1st ストリート
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人が行き交う交差点。人とは出逢いと別れを繰り返し、個別の運命を探し求める旅人。刹那に交わされた言葉が新たな道を模索し、数多の運命を紡ぎ出す。それでは様々な道程をたどってきた者同士の対話集をお楽しみ下さい。
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岩野「見よ!鷲が大空を舞っている。何故我々人間には翼がないのか?」
与作「アホ言ってねえで隣村の宗蔵じいさんの処まで早く荷物持ってとっとと行け。」
岩野「鷲のように空を飛べれば隣村まで簡単に移動できる、与作翁よ、お主はそう思わぬのか?」
与作「翁ってのぁ何だよ?2本の足がありゃあ地べた歩いて隣村まで行けるだろうよ。そりゃ空でも飛べりゃ多少は早いかも知んねえよ?でもそりゃオメェ、贅沢な悩み、ってなモンだろうがよ。無駄話してっと日が暮れちまうぞ。」
岩野「おお、何故人には翼がなく、鷲には翼があるのだ?主はまことに不公平ではないか?」
与作「主、って何だよ?まぁ、オメェさんが怠け者、だって事は村の誰しもが知っちゃあいるが、ちょっとしたおつかいすら楽しようというオメェにゃ脱帽するよ。鷲は鷲に生まれてきて、自分が飛べるような身体してるから飛べるんだろうよ。オメェにゃ羽根が生えてねえんだから諦めて歩いて行ってこいよ。」
岩野「与作翁よ!悔しくはないのか!?鷲はひとっ飛びで隣村まで行けるというのに、我々人は苦労して山を越え谷を越え隣村まで徒歩で向かわねばならぬ!おお!主よ!何故人の子である私には翼を授けて下さらぬのか!?不公平ではないか!」
与作「うっるせぇなぁ本当にオメェはよぉ!だったらオメェも鷲、ってか他の鳥みてぇに極限まで減量して腕力だけは鍛えて丈夫な軽い羽根でも作って隣村まで空飛んで行きゃいいじゃねぇかよ!よぉし!そうと決まりゃ明日、とは言わずたった今からメシはいらねぇな!?無駄なゼイ肉全部削ぎ落として空飛ぶ訓練でもしとけボケが!」
岩野「おお、主よ。私は甘んじて地べたを歩き、隣村の宗蔵爺さんの元へ向かおう!」
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岩野「与作翁よ。唖幌のところの息子が馬鹿にされてイジメられていたらしいのだ。どうしてこんな簡単な事も覚えられないのか、と。人とは何故自分より能力が劣る者を蔑み非道な仕打ちをする傾向にあるのだ?」
与作「ああ、そりゃオメェ、飲み込みの悪いヤツ、ってのぁ見ててイライラすっからだよ。オレも経験あるが、ドン臭せぇヤツと一緒に組んで伐採してると声かけるタイミングだとかワンテンポ遅れやがってよ。木が完全にブッ倒れちまった後で『たーおれーるぞー!』もクソもねぇだろ?ヘタするとコッチが大木の下敷きになっちまったりする訳だよ。要はドン臭せぇだの飲み込みが悪りぃだのを放置して黙認して一緒に仕事してると自分の身の危険にも繋がる、って事だ。自己防衛本能からウスノロを排斥してるんだろうよ。」
岩野「そうだったのか。しかし見ていて気分の良いモノではないな。どうしたって足の早い者もいれば遅い者だっている。優劣が顕著であれ能力の劣った者への攻撃は実に見苦しいモノだな。」
与作「モノには限度、ってモンがあるけどな。面白れぇから、って度が過ぎて執拗に痛めつける馬鹿、つまりお調子者、ってのぁ何処に行ったって居るモンだ。そういう苦情言っても何の効果ナシでヤメられねぇヤツぁそうなったらもう拳骨喰らわすしかねぇ。まぁ、そりゃ大っぴらにゃ出来ねぇよ?そこは暗黙の了解でこっそり誰にも咎められねえようにお仕置きするんだけどな。事情を知ってる奴ぁ見て見ぬフリしてくれるってモンでな。イジメなんてのぁチカラのあるヤツが手加減ってモンを知らねえから段々エスカレートしてくんだよ。そういう類いの馬鹿にはイジメられっ子が死なれてからじゃ手遅れになっちまうから発覚次第イジメっ子共を死なねぇ程度に痛めつけて少々痛い目に遭ってもらうしかねえんだ。最終的にゃ結局は暴力で言う事聞かせるしかねぇってこった。人間、ったって所詮動物がちょっと知恵持って利口になっただけの生き物でしかねえ訳だからな。根っこのところは動物とあんまり変わらねえんだよ。自分の身をもって痛ってぇ思いしなきゃ相手がどれだけ苦しんでるのか分からねえモンなんだこれがよ。」
