24 オクスたん、没シュート…!
ゴルドウルフたちが入った劣悪な入り口とは異なり、レッドカーペットが敷かれた地下への階段の前に、彼らはいた。
「ラララララァ~! 久々の、クエスト挑戦~! 腕が鳴るぅ~! ポキポキポキィ~!」
「いえーい! 俺も俺も! しかも成功したら、『ライライ・ライド』に入れるんっしょ!? ピスピスピスゥ!」
「だけど昇格できるのは、最初に踏破したひとりだけって言うじゃん?」
「だから今回はぁ、バラバラでやるんでしょぉ? いつもは仲良しさんなのに……オクスたん、さびしいよぉ! でもめけずに、ここに宣言しまぁーす! ボクが一番最初に、『王の間』に辿り着くって……えい、えい、おーっ!」
黄ばんだ声とともに掲げられた拳。
それを合図に、『蟻塚』へとなだれ込んでいくライドボーイたち。
慌ててぞろぞろと後に続く、尖兵と魔導女と聖女。
『下の人』を含めると、各パーティは5人で構成されている。
それが4グループなので、総勢20名での賑やかな突入となった。
ゴルドウルフたちの入り口とは違い、通路は壁の篝火によって明るく照らされている。
各グループはアミダくじのように伸びる通路を折れ曲がり、散り散りになっていった。
ところで、ライドボーイ一派はアイドルユニットとしても有名であるが、その一番人気は『ライライ・ライド』というグループである。
今回挑戦している4人の勇者たちは『ライライ・ライト』という弟分的なグループ。
有り体に言うならば二軍である。
他にも『ライライ・ライム』、『ライライ・ライク』、『ライライ・ライス』などの様々な派生グループがあるのだが、みな本家である『ライライ・ライド』に入ることを夢見ている。
今回のクエスト、『蟻塚の踏破』を達成すれば一軍入りができるとあって、いつもは協力しあっている彼らも今回だけは別行動をとっていた。
ちなみに、彼らは昔こそ隠さずにいたのだが、アイドルデビューした今は馬に跨っていることは絶対秘密。
それこそ大御所キャスターのカツラ疑惑のような、トップ・シークレットとなっているのだ。
さらに話はそれるが、冒険者には大きく分けてふたつの種類がある。
『狩猟型』と『探索型』である。
『狩猟型』は主に、モンスターの討伐を専門とする。
街や村を襲うモンスターたちを、またはレアな素材を持つモンスターを狩るのだ。
ライドボーイ一派はこのタイプである。
カウボーイが野生の牛を狩るように、集団で大地を駆けてモンスターを追い回し、トドメを刺す。
『探索型』は地下迷宮を探索し、踏破やお宝を目指すのを専門とする。
ライドボーイたちがこのタイプでない理由は明白で、馬に跨っているため狭い箇所での動きが得意でないからだ。
こうして地下迷宮に入るのは、かつて野良犬に跨っていた時以来……彼らにとって、実に久々ともいえる迷宮探索だった。
そしてその洗礼は、すぐに彼らの身に降りかかることとなる……!
「やっ……やだぁ~!? なにこのコウモリぃぃ~!? やだやだやだぁ~! まとわりつかないでよぉぉぉ~!」
そう、『アーミーバット』……!
斥候の発見に成功はしたものの、撃墜に失敗したライドボーイ・オクスタンは、さっそくその餌食となっていた……!
おびただしい数のコウモリにまとわりつかれ、一寸先は闇……!
時折、火だるまになっているように暴れる、仲間たちの影が……!
「んもぉぉぉぉーーー! おこったぞぉ! プンプンプーンッ! ぜんぶ蹴散らしちゃえ~! オクスたん、いっきまぁ~すっ!」
……ドスッ!
ラメラメのマントがわずかに膨れ上がり、突撃を指示する蹴りが『下の人』にくだされる。
直後、
……ドオッ!
と短距離走のようなスタートが切られ、闇を裂くように巨体が震える。
仲間たちを置き去りにし、コウモリ地獄を一気に突き抜けたその先は……。
穴地獄……!
「やっ……!? やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
戦勇者ライドボーイ・オクスタン、開始早々に没シュート……!
