38 天ぷら勇者
それは人間か、鳥か……!?
それとも鳥人間か……!?
いや……!
もはや鳥人間ですらない……!
変なかぶりものをした人間……!
それだけは依然として、『同じ』っ……!
だが……! だがしかしっ……!
右肩からは白炎のように燃え上がる剣羽……!
左肩からは闇を切り取ったような、漆黒の飛膜……!
白と黒、光と闇、表と裏、善と悪……!
そして、慈悲と無慈悲……!
相反するふたつの翼を、朝のように、夜のように広げ……!
濁流の上を、空と海の支配者のように翔ぶ、その人影は……!?
そう……!
ゴルドくんの皮をかぶった、オッサンであった……!!
「「えっえっえっえっえっえっ!? えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
驚天動地のあまり、頂きから転げ落ちるコロボックル……!
ドラゴンゾンビのくるぶしほどまで浸水していたアシッドブレスに、ボチャンと浸かり……!
全身に熱した油をかけられたように、皮膚を焼かれる……!!
……ジョバァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」」
彼らがフライとなるまでの間……アンデッドモンスターを葬る最後の方法について教えよう。
それは、『救済』が有情、『遺恨』が通常だとすれば、まさに非情……!
魂を肉体ごと握りつぶし、灰燼と化す……!
現世に残すどころか、天国にも地獄にも行かせず、魂の存在自体を抹消する……!
生者への最大の罰が死刑だとすると、これは死者にとっての最大級の制裁……!
死してなお苦しみを与え、有形と無形、その者が持つ全ての概念を、跡形もなく消し去る……!
この無慈悲が与えられた者ができることは、ただひとつ……!
来世すらも奪われた、絶望の阿鼻叫喚をあげるのみっ……!!
「「ギャォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?!?」」
異形の左手がドラゴンゾンビ夫婦を掴むと、現世との繋がりを断つように捻じ曲げられた。
一瞬にして全身が炭化したように渇死し、ひび割れる。
マグマのような赤い閃光が漏れたかと思うと、
……ドバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!
轟裂とともに遺灰を撒き散らした。
骨すら拾うことすら許さず、輪廻から強制退場させる……!
悪魔にだけ許された、その所業の名は……!?
……『滅殺』っ……!!
「「ひっ!? ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」」
無敵だと思っていた馬を、一瞬にして焼却処分されてしまったふたりの勇者たち。
亡者のように焼けただれた肌をあわせ、縮み上がっている。
踏んだり蹴ったりの彼らではあったが、実は僥倖を得ていた。
野獣……いや、悪魔と化したオッサンの凶眼を見ずにすんでいたのだ。
マスクの上からでも、テールランプのように尾を引く真紅の眼光。
ソレにもし、まともに照射されていたら……恐怖のあまり、精神すら焼かれていたに違いない……!
しかし、ゴルドくんの被り物をした悪魔が首を傾け、背後の確認する頃には……亡者たちの姿は跡形もなく消え去っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オッサンはゴルドくんの被りものをしたまま、足早に廊下を進んでいた。
すでに背中には翼はなく、かわりに小学生くらいの少女たちが付き従うように追いかけてきている。
「この先は三叉路になっていて、行き止まりにある三箇所ある床のスイッチを一定時間内にぜんぶ踏まないといけません。ひとりでも可能ですが、時間がかかりますのでルクプルも手伝ってください。私は正面の通路を行きますので、ルクは左、プルは右の通路をお願いします」
「はーい、我が君! それでプルたちを呼んだんだね。でも、スイッチを踏むだけ?」
「これプル、我が君に口答えしてはいけませんよ」
「口答えじゃないよぉ! ちょっと簡単だなーって思って! じゃあ我が君! プルが一番に踏んで戻ってきたら、ご褒美ちょうだい!」
「かまいませんよ」足を止めずに答えるオッサン。
「一番にならなくても、この『蟻塚』から帰ったら、ふたりの好きな所に連れて行ってあげましょう」
「やったーっ! プル、『食べ放題』ってのに行ってみたかったんだ!」
「もう、プルったら……」
「ルクは!? ルクはどうするの!?」
「ルクですか? ……そうですね、『動物園』というものに行ってみたいです」
「わかりました、食べ放題に動物園ですね。だからあと少し、がんばってください」
「はい我が君!」
「うん我が君!」
ちょうど次の関門である三叉路にさしかる。
事前に示し合わせていたとおり、白い少女はしとやかに左の通路に向かい、黒い少女は人参をぶらさげられた仔馬のように右の通路へと駆けていく。
「……あ、プル! 走ってはいけませんよ! 急ぐのは大切ですが、転んでは元も子もないですからね!」
「はぁーい!」
白い少女にたしなめられ、黒い少女はスピードを落とした。
そのスキに、白い少女は風のような勢いで滑りだす。
……『煉獄』で出会った、ちいさな天使と悪魔。
彼女たちは魔界では知らぬ者がいないほどのやんちゃ娘だったのだが、ただの人間であるオッサンのしぶとさに興味を抱いてひたすら付け狙った。
しかし最後まで殺すことはできず、逆にオッサンの不死身っぷりに窮地を救われ、忠誠を誓うようになったのだ。
盟約で命を捧げているので、彼女たちはオッサンからあまり離れることができない。
別行動できたほうが便利ではあるのだが、彼女たちは思考が人間とはかけ離れていて何をしでかすかわからないので、オッサンにとっては側にいてくれるほうが都合がよかったりする。
なにせふたりが暴れだすと、この『蟻塚』が崩壊する程度ではすまないのだ。
オッサンは一抹の不安を覚えながらも、数メートル先にあるスイッチを踏みに行った。
どうやらすでにルクプルは仕事を終えていたらしく、仕掛けが作動し、行き止まりにある壁がスライドして開いた。
「我が君、お待たせしました!」
声に振り向くと、雪の妖精のような少女がトトトトと走ってきていた。
いつも落ち着いている彼女にしては珍しく息が荒い。
ルクはスピードを緩めず背後を見やり、プルがいないことを確認すると、オッサンの腹にバフッと飛び込んだ。
そのままニオイつけでもするように、腹筋に顔を埋める。
……ルクはお姉さんのつもりでいるのか、プルがいる所では決してオッサンには甘えない。
こうやって別行動する時に生まれる、わずかなふたりっきりの時間こそが、彼女にとっての数少ない『あまあまチャンス』なのだ。
しかしそれも一瞬、彼女は飼い主の脚を通り過ぎる猫のように一瞬だけスリッとしたあと、居住まいを正した。
次回、プルの危機…!?