岩野「ぬう、やはり痛みを知らねば手加減もまた出来ない、という事か。善し!それではイジメを行使していたこども達にそれぞれ拳骨を喰らわせてこよう!」
こども達は全治1ヶ月以上の重傷を負い入院した。何とか峠を越え一命はとりとめたようだが、内ひとりは危篤状態にあった。どうやら手加減が必要だったのは岩野本人だったのかも知れない。後日こども達に誰にやられたのかを訊ねてみると、みんな一様に「あれは人間じゃない!人間のフリをした悪魔だ!」と必要以上に畏れおののいて結局誰に痛めつけられたのかは決して話そうとはしなかった………
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唖幌「昨日、不意に息子に聞かれましてね。『どうして勉強しなきゃならないの?』と。思えば私も親に言われるがままに何の疑いもなく必死に勉強し、三流ながらも大学を卒業し、給料は安いながらも現在うだつの上がらない窓際社員をしています。しかし改めてそう聞かれると、何と答えて良いか分からず腑甲斐なくも息子の前で言葉に詰まってしまいました。そして『何でもいいからとにかく勉強だけはしなきゃダメだ!』と怒鳴ってしまいましてね。今思えば如何に自分の息子とは言え不意に図星を突かれた事に腹を立て、癪に触って思わず怒鳴ってしまったのかと反省しているのですが、そこで改めてお訊ねします。何故、勉強しなければならないのでしょうか?」
与作「またヌケた事ほざいてんなオメェもよ。ドン臭せぇのは相変わらずだな。勉強しとかなきゃそういった疑問だって聞けねえだろ?言葉をちゃんと学んでねぇと何をどうやって聞いたらいいかすら分からねぇんだからよ。息子はオメェに怒鳴られるまでもなくちゃんと勉強してる、っていういい証拠だろうよ。知識を得る、って事は賢く生き延びる為だよ。」
唖幌「賢く生き延びる為………その通りですね。何故私はそんな単純な事すら思いつかなかったのか。全く腑甲斐ない。」
与作「雪だとか降ってきたりすっと人間は他の動物みたいに毛皮着てねぇから服着てねぇと寒いだろ?暑い時ゃ脱ぎゃいいだけだしそれとおんなじで知恵持ってねえとエサ捕るのだってひと苦労すんだろよ。熊みてえに強力な牙だとか爪だとか持ってねえから知恵使ってナイフだとか槍だとかの道具を牙だとか爪の代わりに使ってんだろよ。それもこれも根底にあんのは生き延びる為だよ。」
唖幌「そう、でしたね。身を守る為、生き延びる為、その為に人は勉強するのですね。」
与作「ったく。だからオメェは勉強だけ出来てもウスノロ、って小馬鹿にされんだよ。例えばお前、そこに『墨つぼ』あんだろ?いくら知識だけあってそのアイテムの名称をいくら『勉強』したってよぉ、実際自分で使ってみてそれはどういった用途で必要なのか知らなきゃ名前だけ知ってたって全く意味のねぇ単なるオブジェだろ?で、そこにさりげなく置いてある『墨つぼ』。さてこれはどうやって使用するアイテムでしょうか?手にとって見てもいいぞ?」
唖幌「突然クイズですか?墨つぼ?始めて名称を知りました。う~~~ん、何に使う物だろう?中に入ってるのは墨汁ですか?墨つぼと言うんだからそうなんでしょうけど、まさか筆を使ってこれで紙に字を書くのですか?それ以外の用途などさっぱり思い付きませんが。」
与作「まあ、オメェさんみてえないくらお勉強が出来ても想像力欠如の盆暗じゃ分かる訳ねぇか。ま、なんで勉強しなきゃならない、ってか?その勉強、っちゅうのがオメェにとって何を勉強と判断してるか、それが今の質問クイズに全部現されてんのさ。」
唖幌「どういう事ですか?気になりますね。それでこの墨つぼと言うのはいったい何なのですか?何に使われる物なのですか?」
