25 はじめての宝箱
つつがなく橋を渡り終え、さらに深部へと駒を進めるゴルドウルフ一行。
すでに外の喧騒から離れ、敷石を踏む音だけが虫の音のように鳴る。
時折どこからともなく、ウォーワォーと悲鳴が届くのだが、そのたびにプリムラは不安そうにあたりを見回していた。
グラスパリーンに至っては、「ひいっ!?」と雷鳴を聞いた子供のように身体を縮こませる始末。
「アンタたち、いちいちビビってんじゃないの。アタシなんて早いとこあの悲鳴にありつきたくて、ウズウズしてるんだから」
ごろつきのような事をのたまうシャルルンロットは、ふと脇道にあったあるモノに気づく。
「あっ!? ねえゴルドウルフ! 宝箱があるわよ!」
お嬢様が嬉々として指さしていたのは、扉のない小部屋のような空間だった。
奥には台座に置かれた宝箱。
ベビーベッドくらいある大きなもので、銀細工による装飾が施されている。
すでにガワだけで価値がありそうな、立派な『お宝』が鎮座していたのだ。
第一発見者であるお嬢様は、目の前でジャラシを振られた猫のようにお尻をフリフリしていたので、ゴルドウルフは彼女が飛び出していく寸前で抱きかかえた。
「いけません。あの宝箱には罠があります。いえ、部屋自体にも罠がありますから、近づくだけで危険です」
その注意も、興奮しきっているお嬢様には右から左。
初めて見る本物の宝箱に1ミリでも近づきたいと、空中でばたばたもがいている。
「あぁん、離しなさいよぉ、ゴルドウルフ! アンタ、罠の解除できるんでしょ!? だったら開けてみましょうよ! せっかく地下迷宮に来たんだから、お宝のひとつやふたつ持ち帰らないでどうするのよ! ねえミッドナイトシュガー! 宝箱を開けた場合は加点なんでしょう!?」
オッサンの腕から乗り出すようにして、今度はミッドナイトシュガーのほうを見やる。
すると小さな試験官は、物言わぬ顔を縦に上下させた。
「ほらあ! 加点だって、ゴルドウルフ! いままでの減点分を取り返すチャンスよ! だから開けてみましょうよぉ~! いいでしょぉ! ねぇ~!」
甘えん坊のように身体を揺らすお嬢様。
いつも高飛車でツンとしている彼女は、こうしたおねだりなど絶対にしないのだが
……ゴルドウルフ相手は別。
勢い余ってひっくり返りそうな体勢になっても、父親の腕に抱かれているように楽しそうにしている。
オッサンはやれやれと表情を崩した。
「わかりました。では、開けてみましょうか。ただし、私がいいと言うまで、ここから動かないでくださいね」
「やったー!」と大喜びのシャルルンロットを降ろし、オッサンは用心深く小部屋へと近づいていく。
壁に張り付いて室内の様子を伺ったあと、尖兵7つ道具のひとつであるステッキの先に、包帯を巻き付け火をつけた。
それを部屋の中へと差し入れると、一拍ののち、
……ドドドドッ!!
左右の壁の穴から蜂の巣をつついたような矢弾が飛び出し、部屋の中を暴れまわった。
「……!?!?」
ミッドナイトシュガー以外の観客はギョッとなる。
「熱を感知して、矢が飛び出す仕組みになっているんです。しかしこれでもう撃ち尽くしました」とオッサン。
次に7つ道具の小石を取り出すと、床に向かって投げた。
すると、
……ジャキンッ!!
逆立つように、部屋の床から無数の刃が飛び出してきた。
オッサンは間をおかず、刃の根本に木のフォークを打ち込んで、引っ込まないように罠の動きを止める。
「床の圧力を感知して、刃が飛び出す仕組みです。刃はすべて連動して出入りしますから、一箇所押さえればこの通り、出っぱなしになります」
そう解説しながら、林立した剣と剣との間に身体を滑り込ませた。
刃と刃の隙間が狭くて身体に触れているのだが、防刃装備のため傷つくことはない。
仲間たちがハラハラと見守るなか、ひとりの少女だけは心の中で唸っていた。
……うぅむ……! なんという手際の良さだのん……!
しかし、これまでだのん……!
あの宝箱には、とんでもない罠が仕掛けられているのん……!
しかも、解除には相当な腕前が必要のん……!
腕利きの盗賊ですらお手上げ、命惜しさにあきらめるほどの難物のん……!
もちろん一介の尖兵程度では解除どころか、その厳しさも見破れないはずのん……!
これであの男は、終わったのん……!
……カキン! シャッ! パカッ。
ゴルドウルフの大きな背中で隠れていたうえに一瞬のことだったので、その3つの音しか聞こえてこなかった。
気がつくと宝箱は開いていて、中のものを取り出したオッサンが振り返っていた。
「1千万¥ぶんの『勇者票』のようです」
『勇者票』というのは勇者のみが発行できる有価証券で、銀行に持っていけば換金が可能。
今でいう小切手のようなものだが、人口地下迷宮の場合、高額の現金を宝箱に詰めるのはいろいろと不便なので、このような形が取られている。
今回手に入った勇者票の振出人は当然、ミッドナイトシャッフラー。
彼の口座から、日本円にして1千万円もの現金を引き出すことができるのだ。
あまりにも鮮やかな手際と、わずか数分にしてその稼ぎ……!
これは本当に現実なのかと、白昼夢でも見ているかのように立ち尽くす少女たち。
彼女らの元に戻ったオッサンは、それを鼻紙くらいの気軽さで、グラスパリーンに手渡した。
1千万¥といえば、彼女の5年分もの給料である。
出目金のように瞳孔が開きっぱなしの女教師は、立ったまま気絶していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴルドウルフの仲間たちが、夢見るような気持ちに包まれていたころ……一方で、勇者パーティは悪夢に苛まれていた。
同じ構造の宝箱に挑戦中の、ライドボーイ・スピア一行。
尖兵であるエル・ボンコスは一時間近くかけて、壁から飛び出す矢弾の罠は解除したものの、床下の剣に苦戦していた。
「ああっ、もう! 使えねぇーなぁ! これじゃ、全然ピースじゃねぇよ! 野良犬にやらせてた時は、こんなに時間かかんなかったぞ!? もういいよ、どけ!」
ライドボーイ・スピアはついに痺れを切らし、馬上からの槍でエルを払いのけた。
「うわあっ!? す、すんませんっす、ライドボーイ・スピア様っ! で、でも、罠を解除せずに部屋に入るなんて無謀っす! 串刺しになるっすよ!?」
「だぁーいじょーぶ! 俺は頑丈なんだって! いぇーい! ピスピスぅ!」
もちろん頑丈なのは、彼自身ではなく……『下の人』である。
スピアは特攻の合図である蹴り上げをくらわせながら、エルの服の襟首を槍で刺して持ち上げた。
「宝箱を開けなきゃなんねぇから、お前もいっしょに来い! いぇーいっ! ピスピスぅ!」
「そっ……そんな! 勘弁してくださいっす、ライドボーイ・スピア様っ! ああーーーーっ!?」
一陣の風を残し、部屋へと突入する3人男たち。
残された聖女と魔導女は「きゃーっ! スピア様~っ!」と能天気な声援を送っている。
そして彼女たちは、地獄を目撃した。
部屋に突入したライドボーイ・スピアの運命は…!?