34 運命の分かれ道
ゴルドウルフは、V字に伸びる通路の鋭角のところで振り返った。
仲間たちをひとりひとり見つめながら、シリアスに語る。
「……ここは、この『蟻塚』最大の難所です。この先を二手に分かれて進み、それぞれの先にあるレバーを倒さないと、最下層へは行けない仕組みになっています。したがって、組分けをしないといけません。左側の通路を進んだ先にいるモンスターはかなり強力ですので、私は左に行きます」
オッサンはそう説明したあと、同行者たちの希望を募った。
するとミッドナイトシュガー以外は全員、左側を希望する。
希望者は挑戦意欲が旺盛というより、単純にゴルドウルフと離れたくなかったのだ。
その代表格であるシャルルンロットはすでに前に出ていて、ゴルドウルフと腕を組んでいた。
「じゃあ決まりね。ミッドナイトシュガーが右の通路を行って、他は全員、左の通路に行くってことで。ミッドナイトシュガー、アンタ試験官なんだから、ひとりでも楽勝でしょ?」
「楽勝のん。でも、そういうわけにはいかないのん。このクエストはグラスパリーンの昇進試験のん。従って、グラスパリーンから目を離すわけにはいかないのん」
「しょうがないわねぇ、じゃあグラスパリーン、アンタも右に行きなさいよ。それなら文句ないでしょ?」
「ひぃぇぇぇぇぇぇ~~~!? 試験官様とふたりっきりだなんて、そそそっ、そんなぁ~~~!?」
しかし女教師は口を波線のように震わせ、命乞いするように嫌がる。
決壊寸前のダムのような瞳で助けを求められ、ゴルドウルフは新たなる案を出すほかなかった。
「……では、私ひとりで左の通路に行きますので、みなさんは右の通路に行ってください」
ゴルドウルフとしても、ミッドナイトシュガーとグラスパリーンをふたりっきりにするのは避けたかった。
なぜならば女教師は、教え子ほど年下の試験官に対して気の毒なほどに恐縮している。
ふたりっきりになった時にどんな無茶なことをさせられても、断ることなどできそうにないと思ったからだ。
しかしプリムラとシャルルンロットがいれば、緩衝材となってくれるだろう。
それに右の通路であれば、待ち構えているのは今まで戦ってきた敵とそう変わらないので、彼女たちだけでも対処は可能だと判断したのだ。
さらに、もうひとつ懸案があった。
左の通路に待ち構えている敵は、この『蟻塚』でも最強……。
強すぎるあまり、施設を破壊しないようにと檻の中に閉じ込められているほどなのだ。
したがって左の通路の場合は、モンスターを倒すというより逃げることにある。
しかしゴルドウルフでも、同行者を守りながら逃げ切れるかは未知数だったのだ。
オッサンは少女たちを説得すると、背負っていた大きなリュックの中から小さなリュックを取り出した。
『スラムドッグマート』のマスコットキャラクター、『ゴルドくん』のぬいぐるみの形をした子供用リュックだ。
「それではみなさん、これを持っていってください。中には携帯食料や薬などが入っています。困った時に役立つアイテムも入れてありますので、何かあったら開けてみてください。この先の通路はどちらも一本道になっていて、最後に合流する形となっていますので、はぐれることはないでしょうが、念のため」
ちなみにゴルドウルフのリュックは『クォーターパック』という空間圧縮魔法がかけられたもの。
同じ容積でも4倍入れることができ、しかし重量は4分の1になるというスグレモノ。
なので子供用のリュック4つくらいは苦労することなく、余分に収納できるのだ。
渡されたリュックを次々と背負う少女たち。
背中にゴルドくんがいることによって、彼女たちはより愛らしく、より子供っぽくなってしまった。
もはや冒険者パーティどころか、遠足に行くような出で立ちである。
その幼気さにゴルドウルフの不安は増してしまったが、送り出す決意をする。
「では、最後に注意をひとつ。今まではスケルトンが敵でしたが、ゾンビがいるかもしれません。ゾンビは再生能力が高いので、剣で斬っても簡単には倒せません」
「知ってるわ! ハンマーとかで頭をぐちゃぐちゃに潰すのがいいんでしょう!?」
「そうですね、でもかなりの力を必要としますので、あまりお勧めできません。できれば……」
「聖女の祈りで浄化してください」と言いかけて、口をつぐむゴルドウルフ。
