28 ジャベリン、バレる…!
白きフードを稲穂のように垂れさせ、少女はつぶやいていた。
「……我ら崇める御空……我ら崇める御国……我ら崇める御名……女神ルナリリス様……大いなる荒忌へ……慈悲を与えたまえ……」
見目だけでなく、声音まで清らかなその祈り。
敬虔で慎み深く、心に染み込んでくるような穏やかさがある。
聖女の『祈り』というのは本来このようなもので、決して「いたいのいたいのとんでいけ」などでは決してない。
雪像のように身体を丸め、一身に祈祷を続ける少女。
その背後に影のように立つ、もうひとりの少女。
こそ泥のように忍び寄る、半目の赤ずきんちゃんに気づく者はいない。
みなマジックスケルトンの相手で手一杯だった。
真紅のローブの間から、衣擦れの音すらなく、樫の杖がにゅっと顔を出す。
その石突が、そーっと聖女の脇へと伸びていく。
……こうやって、くすぐってやれば……『大浄化』は中断されるのん。
そうなれば、祈りは最初からやり直し……! あの男の作戦は、成り立たなくなるのん……!
無防備な白い脇腹に、老女の手のような杖先が触れようとした、その瞬間……!
親猫に首筋を噛まれた子猫のように、ひょいとミッドナイトシュガーの身体がさらわれた。
間髪いれず、カチコミするヤクザのように突っ込んできた骸骨が、赤ずきんちゃんの鼻先をかすめていく。
イキのいい彼は止まることを知らず、壁に激突して四散していた。
「すいません、私のターゲットから離してしまいました。最後の1匹になって暴走したようです。……あぶないところでしたね。」
赤ずきんは最後の骸骨から特攻攻撃を仕掛けられたのだが、祈りの妨害に夢中になるあまり気づかなかった。
命を取られる寸前のところで、猟師のようなオッサンに助けられたのだ。
そしてようやく、マジックスケルトンたちは全滅した。
しかしひと息つくヒマすら与えられない。
部屋の奥から恐竜の骨格のような、巨大な頭蓋骨がぬうと入ってきた。
桁外れの魑魅魍魎の出現に、シャルルンロットとグラスパリーンは「わぁーっ!?」とひっくり返ってしまう。
ゴルドウルフは少しも慌てず、「プリムラさん、お願いします」と聖女に声をかけた。
「……はいっ!」
ちょうど祈りを終えた少女は、カッと目を見開く。
部屋に巨大な骸骨が入り込もうとしていたので、一瞬気後れしたものの……彼女はキリリとした表情で両手をかざした。
「大・浄・化……!!」
……シュバァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!
オーロラのような光が天から降り注ぎ、巨像じみた身体をヴェールのように覆った。
純白に包まれた白き巨影は、蜃気楼のようにゆらぐと、手ブレのような残像を引き起こす。
そして一拍置いたのち、
シュゥゥゥゥンッ……!!
わずかな粒子を残し、強制転移のごとく消え去った。
巨人の骨格標本のような彼の名は、『ジャイアント・マジックスケルトン』……!
ボスクラスともいえる強力なモンスターであるが、弱点である『大浄化』の前には、大人しく霧散するほかなかった。
顔を出したと同時に叩かれる、モグラ叩きのモグラのような仕打ちであっても……抗う術はなかったのだ。
そう、ゴルドウルフはわかっていたのだ。
マジックスケルトンの群れを倒したあとには、ボスが顔を出すことを……!
しかしボスが出てから『大浄化』の祈りを捧げていては、かなりの被害を受けてしまう。
なのでザコとの戦闘開始早々から、プリムラに準備するよう指示していた。
そして聖女の祈りのタイミングを見計らって、ザコたちを殲滅……!
『大浄化』成立のタイミングにあわせて、ボスを呼び寄せたのだ……!
「まさかジャイアント・マジックスケルトンまでいたとは……念のため大浄化を準備しておいて、本当によかったです」
オッサンがうそぶいていたのを知っていたのは、彼の腕の中でだらんと垂れ下がる赤ずきんちゃんだけであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方そのころ、ライドボーイ・ジャベリンは踊り狂っていた。
「ロックンロール! こんなホネホネ野郎、俺らの敵じゃないじゃんっ!」
変な流し目とは真逆の、たくましい四肢が獅子のごとく唸りをあげる。
ガオオンという轟音とともにブン回される、岩のようなパンチ、そしてキック。
たったの二撃で、マジックスケルトンたちを半壊にまで追い込む。
彼は心の中でも、我が世の春を謳歌していた。
やっぱりあの野良犬とは、乗り心地が違うじゃーんっ!
あの野良犬は、俺の手綱のとおりに動かないことが多々あったじゃん!
でも、ゴッドスマイル様から頂いた轡で慣らしたコイツは、意のまま……!
まるで俺の手足みたいに動くじゃん!
しかも声は潰れてるから、文句ひとつ言わねぇ……!
でも大丈夫じゃん! 俺がお前の分まで、シャウトしてやるじゃーん!
