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41 ナスビの野望

 『蟻塚』の最下層、『王の間』は狂気なほどに絢爛であった。


 屋内サッカー場のような広大なる敷地には砂金が敷き詰められていて、さながら黄金の砂漠。

 その上には遭難者のようにさまよい歩く、無数のゾンビの群れ。


 周囲にある2階の客席では、今回の拡張記念パーティに招かれた勇者や貴族たちがテーブルを囲む。

 物言わぬ給仕たちが次々と運んでくる、贅沢な料理に舌鼓を打ち、祝福するようにワインを傾けていた。


 彼らが祝意を送っていたのは、もちろん死者たちにではない。

 場内の最深部にある、玉座である。


 ステージ状になっているそこは、壁一面のレリーフと一体型のデザイン。

 金殿玉楼と呼ぶにふさわしいゴージャスな装飾。


 中央に鎮座する者を、生ける美術品のように飾り立てている。

 それがたとえナスビであったとしても、ひれ伏したくなるほどの特別感を与えていた。


 そのすぐ下で扇状に展開していたのは、死者の楽団。

 一糸乱れぬ動きで、王を称えるメロディーを奏でている。


 オープニングがわりの演奏が終わるのを待って、王は立ち上がった。

 そして立ち木のようにひょろ長い両腕を広げ、高らかに宣誓する。


 神経質そうなキンキン声は伝声魔法によって、玉座の遥か向こうの壁穴に棲む、ネズミ一家にまで行き渡っていた。



『蟻塚の拡張記念パーティに、ようこそおこしくださいましたノン! この「王の間」は、ご存知のとおり、驚きの短期間で作られましたノン! それも、私が日々提唱する「滅私奉勇」が実を結んだ結果……! 労働者との深い絆によって生まれた、賜物ですノン! もはや労働力に、命は不要……! 働く気持ちさえあればいい……! それが証明されましたノン!』



 それは言葉どおりであった。

 拡張工事をしたのは中央でさまよっているゾンビたちであるし、楽団も生者はひとりもいない。


 客席で来賓をもてなしているのも、タキシードを着せられた『マジック・スケルトン』である。



『ここにいる労働者たちは、勤労の素晴らしさに目覚め、24時間働き続けることを望んだノン! だから私は、彼らのために決して疲れない身体を与えてあげたノン! そして、ついに気づいたノン! 生者と死者……この関係こそが、選ばれし我々と、選ばれなかった彼らが最も幸せになれるということを!』



 ジャァァァァァァァァーーーーーンッ!!


 楽団のジングルに、電流を流されたマウスのように反応するゾンビたち。

 ぎこちない動きで、骨が垣間見える手をカチカチと打ち合わせる。


 遅れて観客たちが、盛大な拍手を投げかけた。



『この幸福実現のためには、私が開発したミッドナイトアロマが大いに役立ってくれましたノン! しかしこのミッドナイトアロマにも、いくつか問題点がありますノン!』



 彼の述べる問題点というのは、ふたつあった。


 まずひとつめは、勇者のいるところでは焚くことができないこと。

 勇者に対しては当人の同意なく、洗脳や催眠、もしくはそれに類する行為をするのは禁じられている。


 建設中の『蟻塚』には労働者しかいなかったので、ずっとミッドナイトアロマを炊いていたのだが、完成してオープンした後からはそういうわけにはいかなくなってしまったのだ。



『煙によって死ぬのはゴキブリだけでじゅうぶんノン! こうやって訪れてくださった来賓の皆様がたを危険にさらすことはできないので、普段は炊けなくなってしまったのですノン!』



 そしてふたつめの問題は、自我の残留。

 一切の感情を捨て去り、労働にのみ意識を集中させたいのに、かつての人間の欲望や悩みが残っていて、それが使役に不都合を及ぼすことがあるのだ。



『勇者のために労働に従事して、勇者のために役立つことこそが、彼らが最も幸せになれる唯一の道なのは、明白だノン! しかし彼らは愚かにも、雑念を完全には捨てきれないノン!』



 王はそこでいったん演説を区切る。

 エナメルの革靴をコツコツと鳴らし、壁のレリーフに近づいていった。


 装飾の一部を覆うように、光沢を放つ布が掛けられている。

 彼はそれを、しゅるりと取り払うと……。


 そこにはなんと、十字形に拘束された、彼のひとり娘の姿があった……!



『私は研究を重ね、ついに発見したノン! 完全にピュアな、曇りなき労働力を得る方法を! 今度こそ、無休、無報酬、無心……! 捨てる所がない食材のように、身も心も、私に捧げさせる秘術を……!』



 観客がどよめいたのも気にせず、彼は続ける。



『名誉能天(のうてん)導勇者(どうゆうしゃ)であるわたくし、ミッドナイトシャッフラーは、今ここに、秘術を使った「究極のハーレム」の開設を宣言するノンッ……!!』



 そしてさらに、耳を疑うような一言が……!



