37 ゴルドくん、翔ぶ…!
『スラムドッグマート』のマスコットキャラクターである『ゴルドくん』。
人気者の彼には様々なグッズが存在しているが、そのなかでも最新作にあたるのが『ゴルドくんなりきりマスク』。
ひょうきんなデフォルメ顔のマスクで、被るだけでゴルドくんになれるというものだ。
本来は子供向けなのだが、今そこにあるマスクからは、筋骨隆々とした四肢が伸びている。
もはや3等身どころではない。
上着の襟や袖から覗く身体はどこもかしこも傷だらけなので、戦争かなにかのトラウマで、殺人鬼と化した帰還兵のようないでたちであった。
しかし彼はある意味、誰よりも『ゴルドくん』である。
その根拠は、わざわざここで述べるまでもないだろう。
そんな『リアルゴルドくん』とも言える彼は、音もなく通路を疾駆。
最初の難関である、大きな区画に飛び込んでいた。
そしておびただしい数の『マジック・スケルトン』に、わらわらと囲まれる。
しかも今までのような、骨格標本そのままのような無防備なヤツらではない。
漆黒の鎧をまとい、大鎌を振りかざすその姿は、死者というより、使者……!
人間の軍勢を同じ数ぶつけたところで、勝つことは難しいであろう、死を運ぶ軍隊であった……!
……グワッ!!
唯一の生者を嗅ぎつけた彼らは、不気味さではいい勝負のゴルドくんに一斉に襲いかかった。
大鎌の破壊力は、その禍々しい外見以上に凄まじい。
たったのひと薙ぎで、並んだ兵士たちの首をシャンパンの栓のように飛ばしてしまうのだ。
しかし迎え撃つゴルドくんの左手に握られていたのは、タコさんウインナーを1本貫くのもやっとの木のフォーク……!
……ガキィィィィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!
こんな衝撃音が響くことすら信じられない、圧倒的な戦力差であった。
しかし、散りゆく黒薔薇のように舞っていたのは、ゴルドくんの首ではない……!
死の三日月のように、不吉に宙を彩る、巨大な刃たちであった……!
ただの木のフォークに弾き飛ばされ、勢いあまってドミノ倒しになっていく死神たち。
ゴルドくんは、返す刀で右の掌を突き出した。
……ぶわあっ……!
瞬転、殺人鬼のような彼の右肩に翻ったのは、見目とは真逆のモノ……!
掃き溜めに鶴が舞い降りたような、まばゆき片翼……!
それがはばたくように広がった瞬間、すべてがハレーションに覆われる。
……シュバァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
教室ごと別の世界に転移するかのように、命なき生徒たちは縦に引き伸ばされ、光につつまれていく。
表情の伺えない頭蓋骨ではあったものの、その顔はどこか安らかだった。
雪のように降りしきる羽毛だけになった空間。
ゴルドくんは天を仰ぎながら、彼らを見送った。
……アンデッドモンスターを葬る方法は、主に3つに分けられる。
ひとつは『救済』。
不死の身体に囚われた魂を、女神の元に還すというやり方だ。
さまよえる魂にとっては、もっとも救われる方法。
この『蟻塚』でゾンビと遭遇した場合、ゴルドくんは先程したように、魂を救済するつもりでいた。
それがかつて仕事仲間であった彼らへの、せめてもの手向けだと思っていたからだ。
しかし……別の通路へと進んだ少女たちには、この方法は勧めなかった。
なぜならば『救済』というのは、手をかざしただけで成立するものではない。
聖女の『祈り』を必要とするからだ。
『浄化』の祈りは、魔導師の攻撃呪文よりも詠唱が長い。
効果の発動までに時間がかかるということは、それだけパーティを危険にさらす可能性も増すということ。
死者を救うために、死者を増やすかもしれないリスクを少女たちに強いるわけにはいかなかったのだ。
ゴルドくんは断腸の思いで、ゾンビたちにファイアボールを撃つことを指示した。
そしてそれこそが、アンデッドモンスターを葬るためのふたつめの方法、『遺恨』。
物理攻撃や魔法などで、肉体のみを破壊することである。
モンスターとしての脅威を手っ取り早く除去できるものの、効果は一時的。
魂は現世に残ったまま、さまよい続けることになる。
その枷を外れた飼い犬のような魂が、自然消滅することは稀。
大半が悪霊などに変わってしまい、さらなる災いをもたらすのだ。
長い目でみれば厄介なことになるのだが、地下迷宮を訪れる客たちはそんな事は知ったことではない。
彼らにとっては安全で手っ取り早い方法こそが最善とされるので、冒険者の間ではこの対処法が最も一般的である。
……そしてアンデットモンスターを葬る、最後の方法。
いや……これは『葬る』というには、生易しすぎるかもしれない。
……ズシャッ!
