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経緯通(いきさつストリート)  作者: さかがみ そぼろ
8/25

いきさつストリート#8


◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇


 弟刈兎(でかると)「そう言えば僕が中学生の頃にも居ましたね。何でも親がどうとかでまともに風呂にすら入れてもらえてないらしく、それほど近くに居なくても匂ってましたよ。同情する以前に異常だと感じましたが。」

 

 黒瓜(くろうり)「斯く言う私も学生の頃は変人扱いされてた記憶があるね。そういった差別とは別に人格的に異常者と思われてほとんど誰も近寄って来なかった。特に誰かに危害を加えるつもりなど一切なかったがね。」

 

 鷲追(わしおい)「何を隠そう、オレがその部落出身者だ。最早無差別級だよ。オレの時は他の連中も多少理解があったがな。それでも村の奴等は良く分からんところで差別してきやがったよ。ウチのゴミだけは回収しねえから自分等で遠くまで捨てに行け、だとか。実家は屠殺場でお前等が良く食べてる牛丼なんかはウチの親がお前等の代わりに牛さんをブッ殺して精肉に加工してくれてんだぞ?感謝こそされ差別される謂れなぞ一切身に覚えがないのだがな。」

 

 弟刈兎「ベジタリアンがそれ聞いたら石投げて来ますよ。それでも今は昔ほど酷い扱いはなくなって理解度が増して差別は減ってきているとは思いますけどね。でも完全に無くなりそうもないですけどね。」

 

 鷲追「今でもインドなんかじゃカースト制度の名残りが残ってそうだし昔から士農工商っつってランク付けが当然みたいな感じだったからな。それが今じゃ商工農士だろ?完全に逆転してるんじゃねえか?カネの世の中だとだんだん恩知らずになってくるのかなあ?いっぺん全員田んぼだとか耕すのヤメちまえばその有難みがどれほどのモンか分かるんじゃねえのか?」

 

 黒瓜「良く分かっている人は絶対にそういった差別なんかしないんだがね。嫌なものにモザイクかけ過ぎなのだよね。まともに現実を直視しない、って言うか直視させない、って言うか。私等だってひと皮剥けば気持ち悪い内臓持ち運びながら生きていると言うのにね。」

 

 弟刈兎「黒瓜さんもさっき言ってたけど、変わり者に対する偏見って無くならないんですよね。自分の頭で理解出来ない人は徹底的に排斥するんでしょうね。職業による差別って良く考えるとどうかしてますよね?嫌な仕事を人に押し付けといて、あまつさえそういった仕事を片付けてくれる人に石投げてるようなモンですからね。」

 

 黒瓜「ま、狂気の沙汰としか思えないよね。でも身体の不自由な人を健常者と同等には扱えないからね。違った形での差別待遇は必要悪なんだよね。」

 

 鷲追「いくら理解度が増えた、っても口先だけなんだよ。いざ自分に嫌な仕事ふって来られると逃げやがる癖に物陰に隠れて野次だけは一丁前に飛ばしてきやがる。んで結局は他人任せだろ?偉そうな事言う資格も三角もねえだろそんな奴?差別する側の全財産没収してそういった仕事しなきゃ人間扱いしねえぞ?くらい追い詰めなきゃ改心なんぞ出来やしねえだろそんな奴等?」

 

 黒瓜「分かっている人はちゃんと敬意を払って感謝してるんだよ。現実的にそういった人達が居なきゃ快適な生活なんか出来ないんだから。モザイクで隠されて見えないからって上辺だけ見て汚らわしいだとか錯覚するんじゃないの?社会で本当に偉い人はそういった誰も引き受けたがらない嫌な仕事を引き受けてる人達なのにね。そういう事が全然分かってない人って簡単に上辺に騙されて本質には目を反らす。分かっている人から見るとそっちのほうがモザイク必要なほど見苦しいんだけどね。」

 

 弟刈兎「やっぱり貧富の差なのかな?でもだいたいの人って上辺では差別を忌み嫌うくせにお互いがお互いを差別し合ってますよね?言葉と行動が一致してない、って言うか。自覚症状すら無さそうですよね?」

 