与作「そいつをお前さんに教えるのは簡単だがな、それ以前に今オレが言った言葉の意味をお前が全く何とも思ってねぇ、って事のほうがオレとしては残念でならねぇや。やれやれ、イヤミが通じやしねぇ人間、ってのも困ったモンだなしかし。この際だしキッパリ言っといてやろう。お前さんにとって『勉強』ってのぁ、真面目に学校行って先生様の講義を良く聞き、テストで良い点数取ってなるべく偏差値の高い大学を卒業する、おおかたその程度の認識なんだろ?」
唖幌「それ以外に勉強しなきゃならない理由なんかあるのですか?多くの知識を得てより良い暮らしをする、それが人生の全てではないんですか?」
与作「だったらさっきのクイズだって簡単に答えられるだろうよ。オメェみてえなのが世の中にゃゴマンといると思うとオレぁ心底オソロシイと感激しちまったよ。だがまぁ、今の社会のルールじゃあそんなのが常識としてまかり通ってやがる、ってのも問題あるとオレぁ思うよ。いいか、良く聞けよ。例えばお前、船に乗った事が1度もねぇような奴でも、ちゃあんとお勉強さえしてりゃ船酔いって症状がどんなモンか他の誰かに説明できる訳だよ。だが実際に船に乗って船酔いを経験した奴が誰かに説明すんのと、本の知識でしか船酔いを説明できない奴とじゃオメェ、説得力ってモンが全然違ってくる訳なんだなこれがまた。オメェに言いたい事はそういう事だ。」
唖幌「???」
与作「ま、下手するとオメェにゃ一生分かんねぇかも知れねぇで年くって老衰でこの世とオサラバかもな。想像力欠如どころか他人と共感する能力すら欠如してやがりゃ手の施し様すらねぇ、ってのも悲しい事だよな。んでさっきの墨つぼ、ってのは中にタコ糸が糸巻き状態で入っててな、墨を含んだタコ糸をピィーン、と引っ張って伸ばして木材なんかの上で指で弾くんだよ。そうすっと木材に真っ直ぐな直線の跡がつく。オメェだって学校で工作だとか作った事くらいあんだろ?カッターで紙だとか真っ直ぐ切りたい時ゃ定規でもあてがって切りゃいいんだろうが、自分よかデケェ材木なんかは大巨人でもねぇ限りそんなマネは出来ねぇだろ?身体のちっちぇえ人間がデケェ材木を真っ直ぐ切断すんのに知恵をしぼって作ったのがこの墨つぼってヤツなんだよ。早い話が大工道具だ。理解出来たか?」
唖幌「口調が早くて頭の回転が追いつきませんが、木材を真っ直ぐ切断したい時に使用する物だと言う事は分かりました。でもそれは建設業などに精通している者でなければ知り得ない知識ですよね?」
与作「ま、本の知識だとしても知らねえよか幾分マシなんだろうけどな。斯く言うオレだって何でもかんでも知ってる訳でもねえや。ただ広く浅くでも構わねぇからたくさん知識持ってるヤツのほうが世渡りにゃ有利に働く、ってこったな。ただ物の存在や名称を知ってる、ってだけじゃなく、使い方まで知ってりゃそれに越した事ぁねえやな。んでお前の伜の話だったよな。勉強しなきゃなんねぇ理由、そういう事を聞いてくる、って事ぁ早い話がオメェの言う勉強ってのをしたくねえから疑問に思って質問してくるんだよ。勉強したくねえんだったらさせなくてもいいんじゃねえの?物は試しでしばらく好きにさせとけば?嫌がるのを無理に勉強させたってどうせお前さんみたいなウスノロになるだけだろうし。」
唖幌「嫌だったら勉強しなくてもいい、と息子に言えと?そ、それはちょっと言えないですね。いくら与作さんの意見でもそれは聞けません。だって、私のようになって欲しくないですし。」
与作「ははは。それもそうだな。オメェでも少しは理解出来たか。だから勉強しなきゃなんねえんだろ?つまり今度そういう事を聞かれたら『お父さんのようになって欲しくないからだよ。』って答えてやるのが正解だぁな。そうだろう?」
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偉影逸「夢を見ました。その夢の中で私は非常に大きなお城で優雅に暮らす音楽家のひとりでした。毎日楽器を弾いて好きな歌を歌ってさえいればそれだけで皆が楽しく暮らしていける、そんな天国のような場所でした。ふと目を覚ますと現実があり、毎日決まった時間に行きたくもない仕事に出向いてやりたくもない仕事で貴重な時間を奪われ、気づけば人生の大半を失なってしまっている。ふと私は想うのですよ。私はその王宮の夢を見るのが本来の目的、その夢を見るためその為だけに生きていて、夢の中の自分こそが本当ならば現実で、仕事に身を置いているこのつまらない現実こそが虚である、と。」
