表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
経緯通(いきさつストリート)  作者: さかがみ そぼろ
6/25

いきさつストリート#6


◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇


 与作(よさく)「お?ジジイ、まだ生きてやがったのか?なんだ急に人を呼び出しやがって。」

 

 宗蔵(そうくら)「オメェだって結構な年だろうさぁ、ワシよかホンの少し若いだけで年寄り扱いすんじゃねぇよぉ。」

 

 与作「ん?あれか?天井に隙間出来て風が入ってきてる。住んでる本人と一緒で建物もあちこちガタ来てやがる、って事か?」

 

 宗蔵「相変わらずオメェはひと言もふた言も多いのう。ま、そんなトコだぁな。ワシじゃ応急処置くれぇしか出来ねぇからなぁ。そこは本職に任せたほうがいい仕事してくれるだろうさぁ。」

 

 与作「餅は餅屋、って事か。ま、オレにかかりゃあっという間だろこんなモン。材料はあるんだろ?」

 

 宗蔵「ああ。納屋に適当な板っ切れ置いてある。それとオメェが前から欲しがってた最新の工具も置いてある。終わったら持ってって構わねぇぞぉ。」

 

 与作「なんだなんだ、随分と気が利くようになったじゃねぇか。年取ると人間丸くなる、てのぁどうやら本当の話みてえだなオイ?」

 

 宗蔵「相変わらず失敬な野郎だなオメェも。ワシは生まれた時から寛容な心の持ち主だろうがぁ。オメェが困って泣きついて来た時だって何度も助けてやったろうがよぉ。」

 

 与作「ははは。それだけ口が減らねえトコロを見るとまだまだ大丈夫だな。昔の恩を言い出すようになったらもうジジイになったいい証拠なんだよ。でも耄碌してねえだけまだマシ、ってモンだ。達者で何よりだな。」

 

 宗蔵「んでオメェのトコはどんな塩梅なんだぁ?なんか困ってる事とかねぇのかぁ?」

 

 与作「まあ、ぼちぼちだわな。最近は骨のある野郎が随分と減ってきてやがるがな。でも怠け者だが岩野の野郎なんかはやる気出せばオレの何倍もいい働きしやがるから心配する必要なんざねぇやな。身体が動くウチは自分で何とかする、余裕があったらその分誰か助けてやる、そして老兵は去り逝くのみ、ってか?」

 

 宗蔵「取り越し苦労ってヤツかのう?年寄りの需要なんざ昔話するくれぇしか無えって事かぁ。いろいろあり過ぎて大半忘れちまってるけどなぁ。」

 

 与作「ま、そういうのはおいおい思い出したら誰かに言やぁいいのさ。無理に思い出す事もねえやな。生きてりゃその内どっかで需要があるもんさ。物を知らねえよりは知ってて親切に誰かに話すほうが気が利いてる、ってモンだ。そうだろう?」

 

 宗蔵「肝心な時に思い出せねぇ、ってのがどうにももどかしくてなぁ。日叡和尚も同じ事言ってたなぁ。オメェさん呼び出したのだって天井の隙間修理以外にも何かあったから呼び出したんだがなぁ、急に思い出せなくなるんだよぉ。年は取りたかねぇもんだのう。」

 

 与作「納屋に置いてある最新鋭の工具の他に何かあったのか?思い出せねぇ、って事ぁたいした事じゃねぇのさ。重要な事なら嫌でも忘れやしねえんだからよ。」

 

 宗蔵「それもそうさのう。ま、修理が終わったらそこの日本酒も持ってけぇ。オメェ酒飲むんだよなぁ?」

 

 与作「お!ジジイの癖に随分と高い酒飲んでやがんな?へへへ。ありがたく戴いときます。」

 

 

 

 与作は納屋へ向かい、適当な材木を持って戻って来たかと思うとあっという間に天井の修繕を終えた。

 

 

 

 与作「じゃあなジジイ。もう年なんだからあんまり無理しねえようにな。」

 

 宗蔵「おお、ありがとうよぉ。………あ!思いだした!オメェに確か金庫預かってもらってなかったかぁ?金庫にぴったりの木箱作ってもらうのによぉ?もう随分と前の話だなぁ確か。何年前だぁ?」

 

 与作「うわっ!余計な事は思い出さなくていいんだよっ!やれやれ、木箱はとっくに作ってあるけどジジイがいつまで待っても引き取りに来ねえモンだからオレもすっかりその存在すら忘れてやがったよ!お互い年取ったモンだよな全く。そういう事ぁくたばる時まで忘れたまんまで構わねえんだよっ。ったく余計な事ぁいつまでも覚えてやがるモンなんだなぁ人ってのは。」










◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇


 偉影逸(いえいいつ)「歌声が聞こえた。それは透き通った小鳥のさえずりのようでもあり、時には狼の遠吠えのように物悲しい想いを誰ともなく伝えるかのように私の心に響いた。」

 

 

 

 敢渡(かんと)「急にどうしたのですか?詩的な物言いにつられて誰かと思い来てみたら貴方でしたか。素敵な詩を聞けて今日は幸運だったかな?」

 

 偉影逸「ああ君か、奇遇だね。港に集まるカモメの鳴き声が不思議と胸に染み入ったものでね。誰も見ていなければ涙を流していたかも知れない。私もこの自然を優雅に舞うカモメの1羽になった錯覚に耽って大空を自由に羽ばたく、そんな妄想を夢見ていたのさ。」

 

 敢渡「相変わらず深いですね。しかし自由に空を舞うカモメも競争に打ち勝って魚を得られなければ容易くその儚い命をこの大自然に奪われてしまうのです。貴方のような心優しいかたがもしカモメとして空を舞う宿命にあったのなら、おそらくすぐに天に召されてしまいますよ?」

 

 偉影逸「そうかな?私はこう見えてもしたたかに生きてきたのだよ。人は空を舞うカモメよりも容易く競争に打ち負ける。しかし命を永らえるだけでいいのであれば手段はいくらでもあるものだよ。」

 

 敢渡「ですね。カモメは主に海に依存して得られる糧は限定されている。引き換え人は空を自由に舞う翼がなくとも海でも山でも森の中でも糧を得て生きられますからね。」

 

 偉影逸「遠く離れた島、照りつける陽、反射する波間、そして鯨の歌声。カモメはいくつもの海岸線を旅してきた。自分の翼で。その鳴き声は雲にまで届き、ここに生きている事を告げる歓喜の歌声。」

 

 敢渡「胸に染み入ります。では僕はこれで。美しい詩は心の澱みを全て持ち去って、蒼く透き通った空のように陽の光を通しますように。」

 

 偉影逸「ありがとう。君が探し求める真理へと至る螺旋階段にも祝福の光が射しますように。」

 

 

 

 

 

 偉影逸「………」

 

 偉影逸「………波の音が静けさを和らげてくれる。この詩もまた、風の一部となって限りなく薄められ、そして誰の耳に届く事もなくこの海に飲まれて(あぶく)へと姿を変える。」

 

 

 

 偉影逸「時にはすれ違い、時には共に歩き、時にはお互い別々の道を選ぶ。いづれ交差する道もあれば、永遠にその距離が縮まらぬ平行の道とてある。出逢いとは、(えにし)とは不思議なものだな。あの大空を華麗に舞うカモメとて私の心の片隅に映し残る貴重な風景のひとつ。美しい、この世界の1場面(シーン)に、私のような罪深き者の存在を認めてもらえるのであれば。」

 

 風子(ふうこ)「待たせたわね。あら?どうして泣いてるの?風で目に砂でも入ったの?」

 

 偉影逸「何でもないよ。じゃあ行こうか。」 










◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇


 勇悟(ゆうご)「アイツのやった事をどうしても見過ごす事が出来ねえ。事情は痛い程に良く分かってはいる。アイツにも守るべき家族が居る。しかし、かといって身勝手に他人の信頼を裏切っていいとは誰も思ってないはずだろ?オレは決してヤツのしでかした事を許す事が出来やしねえ!」

 

 岩野(いわの)「まあ落ち着け勇悟。ともかく何がどうしてどうなったかを言ワン事にはお前が何故憤っているかすらさっぱり分からないではないか。激昂すると肝心の主語を話さずにただ不快な気分を撒き散らすだけなのがお前の悪い癖だ。」

 

 弟刈兎(でかると)「岩野さんの言う通りです。まずはひとつひとつお訊ねしましょうか?アイツとは誰の事なんです?」

 

 勇悟「都営府(とえいふ)の奴だ。彼が数ヶ月前に離婚している事は知っているか?その彼から久しぶりに連絡が来てな、離婚後彼が引き取ったこどもの為に誕生日パーティーを開きたい、とか言われてなあ。」

 

 岩野「都営府、ああアイツか。ちょっと抜けてるトコロあるからな。ある意味唖幌よりタチが悪いからなヤツは。」

 

 弟刈兎「えっ?都営府さん離婚してたんですか?こどもがひとりいる事は聞いていましたが。」

 