 黒瓜「私が興味を持ったのが、親が犯罪を犯してこどもを置いて逃げたそのこどもだよ。同級生に居たのだがね。親は程なくして逮捕されたがやはり今まで通りその子と何事もなかったように接するヤツは居なかった。何処か腫れ物を扱うような感じでその子には目には見えないだろうが他人を拒絶するオーラを放っていた。私がオカルトに興味を持ったのもちょうどその頃かな?そういった他とは異なる気配というものの正体を突き止めたくてね。その時敢えて私はその子に他の連中とは一線を画して今まで通り何事もなかったように接したのだよ。それどころかその子の親が犯罪を犯した事を逆にネタにしたりしてね。今にして思えばよく私も刺されなかったとつくづく思うよ。」

 

 鷲追「孤立しちまうのが一番悪手なんだよな。でも誰だって面倒な事に巻き込まれたくない、ってのは分かるんだが、それでも何か急に悪霊にでも取り憑かれたんじゃねえのコイツ?って具合いに差別されてるヤツを徹底的に攻撃しやがる馬鹿がいるんだよな。オレじゃねえけど自殺にまで追い込まれた部落出身者が居てな。追い込んだヤツも逃げるように転校して消えてったよ。今思い出しても胸クソ悪い気分だったが、その時ほど本当に悪霊の仕業なんじゃねえのか、って疑った事はないな。後味悪い映像でも見せられた気分でな。」

 

 弟刈兎「今でこそ有り得ないでしょうけどね。優越感にでも浸りたかった、おおかたそんな単純な理由なんですかね?そういや岩野(いわの)さんも人間なんて所詮は動物が多少知恵を持っただけの動物に過ぎない、なんて言ってましたからね。おおよそ岩野さんの口から出るような言葉とは思えませんでしたけど。誰かの受け売りだったりして。」

 

 黒瓜「動物霊に憑依されてる、ってたいした根拠もなく言ってくる霊能者も居るけどね。でもその岩野君が言った言葉は本物だよ。人は多少利口になっただけの動物に過ぎない、実際には人も獣も魂の本質にはそんなに変わりなんてないんだけどね。人が人を差別する根本的な要因って言うのもどうやらその辺にありそうだよね。私が差別する側の子と共鳴(シンクロ)してその心理状態を探ったらやはり自分の意思だけじゃなく別の何かに操られて攻撃的になるように仕向けられているような感覚があった。本能的な欲望に近い根元的な衝動とでも言うのかね?」

 

 鷲追「猫が鼠をいたぶって遊ぶような事なんかな?でもそりゃ差別ってか誰かを攻撃しないと自分が今度は攻撃対象になる、って強迫観念からきた一種の自己防衛反応なんじゃねえの?」

 

 弟刈兎「ヒエラルキーの上のほうに居る人に多いですよねそれ。人目を気にするあまり自分でも思いもよらない行動に出るような人が率先して差別対象の人を探すみたいな感じですかね?」

 

 黒瓜「ま、人が蟻を見て1匹1匹の違いに全然気づかないのとは逆で、人は外見だけでは区別出来ないひとりひとり特有のオーラを発しているんだよね。私がヤクザの一人息子を模倣してたらそれを冗談と気づかずに突然敬語に切り替えたヤツが居てね、思わず吹き出しそうになるのを堪えるのに相当苦労した事もあるのだよ。敢渡くんには全然似てない、と言われて落胆していたが、その対象者のオーラを真似るのは外見を真似る以上に難しいのだがね。」

 

 鷲追「差別された者の気持ちは同じように差別された事がある者にしか分からない、差別する奴の気持ちは同じような立場に居る奴にしか分からない、ってか?出来ればどっちにもなりたかねえやな。」

 

 弟刈兎「結局差別って永遠に無くならない、何故かそんな気がしてならないですね。そりゃそんなんじゃ戦争だってなくなりそうもないですよね?同じ言葉を使う者同士でもこんなに罵り合ってるようじゃ、違う言語使う国同士なら尚更ですもんね。」

 

 黒瓜「それで結局、君達は何を買いに来たんだい?」

 

 弟刈兎「いえ、僕は特に何か買おうと思って店に来た訳では。」

 

 鷲追「おおっと、そうだった!お祭りで使えそうな怪し気なお面とか探しに来たんだったオレ。」

 

 黒瓜「なんだ、客じゃないんだったらとっとと帰った帰った!冷やかしお断りだよ!それで鷲追君、お面だったらコナイダ入荷したメキシコの石仮面なんかオススメなんだけどどうだい?勿論安くしとくよ?ん?弟刈兎君、君まだ居たのかい?店に何か用かい?」

 

