森 3
――――竜――――
この世界における、『神』の次に偉大な存在として認知される生物の総称である。
その力は強大で、人間を遥かに超える力と魔力を持つ。
知能も非常に高く、伝説では竜が人間に魔法を教えたともいわれる。
畏怖の対象であると同時に信仰の対象でもあり、竜を祀る祭壇という物もあるそうだ。
そして多く語られる伝承では、
『竜は世界の変化を感じると人前に姿を現し、人の子に試練を与える』
とされている。
俺を派手に吹っ飛ばした竜は、悠々とこちらに近づいてきた。
その姿は全身純白で、神々しさすら感じた。
『驚いた・・・まさか人の子が我の攻撃を喰らって息があるとは・・・
・・・数百年の眠りで我も鈍ったかな』
竜のものだと思われる声が頭の中に直接響いてくる。
先程の馬鹿げた一撃をかましたとは思えない程奇麗で落ち着いた、人間の女性のような声であった。
「は・・・あれで鈍ってんのかよ、怖いね。
とりあえず謝れや・・・こちとら一度死にかけてんだよ・・・!」
『・・・どこが死にかけか。死にかけの人間はそんな目はせぬよ。
そして度胸もある。我を前にそこまで威勢よく振る舞える者は久しぶりだ。
まあ、良い。
それでこそ汝の存在を確かめに来た甲斐があるというものよ』
「俺を・・・試す?」
竜は頭を縦に振り、肯定の意を示した。
『・・・汝は、現世の人の子ではあるまい?
そのような存在は我でさえ聞き覚えがない・・・異例なのだ。
ともすれば、それを警戒するのも道理であろう』
・・・成程。
いきなり人を吹っ飛ばしたことに対する謝罪はなかったが、まあ最初から期待していない。
要はこの世界に入ってきた異物を試し、危険かどうか判断したい、と。
分からなくはないが、些か強引だ。話し合いとかなかったのか。
「・・・で、俺は何をすればいい?
害がないことを必死にアピールでもすればいいのか?」
『何を言っておる。既に試練は始まっている。
倒したであろう、我の僕達を』
「・・・!!
あのデケェ魔物・・・テメェの差し金だったのか!?」
『・・・差し金とは、人聞きの悪い。
我の権能・・・そして試練は『豊穣』なり。
この森の豊かな自然、そして多くの魔物。
これらは偏に我の権能である。
そして我の権能を用いて生み出された異常な発達を遂げた魔物。
これこそ我の試練。汝の力量ならば既に分かっておった。
・・・よもやあの一瞬で全ての魔物共が殲滅されるとはな』
あの異常発達を遂げた魔物はこの竜の影響で生まれたものであった。
そして説明を聞くと、成程確かに人に益をもたらしもするらしい。
『豊穣』の部分だけ聞くと穏やかそうだが、試練はかなりえげつない。
ハンター達やリョーマでも一匹も倒せていなかったのがいい証拠だ。
「へぇ・・・
じゃあ、結果を教えてくれ。別に殺そうってんじゃないだろ?」
『・・・最初はそのつもりだったがな。
どうやら汝は強すぎる。汝を放置すればこの先世界の均衡が崩れかねん。
今ここで排除するのが妥当だ、と判断した』
・・・まさかの世界の敵認定。
自分のイレギュラーさを改めて実感する。
(・・・普通に生きたいだけなのに、何でこうなるかね・・・
この世界に来て一か月、ずっとメチャクチャだったし。
この竜には、勝てるかどうか分からねぇ・・・少なくともワンパンで終わるような敵じゃない。慎重に行かねぇと・・・)
『・・・異存はあるか?』
「いや、ねぇな・・・確かに俺はイカれてるんだろうよ」
『では、始めよう。死んで恨み言は言ってくれるなよ』
竜が羽ばたくと周囲の空気が揺れ、その巨体が持ち上がった。
その風圧のみで通常の人間ならば立ってはいられない。
その後放たれた咆哮は遥か彼方まで届くほどであった。
俺は思わず耳を塞いだ。
俺が怯んだ瞬間、竜は空中で一回転し、強靭な尻尾を俺めがけて振り下ろした。
「く・・・『大悪魔の拳』!!」
先程虎の魔物を屠った拳で応戦する。
互いの攻撃がぶつかった瞬間、周囲の地面は重圧に耐えられず陥没し、風圧で木々は根元から飛ばされた。そんな一撃をそうそう受けられるわけもなく、俺の腕からミシミシと嫌な音がしていた。
何とか軌道を逸らし、直撃は避けた。
しかし、そう何度もできる芸当ではない。
「・・・なりふり構ってる暇ねぇな・・・!!