 勇悟「借金が多くて首が回らない状態らしいんだよ。別れた、というより一方的に逃げられた元妻の反対を押しきって、こどもの面倒は彼が引き取る事になったんだと。本来であれば別れた元妻がこどもを引き取りたいようだったんだが、半ば強引に都営府は自分が育てるといって引き取ったらしいんだ。こどもと離れるのが嫌だったら離婚は取り止めてくれ、とも直訴していたらしい。こどもと言うのはひとり娘の事だ。元妻への慰謝料も相当なものだったらしい。」

 

 岩野「俺はだいたいの事情を知っているが、アイツに子育てなんか不可能だと思ったけどな。それ以前に良く結婚自体出来たよなアイツ。」

 

 弟刈兎「岩野さんも大概失礼ですよね。確かに度数都営府さんも少々慌てん坊な面はありますけど、根は悪い人じゃないですよ?税金もきっちり治めてくれてますし。」

 

 岩野「お前は知り合って日も浅いからアイツの事を良く知らないからな。それにお前、税務署勤務なのに何で都営府が離婚した事知らないんだ?書類に全然目も通してないんじゃないのか?それでこどもの誕生日パーティーがどうしてお前の信頼を裏切る事になるんだ?」

 

 勇悟「それだよ。落ち着いて聞いてくれ。都営府から連絡が来て○△日はこどもの誕生日だと言うからオレは前日にそのこどもの為にプレゼントを買って彼の住むマンションへ行ったんだよ。彼も家計が火の車なのにこどもの誕生日パーティーとは随分余裕があるな、とは思っていたんだが、そうしたら都営府のヤツ何て言ったと思う?」

 

 弟刈兎「それはまあ、わざわざプレゼントを買ってきて訪ねたんだから常識的に考えて第一声はまずお礼でしょうね。」

 

 勇悟「間違えた!今日は娘の誕生日ではなく別れた元妻の誕生日だった!許せ!友よ!と言われたんだよ!娘の誕生日は来週だった!勘違いしていた!ややこしくて申し訳ない!SHIT!神よ!………ああ、分かった、分かったからとりあえず落ち着け。しかし元妻と娘の誕生日を間違えるとはお前も大概だな。と言ってオレはとりあえずその場は見逃してやったんだ。」

 

 岩野「アイツは素でボケてくるからな。一切悪気が無さそうなのが余計に厄介なのだ。そして妙な場面では馬鹿正直。天然とは実におそろしいものだ。それでお前がこどもに買ってあげたプレゼントはどうした?」

 

 勇悟「都営府は更に間違えて誕生日パーティーのレストランまで予約していたらしいんだ。即座に電話をしてキャンセルしたようなんだが、当日キャンセルなので全額とは言わず70%程のキャンセル料をそのレストランに支払う事になったんだ。準備していた材料など全てパーだからそのくらいは当然だろうな。御丁寧にこどもの名前入りケーキまで注文していたらしくてな。オレとしては娘の誕生日は来週なんだったらわざわざキャンセルせずに1週間前倒しで娘の誕生日パーティーを今日やってしまえばいいんじゃないのか?と提案したんだが、ヤツは何故かその辺無駄に頑固でな、当日キャンセルして来週の娘の誕生日に変更していた。ヤツが何故借金で首が回らないのか分かるような気がするだろ?」

 

 弟刈兎「変なところで見栄っ張りで強情なんですね。全く融通が効かないというかルールや決まり事はキッチリ守ろうとする辺りが余計に厄介ですよね。」

 

 勇悟「そこでオレは聞いたんだ。オレが買ってきたプレゼントはどうするんだ?と。こどもに見つからないように部屋にでも隠しておくのか?とな。そうしたら奴め。こちらの斜め上を行く返答をしてきやがった。」

 

 岩野「アイツの事だ。せっかくだからと一応は受け取ったのだろう?」

 

 勇悟「オレがこども用に買ってきたプレゼントを、逃げられた元妻の誕生日プレゼントに持っていく、と言い出したんだよ!正気か!?オレはオマエのこども用のプレゼントを買ってきたんだぞ!?ついでに逃げられた元妻にそんな簡単に連絡なんかつくのか?予想外の返答にオレは相当動揺してしちまってな。」

 

 弟刈兎「なんか無茶苦茶ですね。破天荒も甚だしい。勇悟さんがこどもの為に買ってきたおそらくこども用のプレゼントを持って元妻の誕生日プレゼントにしよう、なんて普通考えませんよね?気が動転するにも限度がありますよね?」

 