 弟刈兎「差別だ!僕は今、差別されたんだ!」










◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇


 紅麗緒(くれお)「魔女になりたいんです!どうか私にチカラをお授け下さい!」

 

 黒瓜(くろうり)「やれやれ。変な客が多いのは今に始まった事じゃないけどね。この時期そういうの多いのかな?そこの棚にゆったりしたローブだとか、とんがり帽子、ステッキや樫の木を削って作った杖にハーブの類いなんかは各種そろってるから適当に選んで買っていけばいいよ。なんだったら荷物になるけど(ほうき)も売ってるよ?」

 

 紅麗緒「そういうのじゃなくてですね!実際に魔法とか使ったり精霊や妖精とお話ししたり黒猫に命令して嫌なヤツを懲らしめたりしたいんです!ここってそういう店なんでしょう?お願いします!私に魔法を教えて下さい!」

 

 黒瓜「ああ、そういう事?残念だけど私は単なるオカルト・グッズの店主であって魔術師でもなんでもないのだよね。手品(マジック)の腕も二流だし、せいぜいまじないや占い程度くらいしか特技がないんだよ。魔女になりたい、って言うからてっきりコスプレ目的なのかと。」

 

 紅麗緒「そんな!?でも猫とおしゃべりくらいは出来るんでしょう?私、本気なんです!それにさっき(まじな)いとおっしゃいましたよね?興味があります!是非私に教えて下さい!」

 

 黒瓜「君ねえ。そんな期待に満ちた目で見られても困るんだけどね。猫とおしゃべり???君そんな特技あるのかい?私としてはそっちのほうが興味あるけどなあ。まじないのレクチャーは企業秘密でね。おカネで販売出来るものではないんだ。残念だけどそこは諦めてもらわないとね。」

 

 紅麗緒「そんな!せっかく勇気を振り絞ってこんな店に来たのに!せめて好きな人を振り向かせたりする魔法なんてないのですか?」

 

 黒瓜「ん?なんだ、恋愛相談か。それならそうと早く言ってくれないと。人によって合う合わないはあるけど、媚薬なんかも各種取り揃えてあるよ。市販の馨りが強めな香水を薄めたものでもそういうのは代用出来るんだけどね。」

 

 紅麗緒「魅了(チャーム)の魔法ですね?じゃあそれとは逆に嫌なヤツを遠ざける魔法なんかも教えて下さい!」

 

 黒瓜「本当に変な娘が来ちゃったなあ。別にそれ、魔法でもなんでもなく普通のオンナの人が香水振りまいてるだけの話であって、魅了の魔法でもなんでもないんじゃないの?それとは別に、嫌な人を遠ざける魔法、それはまじないの分野になるけど、最初にお断りしとくけどここからは有料だよ?というより相談料なんだけど。」

 

 紅麗緒「覚悟は出来てます!是非教えて下さい!でもさっきまじないは企業秘密とか言ってませんでしたっけ?」

 

 黒瓜「勿論。本格的なまじないは教えられないけどね。相談料、って言ったろう?宜しい。ではその嫌いな人の特徴を自分の知ってる範囲でいいから教えてもらえるかい?」

 

 紅麗緒「はい!ソイツは一応は友達なんだけど、いっつも自慢話ばかりするんです!それに好きなアーティストのライブとか他の友達は誘うくせに私だけにはわざと教えてくれなかったり、みんなでいる時もそのライブの話をして私だけ除け者にしたりするんです!会話についていけなくて非常に悔しい気持ちにされたんです!」

 

 黒瓜「ん~~~、それってその友達から嫌な人を遠ざける魔法かけられてないかい?で、その友達を遠ざけたいと?」

 

 紅麗緒「だってやられっぱなしじゃ悔しいじゃないですか!?私だってライブ行きたかったのに、なんで私だけ意地悪されなきゃいけないんですかっ!?」

 

 黒瓜「たぶんそれ、なんとなく君の性格だとかしゃべり方が関係してるんじゃないかな、と私じゃなくても思ったりして。宜しい!ではアドバイスを授けよう!まずはもうちょっと口調を穏やかに、決して語尾に『!』をつけないようにして優しく相手に意思を伝えるようにしましょう。元気なのは結構なんだけど、君はもっと相手との温度差を見極めるくせをつけたほうがいいね。たぶんだけど、君は自分の興味のある事柄を強い口調で強引に相手にも興味を持たせたり押し付けたりした事ってないかい?」

 

 紅麗緒「・・・?………!!あ、あります!当たってますそれ!はい!」

 