ゴルドくんだけの室内に、突如として濡れた巨人の足音が踏み込んできた。
「ララララァ~♪ ランラララララ~♪ 我が世の春よぉ~♪ これほどの強大なる力に、ひれ伏せ、ひれ伏せぇぇ~♪ みなみなひれ伏せぇぇぇ~♪」
「いえぇぇぇぇーーーいっ! さっきはよくもやってくれたじゃん、このホネホネロックども! この大いなる力に、今度はお前たちが逃げ惑う番じゃんっ! この逆転劇……! まさにロックンロールじゃぁーんっ!!」
傍若無人な振動と騒音を撒き散らしながら現れたのは、雨後の丘のような場違いな威容……!
ふたご山のように居並ぶその頂上には、ヌシのように鎮座する小さな影が……!
「オオーゥ♪ これはこれは、どうしたことだぁぁぁ~♪ 骨の者たちが、きれいさっぱり消えているぅぅぅ~♪ きっとこの私の偉大さにぃぃ~♪ 恐れをなして逃げだしたに、違いあるまいてぇぇぇ~♪」
「なんだよソレぇ!? ぜんぜんロックじゃねぇじゃん! 逃げるだなんてそんなの、俺は許しても、俺の中にあるロックの魂は決して許さねぇじゃん! せっかく野良犬なんかより、ずっといい馬を手に入れたってのによぉー!」
小男たちは、部屋の隅に佇む片翼のゴルドくんを見つけた。
「オオーゥ!? なんという、気持ちの悪い生き物ぉぉぉ~~~♪ きっと新手のモンスターに違いあるまいてぇぇぇ~♪ このドラゴンゾンビ・パパのブレスでぇ~♪ 私の前から消え去るがいい~♪ ランランララァァァ~~~ンッ!!♪」
「ロックンロール! ドラゴンゾンビ・ママのブレス……試し撃ちするにはちょうどいいキモさじゃんっ!? さあっ! 俺のシャウトで、骨まで溶けちまうじゃぁぁぁぁーーーーーーんっ!!」
……ドォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
子供ではない、大人のドラゴンゾンビによる、アシッドブレス……!
しかも、パパママ2匹ぶん……!
その威力は、空前絶後……!
壁と床が水没した入浴剤のように削れ、泡となって溶けていく……!
熱した油に放りこまれたようなすさまじい破裂音が、あたりで沸き起こる。
……ジュワァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!
飛んできた飛沫を浴び、勇者たちも肌を焼かれていたが、むしろ嬉しそうに身悶えしていた。
「オオオオオオーーーーーーーーーーーウッ!? 素晴らしい! 素晴らしぃぃぃぃ~♪ なんという、なんという芸術的破壊力ぅぅぅぅ~~~♪ これがあればぁぁぁぁ~♪ ライドボーイの頂きにぃぃぃ~~~君臨することもぉぉぉ~~~♪ 夢ではないぃぃぃぃ~~~♪ ラララララララァァァァァーーーーーッ!!♪」
「うおおおーーーっ! ロック、ロック、ロックぅぅぅぅーーーっ! このサウンド! このサウンドこそが、この俺が求めていたものじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーんっ!! テッペンじゃん! 今こそこの俺が、ロックのテッペンに立つ時が来たんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
ドラゴンゾンビのベトベトの背中を転げ回り、飛び交う酸の雫を一万円札のように浴びる小男たち。
歓喜に酔いしびれる彼らは、ゴルドくんの存在をすっかり忘れていた。
無理もない。ドラゴンのブレスを受けて生きていられるのは、人間どころかモンスターの中にも存在しないからだ。
いるとすればそれは、神か悪魔か……!?
男たちは一夜の夢のように、その人影を目撃した。
次回、ドラゴンゾンビvsゴルドくん…!