42 ハーレム増員…!?
「まちなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!」
ツバメのように小さな身体から発せられているとは思えないほどの蛮声。
拡声魔法などなくとも、見る者すべてを震撼させる。
ネズミ一家も何事かと、壁の穴から飛び出してくるほどに。
その躍動が最頂点に達するとき、黄金の太陽のごとく輝いた。
そして静止。
それはほんの一瞬の出来事であったが、すべての者が刮目していた。
そして魂に刻み込んでいた。
金糸のようなテールを天衣のようになびかせる、少女の姿を……!
観客たちから「おおっ……!?」と、驚きと感嘆が入り混じった声が漏れる。
それほどまでに、神々しい……!
もはや、戦女神の降臨といってもよいほどに……!
その御温顔も、さぞや有り難いに違いない……!
と誰もが思った。
観客たちが『思う』ことしかできなかったのは、そこだけ唯一、見えなかったからだ。
輝きのあまり、逆光が生まれていたからではない。
ちいさな女神の顔は、とぼけた犬のマスクで覆われていたのだ……!
勇ましさと美しさを微笑ましさに変え、黄金のツバメは自慢のテールを翼のように折りたたみ、急降下をはじめる。
「せいりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
頬をぴしゃりと打つような雄叫びに、観客たちの身が引き締まった。
そしてもはや、目を離せなくなる。
わんわん女神の、行く先に……!
黄金の三角を描く軌跡、その終点にいたのは、先ほどまでこの場を支配していた者……!
目玉をひん剥き、アゴが外れんばかりの大口を開いた、邪悪なナスビであった……!
「ノォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?」
その瞬間、彼だけが見ていた。
疾風のごとき飛来する、十字架を……!
それは女神の新必殺技、『惑星直列』……!
コーナーポスト最上段どころか、天空の如き高高度からのクロスチョップであった……!
隕石の直撃を受けたように、ナスビの身体が指揮台ごと沈む。
……ドォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
粉々に砕け散る栄光の台座と、反逆ののろしのような噴煙……!
行く末を見守っていた観客たちは息を呑み、一斉に立ち上がった。
そして、拝観するっ……!
白煙の向こうで逆巻く、女神のツインテールを……!
鉄槌のように振り下ろされる、女神のゲンコツを……!
記念パーティに突如乱入した少女は、主催者にフライングクロスチョップをかました。
しかもそれだけでは足りなかったのか、マウントパンチを始めたのだ……!
……ガスッ! ゴスッ! バキッ! ドカッ!
拡声魔法を通して、拳がめりこむ音が場内に響き渡る。
そして、憤怒も……!
『ミッドナイトシュガーはっ! アンタのためにっ! がんばって! きたのよっ! 汚い手もっ! さんざん! 使ってきたわっ! でもそれはっ! ぜんぶ! ぜんぶぜんぶ! ぜんぶっ! アンタのためなのよっ! それなのにっ! アンタは! この仕打ち! 許せない! 絶対に許せない! 許せない許せない許せないっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
パンチの豪雨に悲鳴もあげられず、ボコボコになっていくナスビ。
返り血が飛び散り、砂かぶり席の少女のブーツに当たる。
自分のずきんと同じ色の血。
しかし何の感想もない。
なぜならば、あまりのことに声が出なかったのだ。
……少女は、父親だけがいればいいと思っていた。
その他の者には興味なし……いや、むしろ敵だとすら思っていた。
すべてを排除してきた少女にとって、ただひとりの味方は父親だけだった。
でも、それだけで彼女はじゅうぶんだった。他にはなにもいらなかった。
しかしその唯一の希望に見捨てられた今、自分を助けてくれる者など、この世にはいない。
女神ですら、そっぽを向くだろう……。そう思い込んでいた。
しかし彗星のように降ってきたのだ。思いもよらぬ人物が。
それは、少女にとっては初めての衝撃だった。
そしてそれは……無関心以外の感情を、他者に抱いた瞬間でもあった。
しかし彼女は、その『感情』が何なのかわからない。
頭と心はグチャグチャにかき乱されるばかりで、言語化できずにいた。
命を狙ったのんの命を、助けに来たのん……!?
それは、なぜなのん……!? 信じられないのん……!? 狂ってるのん……!?
父親の影響か、何事も理詰めで考える少女にとっては、それほどまでにカルチャーショックだったのだ……!