 勇悟「実はヤツはひとりで子育ては相当大変だとオレに漏らしていたんだ。そりゃそうだろう。その辺はいくらオレとて理解してやってるつもりだがな。要はヤツは別れた元妻とヨリを戻したいそうなんだ。別れた元妻も娘の誕生日は当然知っている。それを口実にヤツは復縁したいらしいんだ。オレとしてはヤツのそういった性格が災いして愛想を尽かされて逃げられたんじゃないのか?ともニラんではいるんだがな。」

 

 岩野「端で見てても様子がオカシイからなアイツは。本当に良く結婚出来たものだ。こどもまで出来たんだからアイツの元嫁というのは相当しっかりした女性だったのだろうな。」

 

 勇悟「早速だがオレの買ってきたプレゼントを持って元妻の元へ行く、迷惑になるだろうし第三者は巻き込みたくないので自分ひとりで行く、そして予約したレストランのキャンセル料は今のところまとまった持ち合わせがないから申し訳ないが立て替えておいて欲しい、埋め合わせは必ずする、と言ってオレが買ってきたこども用のプレゼントを奪い盗るかのように持って部屋から飛び出して行ったんだよ。鍵も掛けずにな。オレはただただ呆気にとられるばっかりだったよ。その性格からか奴は過去に何度か空き巣に入られている。仕方ないから申し訳ないとは思ったが奴の部屋で奴の帰りを待たせてもらったんだ。」

 

 弟刈兎「話だけ聞いてると慌てん坊どころかそそっかしいとかじゃ済みそうもありませんね。思い立ったら即行動に移すような人なんですね。一般常識的に考えられないですよね。本当に良くそんな人と結婚してくれる聖女のような女性が居たものですね。」

 

 岩野「まとまった持ち合わせがないのにレストランを予約していたのか。おそらくマンションの近所のアソコだろう。ヤツめ相変わらず得意のツケで月末払いか?しかしドタキャンならそうも行かないだろうからな。次々と社会的信用を失なっていくなヤツも。」

 

 勇悟「都営府が戻ってくる前にヤツのひとり娘が帰ってきてな。以前に一度だけ会った事があるからオレの顔はかろうじて覚えていたようでそこは助かったんだが、父の友人である事を告げると慌てん坊なのはしょっちゅうだと言う話だ。娘というのはまだ7才でな。来週8才になる、と都営府から聞いていた。オレとしてはおそらく誕生日パーティーはサプライズでこどもには内緒にしている、と思って年齢の話だけはヤツの娘にはしなかったんだよな。」

 

 岩野「お前にしては上出来だな。父親が何処へ行ったのかも言ってはいないだろうな?」

 

 勇悟「当然だ。こどもの面倒を見てる間にキャンセルしたレストランの店員らしきかたが2人お見えになられてな。何故オレが都営府のしでかしたキャンセル料を肩代わりせねばならんのか?とブツブツ言いながら支払ったんだ。ヤツの娘はそれを見ていたがどういう事なのか分かっていないようだったので懸念する必要はなかったんだがな。問題は都営府が帰って来る直前からだ。」

 

 岩野「離婚した後も連絡は取り合っているのか?こどもの養育費などはヤツが全額負担しているのだし慰謝料と言っても全額支払い済みなのだろう?元嫁の所在はつかめているのか?」

 

 勇悟「そこだよ。ヤツが帰って来てから問い詰めて聞き出した話によると元妻の実家は知っているが、降りる駅をふたつ程間違えたらしくてな。そこから歩いて引き返して行ったらしいが本人は留守だったらしい。元妻の母親が出たらしくオレが買ってきたプレゼントをその母親に手渡して娘さんに宜しくと言ってそそくさと立ち去ったそうだ。母親にして見れば何が何やら意味が分からなかっただろう。先に電話して出ないなら最初から行かなければ良かったものを、結局都営府が帰って来たのは日付が変わりそうな時間だった。」

 

 岩野「そうだ、お前がヤツの娘に買ってきたプレゼントというのは中身はいったい何なのだ?」

 

 勇悟「その前に。どうやら都営府はオレの他にもヤツの職場の同僚2人をこどもの誕生日パーティーに誘っていたらしくてな。ドアを開けた瞬間に『○○ちゃん、お誕生日おめでとう!』といって入って来たのでその時点でヤツの娘には全てバレバレになってしまっていたんだ。サプライズどころの話ではない。オレが気を遣ってヤツの娘に悟られないように黙っていたのも全てが台無しだ。しかしヤツの娘は、いつもの事ですから、父がいつも面倒をかけてどうも申し訳ありません、といって何の感慨も持ち合わせていなかったんだ。どうやらあの子は母親似なんだろう。あの年でああまでデキが良く物分かりが良いこどもというのも珍しい。ヤツの同僚2人はオレから事情を聞くと何とも気まずそうにプレゼントを置いて帰っていったんだ。オレとしてもレストランのキャンセル料が妙に高いので不審に思っていたのだがそれで合点がいった。なんとヤツは6人分予約していたんだよ。」