無理もない。
罠が仕掛けられているのは当たり前の地下迷宮で、闇雲に走るなど自殺行為以外の何物でもないからだ。
その穴は川のように迷宮を横断していて、ちょうど下流にあたる場所ではゴルドウルフ一行が通りかかったところだった。
穴は10メートルに満たないほどの幅があり、対岸には列車の分岐器のようなレバーがたくさん。
レバーの握手は見覚えのあるナスビ顔が彫り込まれており、それが仏閣のようにずらりと並んでいたのでこのうえなく不気味な光景だった。
ゴルドウルフの腰のあたりからひょっこりと顔を出したシャルルンロットは、レバーたちをムムム……と睨みつける。
「あのレバーのどれかをこっち側に倒せば、なにかが作動して渡れるようになるんでしょうね。しかもどれかひとつだけがアタリで、他はぜんぶハズレっぽいわ。初歩的な仕掛けのクセして、数だけはいっぱいあるだなんて……作ったヤツの趣味の悪さが滲み出ているようね」
先頭にいるふたりの様子を、ミッドナイトシュガーは遠巻きに見ていたのだが、「悪口はやめるのん。減点2のん」と突っ込むことは忘れない。
オッサンは「そうですね」と、どちらにも味方しないような返事をして、ポイントマンステッキを釣り竿のように振るう。
……ビュンッ!
ステッキについた細いワイヤーが飛んでいき、対岸にあるレバーのひとつに巻き付いた。
手元のリールで引き絞ると、釣った魚を引き上げるように手前に引く。
「えっ!? ちょっとゴルドウルフ、考えなしに引いたら危ないわよ!?」
……ガコンッ!
止める間もなく、反っていたレバーはお辞儀をする。
……ゴゴゴゴゴゴ……!
地すべりのような音とともに、対岸の床がこちらに向かって伸びてくる。
細い橋のように穴の上にかかったあと、ガコオンと止まった。
「アタリだったようです。さぁ、行きましょうか」
呆気に取られるお嬢様をよそに、オッサンはレジャーシートとして使っていた麻布を取り出し、手際よく橋の上に敷きはじめる。
ここでついに、試験官の違和感はピークに達した。
……ここのレバーはたしか、99あったはずのん。
そのうち、アタリはひとつ……残りの98はぜんぶ、罠が作動するのん。
実は罠を引きまくると思って、ちょっと離れていたのん。
でもそれなのに、一発でアタリを引き当てたのん……!
『アーミーバット』を仕留めたのは偶然の可能性もあったのん……でも今回は偶然ではないのん……!
その証拠に、伸びてきた橋に布をかけたのん……!
あの橋は滑りやすい材質でできていて、アタリを引き当てて油断した者を落とす仕掛けになっているのん……!
それをあの男は、触りもせずに見破ったのん……!?
なぜ……!? どうしてのん……!?
……疑惑を解明しようと、いつも眠そうな彼女の瞼は、いつもよりさらに持ち上がっていた。
しかし、わかるはずもない。
鮮やかなオッサンの、所作の正体など……!
ここが普通の地下迷宮であれば、ゴルドウルフはここまで出しゃばらず、仲間たちの自主性に任せているところだった。
しかしここは、高難易度地下迷宮といわれる『蟻塚』。
その辛さは、彼自身が身をもってよく知っている。
一瞬の気の緩みが大きな被害に繋がるので、最初から全開でいくことにしたのだ。
そう……!
スタートボタンを押すと同時に攻略本を開くような、容赦ない早解きを……!
しかも遊び手がプロゲーマーのような男ときては、ひとたまりもない……!
攻略はもはや、時間だけの問題かと思われた……!
しかし、しかしである……!
オッサンにとって、まだ計算しきれていない要素が、ひとつだけあった……!
それは、部屋に掃除機を持って入ってくるオカンのような、大聖女の闖入……!?
否……!
それは、よその家から忍び込んできた、猫のような少女の存在である……!
いざとなれば、リセットボタンを押すことすら厭わない魔手に……気づけるのか、ゴルドウルフ……!?
こんな感じで、軽~い勇者ざまぁが続きます。
と、言いつつ…次はちょっと重いかも…。