 黒瓜「別に魔法なんかに頼らなくても出来る事柄なんていっぱいあるものなのだよね。ホンのちょっと深呼吸して落ち着いてゆっくり話せば打ち解ける場合だってあるのさ。常に(りき)み過ぎだとすぐ疲れちゃうだろうし血圧だって上がるから身体的にも精神的にも良くないのだよね。君の友達のグループからその友達だけを遠ざけるようにするんじゃなく、温度差を見極めて他の友達とも接するようにすれば普通ならそんな意地悪なんてされないものだよ。それでもその意地悪な友達が全然変わらないようなら、その時は自分から離れていけばいいよ。」

 

 紅麗緒「そ、そうですよね?私、何を焦ってたんだろ?それで肝心の嫌いな人を遠ざけるおまじないは?」

 

 黒瓜「んん?ああ、そういう事か。あとはせっかくアドバイスした事をちゃんと聞いてもらう事かな?魔法使いになりたいならまずは人の意見を良く聞き、素直な心を手に入れるのが先決だよ。」

 

 紅麗緒「そうじゃなくてですね!何かこう、本当はあるんでしょう?わら人形に五寸釘とかお百度詣りだとか!」

 

 黒瓜「ははは。こりゃ相当手強そうだ。いくらまじないでも性格まではそう簡単には変えられないようだね。相談料は結構だよ。聞く耳を持たないんじゃいくらアドバイスしてあげたところで無意味だからね。そうかそれなら・・・・・・結界を張るアイテムなんかどうだい?効き目があるかどうかは知らないけどそれっぽいのだったら用意してあげるよ?」

 

 紅麗緒「本当ですか!?是非お願いします!」

 

 黒瓜「まずは定番だけど御札。それと盛り塩。御札は自分の部屋の入り口付近に貼っておき、盛り塩は(さかずき)のような小さな器に部屋の四隅に分けて置いておく。ベタで簡易的な結界だけど気休め程度にはなるんじゃないかい?」

 

 紅麗緒「買います!いくらですか?」

 

 黒瓜「盛り塩に使うお清め済の塩だけならたいした値段ではないんだけどね。御札はその道では有名な霊能者の手書きだから結構値は張るよ?盛り塩用の高坏(たかつき)も職人の手作りだから高いよ。ただ盛り塩は市販の小皿で代用してもらっても構わないしね。それと何の効果もなかったからって返品はきかないよ?その辺は了承してくれないなら最初から買わないほうがいいよ。結界とは言ったって実際の効力はプラシーボ効果程度なんだろうけどどうする?」

 

 紅麗緒「じゃあ、お清めのお塩と御札を1枚下さい。」

 

 黒瓜「はい、毎度あり。御札はなるべく人の目につかないように貼るんだよ。御札を貼ってからその上にポスターを貼って隠したりとかね。」

 

 紅麗緒「分かりました!ありがとうございました!」

 

 

 

 

 

 

 黒瓜「ふう、やれやれ。やっと帰ってくれたか。でも性格って本当にそう簡単には変えられないよね。こればかりはいろんな経験していろんな気持ちを自分で感じて見るしかないんだろうねえ。」

 

 黒瓜「でも結界用のアイテムなんか売り付けちゃって良かったのかな?外界を遮断する、って事は仲のいい友達もなるべく寄せつけないようにする、って事も含んでるからね。ま、あの娘にはたいしてまじないの効果も期待出来ないだろうから要らぬ心配かな?それにしてもああいう類いの客を煙に巻いて納得して帰ってもらうのもひと苦労するよね。」

 

 その時、ばたん!と不意に店のドアが開いてさっきの厄介な客が勢いよくカウンターまでやってきた。

 

 紅麗緒「先生!さっき言ってたプラシーボ効果って何の事ですか!?」

 

 黒瓜「うわっ!びっくりした!何だ、まだ帰ってなかったのか君?人の話を全然聞いてないようで余計な事はしっかり聞いて覚えてるんだね君って。それに何だい先生、って?私は君の先生になった覚えなんてないぞう?」










◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇


 風呂板(ふろいた)「度々お世話になります。遺族の方々から何か言われましたか?」

 

 日叡(にちえい)「ああ、先生。この度はどうも。死んだ者はどうやったって生き還らないのですよ、と諭しても何の慰めにもなりませんけどね。お互い因果な商売ですよね。」

 