与作「ま、世の中ってのはなかなか自分の思い通りにゃ行かねえ、って事だぁな。お前さん『水槽の脳』って話を知ってるか?科学技術が発達して身体を失なっちまっても脳ミソだけで世の中を認識できる近未来のSFチックな創作話なんだが、その脳ミソってのは実体がなくても身体があるかのように現実を認識できて、ヴァーチャルで世界を実体験してるっていういわば常に夢の中にいるような状態なんだよ。しかし実際にゃ端から見ると水槽の中にポツンと脳ミソがプカプカ浮かんでるだけ、ってオチなんだけどな。その脳ミソにとっちゃ電気信号で与えられた情報だけが世界の全て、って話だ。」
偉影逸「今こうして貴方と会話しているのも、水槽の脳が見せた幻想、空想の世界での経験と同じようなモノである、とおっしゃりたいのですか?」
与作「案外世の中なんざその程度の認識で上等なのかもな。自分が見て聞いて感じた事ったっていくら言葉で説明してやった処で他の奴におんなじように細部まで細かく知ってもらうのなんざ出来っこねえや。お前さんだってゲームくらいやった事あんだろ?架空のゲームの世界のキャラクターが実は本体そのものでプレイしてる外の世界の奴が作り物のハリボテだとしたって全然不思議じゃねぇって話さ。」
偉影逸「成る程、そういった考え方も楽しいですね。しかし現実の私は生存を維持するというその為だけに仕事を片付けて報酬を受け取り、貴重な人生という時間をはした金と引き換えにしなければ簡単に路頭に迷う儚い虫ケラのような生活を強いられています。それはまるで自分であって自分ではない、自分の身体である筈なのに自分で自由に扱えないのと同義であるように思えてならないのです。あたかも時間という誓約に囚われた咎人ででもあるかのように。果たして自分とは誰の為に存在するモノなのか、そういった虚無感に苛まれて止まないのですよ。」
与作「自由、ねぇ。お前さんにとっての自由、ってのも単なる幻想に過ぎないのかもよ。水槽の脳が見せる架空の自由、ってヤツなのかもな。その証拠に、お前さんは何時だって仕事なんざほっぽって好きに振る舞える筈だ。だがそれをしないってのは職を失なう事が自分の居場所そのものを失なう事だと錯覚してやがるからさ。」
偉影逸「そう、なのかも知れません。しかし決まった時間にこういった作業を片付け、次にこの作業を準備して置かなければ明日へ繋げられない、そういった事柄の全てが煩わしく思えて仕方ないのですよ。時間という誓約に囚われた憐れな咎人、そんな無味乾燥な味気ない日々があのような奇妙な夢を見させたのかも知れません。」
与作「ま、お前さんは夢と現実の区別がハッキリ白黒ついてそうだから心配する必要はねえんだろうけどな。ところでお前、今は何の仕事してやがるんだ?」
偉影逸「私の今の生業ですか?私は今、各地を点々として旅先で訪れた飲食店や遊技施設などのレビューを書いて原稿料をもらうコラムニストをしております。お陰様でフォロワーも増え、知名度もかなり上がったので事務所との専属契約も打ち切ってしまい、今は俗に言うフリーライターと言う立場にいる仕事なのですよ。」
与作「夢の中のお城で楽器弾いて歌うたってる以上に自由人じゃねえか!何だ!?いったい何が不満だってんだオメェはよ!?逆に束縛願望でもあるんじゃねぇのかオメェ!?」
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度数都営府「借りている本に誤ってコーヒーをこぼしてしまったのです。慌てて拭き取ろうとしたらチカラが入り過ぎてしまい、ページがぐしゃぐしゃになり更に破けてしまったのです!その本は古い本な上に高価で更には既に絶版で、中古でも入手するのは困難を極めます。国内でも持っているのは数人レベルではないか?と思っています。私はその事を知人に正直に話すべきなのでしょうか?嗚呼!神よ!」
黒瓜「まあ、よくある話だよね。その本の破れたページに書かれてる内容、って覚えてるの?今じゃ本の修理屋さん、なんて言う職業だってあるんだし、ちょっと値は張るだろうけど直してもらえば?」