 

 弟刈兎「本当、最悪ですね。もうぐっだぐだ。フラッシュ・モブで(ことごと)く失敗するパターンみたいですね。」

 

 岩野「俺達は運良く呼ばれなかったからな。ヤツとはさほど親しい間柄でなかった事を心から運が良かったと思うよ。俺だったら問答無用で殴って正気を取り戻させるだろうな。頼むからコチラ側へ戻って来い、とな。勇悟、お前は本当に忍耐強い男だな。」

 

 勇悟「岩野、オレも同じ心境だったよ。しかしオレはヤツの良く出来たひとり娘に諭されてヤツの帰りを苛立ちながらもおとなしく待っていたんだ。それとさっきの質問だがな、オレが誕生日プレゼントとして買ってきたのはこども用のヌイグルミ兼まくらだったんだよ。包装紙でラッピングして中身までは一目見て分からないだろうが、そんな物を片手に別れた元妻とヨリを戻すといって飛び出したヤツは本当に正気を失なっているのか?と疑ったモノだ。」

 

 弟刈兎「度数都営府さんはプレゼントの中身も確認せずにそれを持って元妻の実家へ行ったのですか?しかも本人不在だからって母親に手渡し?うわぁ、信じられない!」

 

 勇悟「以前から挙動不審な点は多々あったが離婚してからは更に拍車をかけたような感じなんだよな。しかし根は悪い男ではない、と知ってはいてもこうまで引っかき回されるとさすがのオレも呆れ果ててもう何も言えない心境だったよ。夜遅くにヤツは帰ってきた。ヤツの娘はとっくに眠っている時間にな。」

 

 岩野「ヤツの失態は今に始まった話でもないからな。その光景が目に浮かぶようだよ。それで結局、お前が都営府のヤツを許せないという1番の理由は何だ?」

 

 勇悟「岩野、お前だったら問答無用で絶対にブン殴っているだろう。自業自得なんだろうがヤツが片親でいっぱいいっぱいだと言う事は分かってはいるんだがな。何もオレはカネの話、予約したレストランのキャンセル料の話をしている訳じゃないんだ。都営府のヤツ、元妻との復縁が出来ればそれに越した事はないんだろうが、よりによって『保険』を掛けて他に行きつけの飲み屋の女性も狙っているらしいんだよ。ヤツは見た目は少々アレだが独特の口調が妙に気に入られて好感度が高いというのは分かるんだが、良く良く考えてみると元妻の誕生日に避けられて会えなかったとは言え即日馴染みの店で別の女性にアタックしていたヤツの姿を想像するに、何とも言葉に言い表わし難い憤りの感情が沸々とわいてきてな。」

 

 弟刈兎「うわぁ、本当に最低ですね。でもそこまで見境なく本能の赴くままに行動されると、むしろ怒りを通り越して泣けてきますね。典型的な自己破産申請該当者タイプですね。」

 

 勇悟「キャンセル料の請求云々は別にして、ヤツには元妻が必要だ、というのは良く分かるんだが岩野、お前がさっき言った通り都営府には子育てなど不可能だと思うのも無理はないよ。ヤツひとりではどう見ても無理なのはハッキリしている。ひとり娘はあの年齢で妙にしっかりしているんだが、ヤツ自身に問題が山積みなんだ。オレからもヤツの元妻に復縁してやってくれ、と懇願しに行ったほうがいいのか、それとも冷酷なようだが縁をすっぱり切って見捨てるべきなのか迷っているんだよ。岩野、お前ならどうする?」

 

 弟刈兎「ぼ、僕だったらそんな面倒くさい人とは絶対に関わり合いになりたくないですけどね。あ、そうだ。度数都営府さんがレストランの予約した人数、って6人でしたよね?誰々なんですか?」

 

 勇悟「ああそれか。都営府、ひとり娘、オレ、会社の同僚2人、残りのひとり分が電話かけても無視されてる元妻だ。元妻には出席の確認すら取れない状況なのに見切り発車も甚だしい。」

 

 岩野「勇悟、その都営府の元嫁に他人事ながら復縁を頼みたい、と俺に同行を求めているなら一緒に行ってやってもいいだろう。その代わりお前の代理で都営府を数発ブン殴ってもいいならな。オレとしてはお前の手を汚させたくない。もうそのレベルになったら外的ショックを加える以外に更正させる手段が俺には思い浮かばないのだ。」










◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