震える瞳に、ただただバイオレンスを映していると……ちびっこ救世主の背後に立つ、人ならざる影を認めた。
とっさに叫ぶ、
「あ……! あぶないのん! シャルルンロット!」
しかし少女の言葉は届かなかった。
……ゴシャッ!!
マスクの後頭部に、警備スケルトンの剣の柄が振り下ろされ、雨は止んだ。
助けに来たはずの少女は、下ごしらえが終わったばかりのナスビに、ぱたりと倒れ込んでしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小一時間後。
ステージを汚した血糊はキレイに拭き取られ、新しい指揮台が用意されていた。
警備の『マジック・スケルトン』も大幅増員。
もはや蟻の子が入るスキもないほどの体制になっている。
観客はざわめいていたが、理由はそれらではない。
壁のレリーフ、その高所に縛りなおされた少女が、ひとりではなくなっていたからだ。
赤ずきんの少女を中心として、犬のかぶりものをした少女たちが3名。
ひとりは猛犬のようにウガーウガーと暴れ、ひとりは「おじさま……」と祈りを捧げるようにつぶやき、ひとりはシクシク泣いていた。
ケガの手当を終えたナスビは真新しい指揮台に再び登壇すると、悪いイメージを払拭するように叫んだ。
『皆様、お見苦しいところをお見せしてしまったノン! この子供たちは、ずっとこの私に嫌がらせをしてきた、躾のなっていない悪ガキたちなノン! まさか来賓客のフリをして忍び込んでいようとは、思わなかったノン! でも、ひとりが飛び出してきてくれたおかげで、炙り出せたノン!』
……シャルルンロット、プリムラ、グラスパリーンの3人は、馬車の中で目覚めた。
そして手紙を読み、ゴルドウルフとミッドナイトシュガーは『蟻塚』の最下層にいると推理したのだ。
そうなると、大人しく待っていられる彼女たちではない。
拡張記念パーティに訪れた客に混ざって、昇降機で最下層へと向かったのだ。
そして目の当たりにする、衝撃の光景。
娘を不死者にすると高らかに宣言する、狂気のナスビを……!
堪忍袋の緒がブチ切れたシャルルンロットは、仲間たちが止めるまもなく客席からダイブ。
不届きな親に鉄拳制裁を加えたものの、途中で警備のスケルトンに妨害されてしまった。
そして結局……仲間たちも芋づる式に捕まってしまい、儀式の仲間入りをさせられてしまったのだ。
本来であるならば、聖女のプリムラがいれば、大事に至ることはないはずだった。
しかし……今は隠密行動のためにマスクを被っていたので、それが仇となってしまった。
プリムラは今や、聖女の名家『ホーリードール家』の次女ではなく、へんなマスクをかぶったいたずら小娘でしかないのだ。
ミッドナイトシャッフラーは、思わぬ収穫にほくそ笑む。
……逃したと思っていた獲物が、わざわざ来てくれたノン……!
しかもグラスパリーンだけでなく、ふたりも……!
金髪ツインテは手のつけられない悪ガキだノン。
でも秘術を施してしまえば、素直になるノン。
性格は最悪だが、顔は申し分ない……!
しかも歳は、『つ離れ』する前……!
私のハーレムの第三夫人として、文句なしの合格だノン……!
聖女のほうは、見た目と性格は合格ノン。
秘術でこの私を「おじさま」と呼ばせたいノン。
しかし……だいぶ薹が立っているノン。
ババアをハーレムに入れるのは、やはり躊躇するノン。
まあ下働きとして、我が夫人たちの世話をさせて、たまに可愛がってやるノン……!
ハーレム開設を宣言してすぐに、一気に四人も立候補者が現れるとは……!
これもすべて、この私の人徳によるものノン……!
おっと、でも喜ぶのはまだ早いノン……!
野良の仔犬どもは捕まえたノン……でも、まだ1匹残っているノン……!
無駄に大きくて、どこまでも醜い野良犬……!
役立たずのくせに、この『蟻塚』の完成記念パーティをメチャクチャにした、野良犬……!
せっかくだからソイツも、余興に使ってやるノン……!
これぞまさに、因果応報……!
勇者に逆らった者が、どんな末路を辿るのか……失禁するほどの恐怖をもって、骨の髄まで思い知らせてやるノン……!
次回、野良犬見参…!?