「ひゃーっほぉー! じゃあアンコールとしゃれこうもうじゃぁーんっ!!」
その戦場は、完全にライドボーイ・ジャベリンが掌握していた。
尖兵のクラウンドコントロールも、大魔導女のファイアボールも必要ないほどの、独壇場……!
「うわあ、すごいっす! まさにロックな生き様っす! ライドボーイ・ジャベリン様っ!」
「きゃーっ! すごいすごい! かっこいいっ! ジャベリン様ぁ~っ!」
「ああ、ジャベリン様の活躍が、こんなに近くで見られるだなんて……! ファンクラブに入った甲斐がありました……!」
オル・ボンコスと、ファンクラブの抽選で同行を許された大魔導女と聖女は、ライブハイスの観客のように大興奮。
これから現れる『ボス』の存在も知らずに、スタンディング・オベーション……!
しかしすぐに、シッティング・オベーション……!
入り口を破壊する勢いで入ってきた『ジャイアント・マジックスケルトン』に、腰を抜かす……!
「うわあああああっ!? デカいっ!? デカいっすぅ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!? なにコイツ、なにコイツぅ!?」
「こ、こんなに巨大なマジックスケルトンがいただなんて……!」
仲間たちはすっかり怯えていたが、ジャベリンはわずかに乱れたリーゼントを、余裕の表情で整えていた。
「これは嬉しい、ビッグ・ゲストじゃん……! これこそまさに、ロックンロール! さぁ今夜は、ハード・デイズ・ナイト……! ジャベリン祭り、開催じゃぁーんっ!」
……ぺんっ!
しかし直後、神輿を扇ぐ大団扇のような巨大な手が飛んできて、払いのけられてしまう。
ジャベリンは『下の人』ともども、虫ケラ同然に軽々と吹っ飛んで、壁に叩きつけられてしまった。
……ズドォン!!
激突の衝撃でポッキリと折れ曲がる、リーゼントと鼻っ柱……!
「うぐっ……うぐぐぐぐ……! なっ……なにやってんじゃん!? あのくらいの攻撃、ちゃんとよけろじゃん!」
ジャベリンは鼻血をダラダラ垂らしながら、下半身を蹴り上げる。
「今度こそはちゃんとする……んじゃあんっ!?」
……ぺしんっ!
撫でるような平手だというのに、威力はすさまじい。
今度は反対側の壁に叩きつけられてしまった。
……ドゴォン!!
激突の衝撃で根本から千切れ飛ぶ、リーゼントと前歯……!
「あぎっ……あぎぎぎぎ……! は、、はに! はに二度も食らってんりゃん!? あの野良犬なら、難にゃくよける攻撃りゃん!?」
受けたのはたったの二発だというのに、ジャベリンの顔はリンチにあったかのようにボロボロ。
悔しくてたまらないのか、すでに半泣き。
地団駄を踏むように、馬の脇腹をドスドスと蹴り上げた。
……彼はまだ、気づいていない。
いまの馬は、手綱の通りに動きはするが、手綱の指示がなければ決して動かないことに。
……彼はまだ、気づいていない……!
『あの野良犬は、俺の手綱のとおりに動かないことが多々あった』のは、手綱のとおりに動いていたら、攻撃を受けていたということに……!
そう……!
今の馬が、旧型のディーゼル車ならば……あの野良犬は、AIを搭載した最新型の電気自動車だということに……!
パワー以外の要素は、すべてにおいて比べるまでもなかったのだ……!
歴史に『もし』という言葉はないが、もし今……。
『あの野良犬』が『下の人』を務めていたなら、先の二撃はやすやすとかわしていただろう。
そして、「また俺の言うとおりに動かなかったじゃん!」と脇腹を蹴り上げられていたことだろう……!
しかし今の馬には、そんな便利な機能はついていない。
『ジャイアント・マジックスケルトン』も張り合いがないのか、寝そべって肩肘ついて相手をしはじめた。
死にかけのゴキブリのように、フラついている他愛ない敵めがけ、
……べちょ!
トドメの平手を打ち下ろした。
巨大な白い手に押し潰され、大の字になって床に埋没する、ライドボーイ・ジャベリン。
それでボスは満足したのか、それとも飽きたのか……元いた部屋へと引っ込んでいく。
通路に逃げ込んでいた仲間たちは、脅威が去るや否や、血相変えて勇者の元へと駆け寄った。
「だ……大丈夫ですか、ジャベリン様!? ……ええっ!?」
そして、衝撃の事実を知る。
今まで、山のように雄大で、砦のように頑強だと思っていた勇者の身体が、大小ふたつに分かれていることに……!
「え……なにこれっ!? これ、どういうこと!?」
「もしかして、ライドボーイ・ジャベリン様は……! いや、ライドボーイ一派は、みんなふたり組……ぎゃあっ!?」
尖兵の彼の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
倒れていた小男から、槍で腹を貫かれたからだ。
「……見た……じゃん?」
ノミのように小さな身体が、ゆらりと起立した。
次回、ゴルドウルフの意外な特技が明らかに…!