27 はじめての戦闘
骨格標本の工場のように、整然と天井から吊り下げられた骸骨たち。
篝火とはまた違う、壁に埋め込まれた『輝石』という魔法石によって青白く照らされ、それがより一層彼らの血肉のなさを際立たせている。
暗がりの通路から突如、ガスバーナーのような光が花開いた。
侵入者であるオッサンと少女たちを数瞬照らし出すと、
……シュバッ!
室内めがけて撃ち出される蒼き火球。
それを追いかけるように、先頭にいたオッサンが躍り込んでいく。
火線はキングピンのような先頭の骸骨に命中、
……パカァーンッ!!
とストライクのように打ち砕く。
……ガシャンッ!
ハンガーのアームが一斉に外れ、新たなピンたちがレーンに降り立つ。
通路にいた少女たちは、それを合図に部屋へとなだれ込んだ。
後衛としての準備を整えながら、単身『マジックスケルトン』の群れに突っ込んでいったゴルドウルフを見守る。
彼女らは、誰もが疑問に思っていた。
かのオッサンは事前の作戦会議で、
「作戦としては、私が敵のターゲットを集めます。1体だけ外しますので、それをシャルルンロットさんが相手をしてください」
と指示してきた。
それがあまりにさらりとしていたので、言われたその場では納得したのだが……。
しかし今になって、そんな器用なことができるのだろうか……? と難点に気づいてしまったのだ。
この部屋にいる『マジックスケルトン』は、ざっと数えて30体はいる。
1体2体ならともかく、これだけの数のターゲットを独り占めする方法などあるのだろうか?
こちらが先制攻撃を仕掛けた時点で、スケルトンたちはおのおので侵入者を認識し、散開行動をはじめる。
彼らが『オッサン憎し』でもなければ、混戦になるのは目に見えているのだが……。
少女たちにとっては初めての実戦だったが、そのくらいは予想できる程度の練習経験は積んでいる。
きっとこちらに向かってくる多数の骸骨があるだろうと、ある者は颯爽と、ある者は恐々と、ある者は棒立ちのまま戦いに備えた。
……しかし、思わぬ肩透かし……!
彼女たちの目の前で繰り広げられた光景は、学校では決して学べない、奇妙奇天烈なものだったのだ……!
手拍子に反応する鯉のように、骸骨たちはオッサンのまわりに殺到していた。
オッサンが移動すると、アイドルの追っかけの如く、死にものぐるいで追いすがる……!
少女たちは一般市民のように立ち尽くし、ポカーンと目で追っていたが、
「1匹、そちらにやりますよ! みなさん、注意してください!」
鋭い掛け声に、水を浴びせられたように身を引き締めた。
その警告のとおり、事は運ぶ。
群れにいた最後尾のファンが、マイナーアイドルを見つけたようにはぐれて、少女たちに襲いかかってきたのだ。
シャルルンロットは待ってましたとばかりに前に出て、愛用の剣を野良犬のように構えて迎え撃つ。
錆びた赤茶色の剣撃を、鏡のような刀身で受け止めた。
……カキィィィィィーーーンッ!
火蓋を切るに相応しい、激しい火花が散る。
お嬢様vsマジックスケルトン、戦闘開始っ……!
それは防戦一方での幕開けであった。
さすが相手はモンスターだけあって、剣術大会のへなちょこ勇者たちとは動きが違う。
知識としては知っていたものの、カラクリ人形のように予測のつかない動作からの一撃は、よけるどころか受けるだけで精一杯。
援護のマジックシールドは途絶えがちで頼りなかったので、お嬢様は自らの腕前でカバーするしかなかった。
しかし彼女は、相手が強ければ強いほど実力を発揮できるタイプだ。
ゴルドウルフから教わった方法で相手のクセを見抜き、自分のペースへと持ち込んでいく。
戦いの最初のうちは、水槽に閉じ込められた魚のような窮屈な動きをしていた。
しかし少しずつ、大きな池に移されたようなイキイキとした動きを取り戻していく。
やがて大海原を翔ぶトビウオのように、金色のテールを胸ビレのように広げ、戦いの場を我が物とする。
ついに少女は、大型魚ともいえる骸骨を圧倒しはじめたのだ……!
ファインディング・シャルルンロット……!!
「せいりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
大振りとなった敵の一撃にあわせ、カウンター気味に剣を弾き飛ばす。
……ガキィィィィィーーーンッ!!