 風呂板「私のところの(つたな)い医療設備じゃ難易度の高い手術など到底不可能ですからね。それで街のもっと大きな病院へ転院なさる事を提案したのですが、費用の面で折合いがつかない、と。私も最善は尽くしたつもりですけど、もしかしたら治る病気でもカネがないとまともな治療すら受けられない、命もカネで購入するような世の中に誰がしたのでしょうかね?」

 

 日叡「いえいえ、昔などは治療以前の問題でしたからね。本来ならばもっと早くに亡くなっていたところを今の今まで永らえただけでも本当ならばありがたい事なのだと感謝しなさい、と言ってなんとか落ち着かせましたけどね。それでもカネさえあれば助かる命をみすみす見殺しにしたという懸念は拭い去れませんけどね。」

 

 風呂板「それは何も病気に限った事でもないのですけれどね。たとえば怪我をして、その場に車さえあれば搬送に間に合って迅速で適切な治療が出来て助かっていたところを、登山中の事故で場所が山奥じゃ救助すらままならないような場所とかで怪我をしたとかね。そういう事は言い出したらキリがないのは重々承知なのですが、やはり後悔の念がないと言えば嘘になりますけどね。」

 

 日叡「運、と言ってしまえばそれまで。しかし何とか出来そうで何とか出来ない、そういったもどかしさ、如何ともし難いですなあ。」

 

 風呂板「常々不審に思っていたのですよ。カネで助かる命であれば、何故治療目的で借金が出来ないのか。いわゆる出世払い、ですか?よしんば病人が無事に回復したとして、そんな大金払い切れる訳がない、そう最初から決め付けているフシがある。病気を患った本人の意志などお構い無し。誰がその費用を肩代わりするか、という疑問もありますけど、人が持つ未知の可能性というものを随分と軽んじているものなのですなあ、と疑問に思わざるを得ないのですよ。」

 

 日叡「でもまあ、人類全体に貢献出来るほどの能力面で見ると見殺しにしてる感は否めませんなあ。今まで亡くなってしまわれた者の中にもずば抜けた才能の持ち主とて居たのかも知れませんが、実に勿体のない話です。人も他の動物や生物同様に淘汰されているというのが現実なのですかね。医療に従事する者の立場としてはどんな病でも直してあげたいのはヤマヤマなのでしょうが、残酷なようですがやはり一定の割合で失なわれる命というのもまた必要なのですかねえ?」

 

 風呂板「因果なものですよね?世にさほど益をもたらさない者ばかり生き残って世に必要な人ほど早死にする、だからこの世は地獄のひとつと数えられ蔑まれても何も言い返せない。せめて善人は活かしたい、しかし善人ほど長生き出来ない、何故なら善人であればあるほどこの世の富みや欲に執着しないからに他ならないのですよね。逆に言えば俗人でなければ長生き出来ないというのも皮肉なものです。」

 

 日叡「以前に村長、宗蔵さんも同じような事をおっしゃっていましたよ。私などはこんな年まで生きて随分と罰当たりだと。思えば人の死がなければ成り立たない生業ですからねえ。本当に因果なものです。しかし私同様に人の生き死にを散々見てきた貴方のようなかたでもそう感じるとは意外でした。私などは医者たるもの、人の心を捨て去らなければ到底勤まらぬ生業と思っていましたが。」

 

 風呂板「これが街の大病院の医師のひとりだったらそんな事を考えてる余裕すらないのでしょうけどね。それにしても遺された遺族の方々の嘆きを聞くとね。亡くなったかたへの依存の度合だとは思いますけど、人とは生きていくにはひとりぼっちではなく、死んでいく時は只ひとり物言わず死んでいくものなのだな、とつくづく思い知らされましてね。孤高であればどれほど救われた事か。しかし私も他の人達同様に生きていくにはひとりではない、決して孤高にはなれない、そう痛感したのですよ。」

 

 日叡「そう、貴方も私も所詮は人の子、何ら特別な存在でも何でもないのですよね。それで、少しは気が楽になりましたか?」

 

 風呂板「私などのような者の話相手になって頂いて本当にありがとうございました。住職もお身体だけはお大事に。では私はこれで。」

 

 日叡「貴方もあまり根を詰めて頑張り過ぎないようにお気をつけて。村でたったひとりの医者だからと言って受け持った患者全員を自分ひとりのチカラで救おう、などとは決して思う事なかれ。善人ほど長生きは出来ませんからね。」










◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇


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