「……ファイアボールで燃やしてください。人型であればそれでじゅうぶんです。もし大型動物などのゾンビがいた場合は、剣で斬ったあとの傷口にファイアボールをぶつけ、再生を阻止するようにしてください」
「まかせといて!」「はい、わかりました」「かかっ、かしこまりましたぁ!」「……」
それぞれのリアクションを返すちびっこたち。
そしてお嬢様を先頭に一列になって、右側の通路を進んでいく。
プリムラは心配そうに一度だけ、グラスパリーンは何度も、見送るオッサンを振り返っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……ゴゴゴゴゴゴゴ。
少女たちの背後で、石のシャッターがおりる。
重苦しい音とともに退路を絶たれ、一行の間に不穏な空気が漂う。
本来であるならば誰よりも平静を保ち、子供たちを勇気づける立場のはずの女教師は真っ先に動揺。
横にいたプリムラにしがみついて震えていた。
「だらしないわねぇ、さっさといくわよ!」とずんずん歩いていくシャルルンロット。
先生に寄り添い、よしよしと撫でてあげているプリムラ。
すぐ後ろで壁が降りたというのに見向きもせず、眠たそうな顔でついていくミッドナイトシュガー。
修学旅行でお化け屋敷に入ったような彼女たち。
開けた部屋に入ると、正真正銘のオバケ……『マジックスケルトン』がぽつんと立っていた。
直後、投石機で撃ち出された石のように飛び出していったのは、我らがお嬢様である。
「コイツはアタシがやるわっ! アンタたちは指を咥えて見てなさいっ!」
言われるまでもなく、仲間たちは固まっていた。
あるひとりの少女を除いて。
「ううっ……!」
突然の頭痛に襲われ、赤いずきんを抑えながらよろめくミッドナイトシュガー。
彼女の頭の中では、警鐘のような声がガンガンと鳴り響いていた。
『あの金髪のガキは、この私が主催した剣術大会で、汚い手を使って優勝したノン……! 思い出すだけで、虫唾が走るノン……! 下級職学校のガキのくせして、私の顔に泥を塗ったノン……! だから思い知らせてやるノン……! 私が教えたファイアボールで、燃えるゴミとして始末するノン……!』
「ち、父上っ……! そ、それは……!」
『……ノン! もちろん私のミッドナイトシュガーは、やってくれると信じているのん……! そうだノン? そうだノン、そうだノン……! やるノン……! やるノン……!』
「ううううっ……!」
『やるノン……! やるノン……! やるノン……! やるノン……! やるノン……! やるノン……! やるノン……! やるノン……! やるノン……! やるノン……! やるノン……やるノン……やるノン……やるノン……やるノン……やるノン……やるノン……やるノン……やるノン……やるノン……やるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノンやるノン……やるノォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!』
地獄の亡者のように、奈落へと崩れ落ちる少女。
もうひとりの少女は、天国への階段を駆け上がるように空を舞っていた。
愛用のロングナイフを大上段に構え、勝利を一切疑わぬ、まっすぐな雄叫びをあげながら……!
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!! ナイツ・オブ……!!」
旋盤のように振り下ろされたカブト割りが、頭蓋骨の額を捉える。
刹那、お嬢様の確信が伝搬し、誰もが信じるに至った。
薪割りのように、縦に真っ二つに叩き割られる、骸骨の姿を。
……あるひとりの少女を除いて……!
ドバッ……!
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
追いかけるように飛来した青き彗星が、お嬢様の背向で爆ぜた。
冒頭のゴルドウルフのセリフで、
「左側の通路を進んだ先にいるモンスターはかなり強力ですので、私は左に行きます」
というのがありますが、最初、
「左側の通路を進んだ先にいるモンスターはかなり強力ですので、私は右に行きます」
と間違えていました。
さらりと卑怯なことを言うキャラになっていて面白かったのですが、修正しました。