錆びた剣が、骨ばった手から離れ……墓標のように地面に突き刺さる。
魔力の供給源であった剣を失い、マジックスケルトンは泣き崩れるようにガラガラと崩壊した。
「その調子です、シャルルンロットさん! もう1体いけますか!?」
「トーゼンよ! こんなんじゃ物足りないわ! じゃんじゃんよこしないさい!」
追っかけからの熱烈な刺突をひょいひょいとかわしながら、問いかけるゴルドウルフ。
爽やかな汗を拭いながら、それに応えるシャルルンロット。
オッサンは再び群れを操る。
お土産の30個入りのまんじゅうを、もうひとつお裾分けするように1体切り離した。
……このように、戦闘中の敵のターゲティングを操ることを『クラウドコントロール』という。
大層な呼び名がつけられているものの、この世界においては非常に単純な概念。
『敵に攻撃を加えて、怒らせて気を引く』程度のものでしかなかった。
しかし彼がやっていたのは、それよりも遥かに進んだテクニック。
マジックスケルトンの感覚のひとつである『生命感知』を利用したものだった。
モンスターの中には人間と同じく、五感を使った索敵をする者のほかに、生命力や魔力を察知できる者も存在する。
命なき不死系のモンスターは、人間の生命力に嫉妬し、奪おうと積極的に襲いかかっていくのだ。
オッサンはそこに目を付け、戦闘前にわざと自分の指を噛み、血を流した……!
『生き血』……! これこそまさに、生き物の生命力を形にしたもの……!
命を渇望する不死者が、それに反応しないわけがない……!
1滴垂らすだけで、『陸の上のジョーズ』ばりに集まってくる……!
コワモテのオッサンがアイドル級の人気を得られたのは、そういう理由からだった。
あとは集めたファンたちを、生命感知の察知範囲から外さないように、群れとして操るだけ。
お裾分けしたい時は、1体だけ範囲外に置いてやればいい。
これもオッサンは難なくやってのけているが、テクニックとして人間離れしている。
そう……!
もはや野良犬どころか、牧羊犬……!
その凄さに気づいていたのは、紙人形のように真っ白になっている、赤ずきんの少女だけであった。
……な!? なんなのん!? なんなのん……!?
父上の魔法で操っているマジックスケルトンを、逆に操っているのん……!?
いったい、どうなってるのん……!?
こんな謎だらけの尖兵……初めてだのん……!?
しかし、見とれている場合じゃないのん……!
あの男、28体ものマジックスケルトンに狙われても、かすり傷ひとつ負ってないのん……!
こうなったら……こうなったらもう、やるしかないのん……!
赤ずきんちゃんは、垂れ下がった瞼をクッと見開く。
瞳には密かな決意が宿っていたが、つぶやく呪文は相変わらずのボソボソ口調であった。
「……焼灼せよ、この世で最も熱き氷塊……!」
……シュバァッ……!
術者の冷徹さが込められたような火球が、かざした青白い手をさらに鮮やかに彩りながら、撃ち出される。
音もなく飛ぶそれは、まっすぐオッサンの後頭部に向かっていった。
……これで、終わりのん……!
少女は、灰色の頭がパーンと弾け飛ぶさまを想像する。
連想的に浮かび上がってくる、彼女が最も欲しているナスビの笑顔。
子ナスビはじめての奇襲が、今まさに開花……!
……することはなかった。
狼の後背を思わせるその頭はなんと、第三の眼がついているかのようにクイと横に倒れ、火球をかわしたのだ……!
……パカァーンッ!!
逸れたそれは、ちょうどオッサンに襲いかかろうとしていた骸骨に命中……!
「ミッドナイトシュガーさんもその調子ですよ! どんどんファイアボールを撃ち込んでください!」
くるりと振り返った彼の笑顔に、ミッドナイトシュガーの顔からさらに表情が消えた。
「……わかったのん」
動揺をさとられまいと、なんとかそれだけ口にする。
……それから彼女は20発近いファイアボールを撃った……というか、撃たされた。
たまにさりげなくオッサンを狙ってみたのだが、全部ハズレ。
むしろ骸骨には全弾命中という皮肉な結果に終わった。
か……カスリもしないのん……!?
魔法を見もせずによけるだなんて、あの男……魔力感知できるモンスターかのんっ!?
そして、新たなる驚愕の事実に気づく。
ま……まさか……! あの男……!?
のんのファイアボールをよけるついでに、マジックスケルトンに当たるような位置どりをしていたのん……!?
でなければ、百発百中などありえないのん……!
まさかクラウドコントロールだけでなく、のんの撃つファイアボールまでコントロールしていたとはのん……!
でも……今はビックリしている場合じゃないのん……!
アレが……アレが来るのんっ……!
本来は頼みの綱だったアレも……このままでは、あの男の狙いどおりになってしまうのん……!
こうなったら……やるしかないのん……!
でもこればかりは、リスクが高いのん……!
まず間違いなく、のんの正体がバレてしまうのん……!
でも、でも……! 父上のために、やるのん……!
父上に喜んでいただけるためなら……のんは……!
のんは、悪魔にだってなるのんっ!
狼にはかなわないと知った赤ずきんは、ついに禁断の一歩を踏み出した。
彼女の視線の先にあったもの、それは……。
跪き、祈りを捧げる白ずきんの姿であった……!
次回、プリムラに魔の手が…!?