40 昇進試験、終了
ゴルドウルフが壁のスイッチをガコンと倒すと、通路の手前と奥、ふたつの石扉がスライドして開いた。
奥側に開けた道は、最下層へと続く階段。
手前側の道は、ちびっこパーティがいるもうひとつの通路だ。
最下層への道が開けたということは、彼女たちはすでにスイッチを作動させていることになる。
ということは、彼女たちは通路を突破できたのであろう。
オッサンは安堵を覚えながらも、無事な姿を確認するまでは油断ならないと、気を引き締める。
そそくさと少女たちを迎えに行った。
そして……彼は垣間見る。
小部屋の向こうで倒れる、少女たちの姿を……!
オッサンは一も二もなく地を蹴る。
部屋に飛び込むと、3人の少女たちがうつ伏せになっていた。
まずは手近にいたプリムラを抱き起こす。
「プリムラさん! プリムラさん! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
細い肩を掴んで揺さぶると、「んっ……」と桜色の唇が震え、花びらのような瞼がうっすらと開く。
眠れる森の美少女は、王子様を認めるなり、
「きゃっ!?」
びっくう! と肩を跳ねさせた。
化物に襲われたようなリアクションに、ゴルドウルフは余程怖い目に遭ったのだろうと心を痛めた。
しかし自分がいまだにマスクを被っていることに気づき、いたたまれない気持ちでそれを外すと、
「あ……お、おじさまだったのですね……す、すみません……」
プリムラは病人のような、疲れた笑顔を浮かべた。
「こちらこそ、驚かせてしまってすみません。それよりも、どうしたのですか? 何かあったのですか?」
「はい……ドラゴンゾンビに襲われました……。でも、グラスパリーン先生のマナシールドで守っていただいて……シャルルンロットさんとミッドナイトシュガーさんの連携で、なんとかやっつけたんです……。でも、上に乗っていた人には、逃げられてしまって……」
途切れがちの言葉と、震える指先。
示していたのは、天井にある通気用の穴だった。
「……わかりました。いまはお疲れでしょうから、休んでください」
「い、いいえ……もう、大丈夫れすぅ……」
と言いつつも、プリムラは再び意識を手放してしまった。
ゴルドウルフは少女たちに怪我などないか、ひとりひとり確認する。
シャルルンロットもグラスパリーンも目立った外傷はなく、疲労しているだけだとわかった。
しかし部屋にいたのは3人だけで、ミッドナイトシュガーの姿はどこにも見当たらない。
試験官少女の姿を求めて視線を巡らせていると、床に落ちている封筒に気づく。
拾って中を開いてみると、そこにはこの『蟻塚』の昇降機を使うための記章が4つと、小学校中規模クラスの教員証、そして手紙が一通入っていた。
グラスパリーン・ショートサイト教諭へ
昇進試験は合格のん。
同封している昇降機を使って外に出るのん。
家に帰るまでが試験のん。
ミッドナイトシュガー・ゴージャスティスより
簡潔な文章に目を通し終えたオッサンは、眠っている少女たちの胸にバッジを付けた。
そして左右の肩でふたりを担ぎ、ロープで作った即席の抱っこ紐でひとりを担ぐ。
大胆な人さらいのような彼が足を向けた先は、このフロアの中心。
大広間にある魔法仕掛けの昇降機を使い、一気に地下迷宮の外へと出た。
沼のそばに停めておいた馬車に少女たちを乗せると、
みなさんへ
私は必ず戻ってきますので、ここから決して動かず、待っていてください。
明かりや毛布、食べ物や薬などは、一緒に積んである箱の中にあります。
もし明日の朝まで戻らなければ、アントレアの街に先に帰っていてください。
錆びた風にも伝えてありますので、明日の朝になれば御者がいなくても馬車は動き出し、街へと戻ります。
ゴルドウルフ・スラムドッグ
さらなる手紙をしたため、ミッドナイトシュガーの封筒に同封。
嬉しそうに寝言を繰り返すグラスパリーンの手に握らせた。
「むにゃ……ゴルドウルフ……せん……せえ……やりました……私、やりました……よ……子供たちを……子供たちを……守れ……ました……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
重厚な書斎机と、それに負けない革張りの椅子。
石壁を向いて座っていた人物は、軽く背もたれを軋ませながら振り返る。
「……ほほぅ。グラスパリーンは『クリアスカイ』の使い手だったノン?」
心までひん曲がっていそうなナスビ面の男は、興味深げだった。
机の前で起立していた赤いずきんの少女が、静かに肯定する。
「のん、父上」
「従って、昇進試験は合格と判断し、グラスパリーンを帰した……キミはそう言いたいノン?」
絡みつくような声に、少女の顔に緊張が走る。
「……のん、父上」
直後、骨ばった拳が振り下ろされ、ダァンッ!! と机上の小道具たちを震えあがらせた。
「ノン! ノン! ノォーンッ!! ミッドナイトシュガー! キミに与えた任務は、グラスパリーンをこの最下層まで連れて来ることノン! 試験の合否判定などでは、決してなかったはずノンッ!!」
「……父上、グラスパリーン教諭はまだまだ未熟のん。でも、生徒たちのことを誰よりも考えているのん。彼女を失うのは、勇者教育において大きな損失のん。もっと別の者を対象にしたほうが……」
「ノンッ!! あの穢れを知らぬ娘でなくてはならないのんっ!! せっかく、記念すべきこの日にハーレムを開設し、彼女を第1夫人とするつもりだったのに……! 我が娘が、台無しにしてしまったノン!!」
「……申し訳ないのん、父上……。のんにできることであれば、なんでもするのん」
「もうダメだノン!! 終わりだノン!! 我が娘に、愛する我が娘に裏切られてしまったノンッ!! きっと我が娘は、私のことを愛していないノン!!」
「そんなことないのん、父上……! のんは、のんは……父上のことを、愛しているのん……! 父上のためであれば、この命も、惜しくないのん……!」
「ああ……! 我が娘、ミッドナイトシュガー……! どんなに愚かでも、どんなに過ちを犯しても、かわいい娘にかわりはないノン……! さぁ、こっちにおいで……!」
「のんっ、父上っ……!」
枝のような両腕を広げて迎えてくれる父親。
いつもであれば娘は、我を忘れて飛び込んでいるはずなのだが……なぜか今日に限っては、肌に触れる寸前、わずかな迷いを見せた。
もちろんその変化を、邪悪なる導勇者が、見逃すはずもない……!
「……かわいいかわいい、ミッドナイトシュガーよ……キミはたしかもうすぐ、9歳になるノン?」
「はい、覚えていてくださったのん」
「愛娘が生まれた日を、覚えていないわけがないノン。では、こうするノン。これから行われる『蟻塚』の拡張記念パーティと一緒に、ミッドナイトシュガーの誕生パーティも行うノン」
「……よろしいのん?」
「無論だノン。立派になった姿を来賓客にも見てもらって……『祝って』もらうノン」
「嬉しいのん、父上……!」
気の迷いを吹っ切るように、洗濯板のような胸に顔を埋める少女。
そうするといつもであれば、心がゴシゴシと洗われるほど気持ちいいはずなのだが……なぜか今日に限っては、痛かった。
りんごのような頬を寄せるたび、誰かの胸板の感触が思い起こされる。
しかし少女はまだ、気づかずにいた。
次回からはいよいよ、終盤戦…!
ミッドナイトシャッフラーの企みとは!? そしてゴルドウルフはどう立ち向かうのか…!?
ご期待ください!