こっちも最初から本気出してやる・・・!!『万物滅す光槍』!!」
『む・・・!先程の未知の魔法・・・!!
・・・『暴風槍』!!』
俺の魔法と竜の魔法は衝突し、互いに相殺しあった。
それを確認した俺はすかさず次の手を打って出た。
「・・・我は竜を滅する!!
我が声に共鳴し、その姿を顕せ・・・『竜滅剣』!!」
自分で言ってて少し恥ずかしかったが、要は相手をビビらせればいいのである。
俺は魔力を練って練って練りまくって、一振りの剣をその手に創り出した。
黒曜石を使ったかのように不気味に、しかし神々しく黒く輝く剣。
名前はニーベルンゲンの歌で語られる『竜殺し』の持つ剣の名だ。ピッタリだろう。
『・・・!?
何だその剣は・・・まさか無から創り出したのか・・・!?
バカな・・・人の子にそのような業・・・!!』
「できない、か?
残念、俺はイレギュラー。常識には当てはまらないんでね!!」
『・・・益々分からん人の子よ。
しかしその剣に我を傷つけるだけの力はあるか!?』
竜は炎の吐息を吐き出し、俺を焼こうとした。
その炎に対し俺は突進していった。
魔力で身体を覆い、熱なども効かなくなるはずなのだが、全身が熱い。
身体をチリチリと焼かれる感触に顔を歪めながらも、俺は構わず走り抜けた。
そして炎から脱した後、俺は跳躍し、竜の脳天を目指して『竜滅剣』を突き刺した。
『アアアアァァ!!!』
剣は竜の脳天をカチ割る・・・とまでは行かなかったが、要塞より強固と呼ばれる竜の鱗を貫通し、ダメージを与えることはできた。
致命傷とはとてもいえない、かすり傷のようなものだったが、竜は軽く錯乱していた。
まさか鱗まで破られるとは思っていなかったのだろう。
『ク・・・人の子が・・・我を傷つけるとはなァ!!!』
「うおっ!!??」
竜が勢いよく頭を振ると、俺は頭から引き剥がされ、地面に叩きつけられた。
竜も、本気になったようである。
というか、今までが本気ではなかった、というのが既に驚きなのだが。
『焼き尽くす・・・!!『灼熱の息吹』!!』
竜が放ったブレスは、先程のものとは比べ物にならない威力であった。
まず生物は灰すら残るまい。
俺はかなり高密度の防壁を張ったのだが、それでも全身が焦げる程の熱量が伝わってきた。
何とかそのブレスは凌いだが、何度もは受けられない。
そして、治癒魔法をかける暇もなく、次の攻撃が来る。
『・・・『風斬翅』!!』
今度は羽ばたくことにより発生した風圧を圧縮して飛ばしているようだ。
当たったらタダではすまないだろう。だって見えるのだ。
先程の『暴風槍』もそうだが、この竜の風魔法はヤバい。
普通風魔法は見えないのだ。
不可視の刃。そう言うと聞こえはいいが、人を少し切り裂くのがせいぜい。威力は高くないのだ。
しかしこれは可視化できるほど風を圧縮し、それを飛ばしている。
弱くないはずがない。
俺が慌てて防御魔法を使おうとすると、
「・・・シャルロットさんっ!!」
「『・・・!!??』」
横から俺を庇うように人影が飛び出し、『風斬翅』を受けた。
無謀にもその人は、日本刀で魔法を受けようとした。
しかしその程度で止まるはずもなく、刃は両断され、風の刃はその人を切り裂いた。
ありえない程の流血。多分内臓はグチャグチャだろう。
それでも五体満足でいられたのは、咄嗟に竜が威力を弱めたからである。
しかしこれは・・・致命傷だ。どう見ても。
力なく倒れるその人物を、俺は知っていた。
「カグラ・・・さん・・・!?」
俺の中で、どす黒い感情が渦巻き始めた。