『……最初の秘術を我がひとり娘、ミッドナイトシュガーに施し……! 第一夫人とするノンっ……!!』



 ジャァァァァァァァァーーーーーンッ!!


 激しいインパクトのあと、静かに始まる演奏は、希望と絶望のソナタ……!


 寒気がするほどに艷やかなナスビが、赤いずきんを覗き込む。

 そして拡声されないほどの小声で、密やかにささやきかけた。



「……本当は、グラスパリーンを第一夫人にしたかったノン。でも、キミが帰してしまったせいで、それも叶わなくなってしまったノン。イベントをひとつ台無しにした責任を、キミにはとってもらうノン」



 これが夢であると願うように、虚ろな瞳で父を見上げる娘。



「ち、父上……本当に……? 本当に、のんに秘術を……?」



「そうノン。どのみち9歳の誕生日のときに、第二夫人として秘術を施すつもりだったノン。女は『つ離れ』すると、(けが)れはじめるノン。だからその前に、キレイなままの身体で時を止め……永遠の少女たちだけの楽園を『王の間(ここ)』に創る……これがずっと私が思い描いてきた、理想のハーレムなノン」



 ……『つ離れ』とは、10歳になることである。

 (ひと)つ、(ふた)つ、(みっ)つと数えていって……(ここの)つで『つ』が付かなくなることから、子離れの目安にもなっている。


 ミッドナイトシャッフラーが死術を追求していたのは、都合のいい労働力の確保だけではなかった……!


 無垢なままの姿と精神で、自分に無償の愛を注いでくれる、死者のハーレムの設立……!


 自分は天国、まわりは地獄の、狂気のネバーランドの開国だったのだ……! 



「……この父に永遠に愛されるなんて、幸せノン……? なあに、寂しくはないノン……! だってすぐにグラスパリーンや、その他の子たちも、ここに集まってくるノン……!」



 じゅるり、とした舌なめずりに、赤ずきんは初めて父親に総毛立った。



「お、お許しくださいのん、父上……! 父上に愛されることは、のんがずっと望んでことなのん……! 父上が笑顔になれば、きっと自分も笑顔になれるって、思っていたのん……! のんががんばれば、父上が笑顔になるから、のんはがんばってきたのん……! でも、自分は笑顔になれなかったのん……! 笑顔を知らないまま死者になるのは、嫌なのん……! せめて、せめて……!」



 しかし少女に与えられたのは、どこまでもやさしく、しかしどこまでも空虚な「ノン」という短い一言だった。



「……怖がることはないノン。笑顔なら、ノンが『笑え!』と言えば、そうなるノン」



 隣で秘術の準備を進めていた骸骨たちがAIスピーカーのように反応、カタカタと下顎を打ち鳴らした。



「そ、そんな……! 父上っ! 父上っ!」



 なおもすがる愛娘に、何の未練もなさそうに背を向ける父親。

 骸骨たちが用意した儀式用の指揮台にあがると、十字架のように両手を広げた。



『では……これから拡張記念パーティの余興として、秘術をご覧に入れますノン! これは今までの方法とは異なり、肉体を美しく保ったまま、精神を完全に支配する……! まさに生きた蝋人形を作り上げることができますノン! しかも、アロマのように継続的に効果を与える必要はない……! 一度施してしまえば、永続……! 永久(とこしえ)に、勇者に尽くす幸せに従事できますノン! しかもそれは、驚きの方法なのですノン! 観客の皆様はこれから何が起ころうとも、決して慌てないでほしいノン! そしてまさに奇跡ともいえる光景を、決して見逃さないでいただきたいノン!』



 ミッドナイトシャッフラーは目論んでいた。

 これから行う秘術で勇者としての圧倒的な力を見せつけ、ここにいる観客たちを掌握することを……!


 しかし……奇跡は彼が思っていたより、ずっと早く始まった。



「まちなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!」



 王が、民衆が、そして今まさに処刑されようとしている少女が、その勇猛なる声を聞いた。

 そして、仰ぎ見ていた。


 客席の最上階からダイブし、Vの字型の軌跡を残しつつ急降下する、金色のツバメを……!!

ちなみにミッドナイトシュガーは勇者ではないです。

というか、この世界には女性の勇者は今のところ存在していません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今のところは女性勇者はいないということは、制度としては女性でも勇者になれるということでしょうか? [一言] ・・・うん、やっぱり勇者は頭がおかしい(再認識) うおおおおお金のツバメよ…
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