度数都営府「それが、コーヒーをこぼしたページというのが、よりによって挿絵のページだったのです!どんな絵だったか覚えてすらいないし私にはそんな絵心など持ち合わせてはいないのです!しかも動揺したのか破れたページも何故かどこかへ紛失してしまいました!おお!神よ!」
黒瓜「ああ、そう。じゃあ正直にやらかしちゃいました!ってカミングアウトしちゃえば?隠しとくとロクな事ないよ?」
度数都営府「おそらく知人は寛容な心の持ち主なので、私を赦してくれるとは思うのです。しかし私は知人の信頼を著しく裏切ってしまった!もし赦されたとしても、私はこの先知人に対して申し訳ない気持ちを抱き続けねばならない!ええ!神よ!」
黒瓜「それで結局どうしたいの?紛失したページの在りかを占いで探してほしいのかい?本のページの内容は覚えていないから修理も出来ない、正直に暴露しても自責の念でいっぱいいっぱい。いっその事、本を返すのズルズル待ってもらって借りっぱなしで時効でも待つかい?」
度数都営府「知人は物を大事にする性分なのです。年代物の本などは鍵付きの本棚に丁寧に収納し、滅多に外に持ち出したりしない程の几帳面なコレクターなのです。もし正直に本をダメにした事を打ち明けたなら彼はどれほど落胆し、愕然と肩を落とすかと思うと。NO!神よ!」
黒瓜「う~~~ん、本の内容云々は別にして博物館並みに大事にしてる、と?その上滅多に本棚から出したりもしない、と。う~~~ん、そうだなぁ、じゃあこうしたらどうだい?本にコーヒーをこぼした事は黙って何も打ち明けず本を知人に返却する。もし知人が本のページが破れている事に気づいて問い詰められたらその時は正直に白状する、というのはどうだい?」
度数都営府「そ、それで本当に大丈夫なのですか?言われてみればコーヒーをこぼしたページは慌てて拭いた為ボロボロになってしまいましたが、確かに本の背表紙は何らダメージはありませんが。んん?神よ!」
黒瓜「ちょっと聞いただけだけど、ざっとあなたの知人のプロファイリングさせてもらうと、小難しい本の内容は別に置いといてその本が本棚に収まってさえいればそれでいい、っていう単なるコレクターなんだろうと私は思うよ。要はアンティークな雰囲気が好きな道楽者という見立てだ。私の予想ではその知人というのはおそらく黙って本を返してもページの破損には気づかないか、もし気づいたとしてもそんなの忘れた頃、下手すると数年後経過した時とか気まぐれに本を開いた時だったり、運が良ければ(?)ページの落丁が発覚する前に別の理由で、例えば突発的な火災とかでコレクションごと喪失してしまうかも知れないだろうし、なんとなく君の知人は大事な本の中身なんか確認しない、そんな気がするよ。一種の賭けみたいな話だけど、落胆させるのを先伸ばしにしてもらったらどうなの?って事だね。」
度数都営府「なんと!そのアドバイスは尤もらしく説得力に満ちています!知人は確かに几帳面ではありますが、博物館気取りの部屋から察するに背表紙さえ問題なければ本のページまでは確認しない、と?私はそれに賭けてみようと思います!YEAH!神よ!」
黒瓜「やっちゃったモンは仕方ないからな。損害額にもよるが、敢えて何も告げないほうが本人の為、って事例だってあるよね。それで占い、ってか相談料なんだけど………」
度数都営府「お陰で少し気が楽になりました!礼を言います!嗚呼!罪深き私めにどうか御容赦を!」
黒瓜「ま、占う程の相談でもなかったからな。○○○○、ってトコかな?」
度数都営府「………、持ち合わせが少々足りません!申し訳ない!残りは後日必ず払います!では私はこれで。相談に乗っていただき、誠に感謝いたします!アデュー!ABBAよ!」
都営府はそう言うと、スーツのポケットからくしゃくしゃになったお札をカウンターに置いて退店した。黒瓜は嫌そうな顔をしつつもくしゃくしゃのお札を広げた。広げたお札の内、その内1枚は部分的に茶色く変色した、お札とは違う何かの紙切れのようだった。
黒瓜「………なんでアイツ、破れた本のページくしゃくしゃにしてポケットに入れてんの!?財布すら持ってないのかアイツ???」
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