16 スラムドッグマートの新製品
16 プリムラの愛
『ゴージャスマート・スラムドッグマート合同 新製品発表会』。
両商店におけるエヴァンタイユ諸国の覇権をめぐるこのイベント。
スラムドッグマート側の新製品は、プリムラが『愛のかたち』を標榜するものであった。
それなのに、なのに……現われたのは……。
血のしたたる、ゴルドくんの、生首っ……!
そのあまりの凄惨なるビジュアルに、司会者は唖然とし、思わず拡声装置を落としてしまう。
……ゴトン! と耳障りな音が会場中に響き渡る。
それが銃声となったかのように、観客席は阿鼻叫喚のるつぼと化す。
「い……いやっ……!? いやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
「なにあれっ、なにあれぇぇーーーーっ!? あーれーっ!?」
「あれって、スラムドッグマートのイメージキャラクターでしょ!?」
「そ……それがなんで、血まみれになってるのっ!?」
キリーランドは聖女の国なので、観客も聖女がほとんどであった。
彼女たちは癒しをする立場にあるので、血は見慣れているはずである。
それなのに血まみれのゴルドくんには大パニックに陥っていた。
しかし無理からぬ話であろう。
たとえば救急病院に勤めるベテラン看護婦がいて、彼女は当然、これまで幾多のケガ人を看てきた。
常人では直視できないほどの凄惨なる者もいたことだろう。でも彼女は目を背けずに対応してきた。
そんな彼女の唯一の趣味は、遊園地巡りである。
たまの休日に訪れた夢の国で、今日はめいっぱい遊ぼう……と思った矢先。
出迎えてくれたマスコットキャラが血みどろだったりしたら、彼女は卒倒するに違いない。
そう、どんなに乗り慣れたジェットコースターでも、ギャップという落差がつくと絶叫マシンと化すのだ。
清楚なプリムラ + ゴルドくん × 血 = フリーフォール……!
これには、いままでどんな相手でも一歩も引かなかったフォンティーヌですら後ずさる始末。
「ぷ……プリムラさん……そ……それは、一体……?」
「えっ? こちらがスラムドッグマートの新製品ですよ?」
プリムラは周囲の反応を不思議がっていたのだが、遅まきながらに血まみれゴルドくんを目にし、「まあ」と驚いていた。
「う……うわぁぁぁぁ~~~~~んっ!!」
直後、舞台袖からグラスパリーンが飛び出してくる。
彼女はプリムラの元に向かおうとしていたが、途中で躓いて転んでしまい、そのまま泣き崩れてしまう。
「舞台裏に置いてあったのを触っちゃって、落っことしちゃったんですぅ~~~~っ!! ご……ごめんなさぁ~~~~~いっ!!」
舞台袖から続けざまにわんわん騎士団の面々が飛び出してきて、グラスパリーンを引きずり戻す。
「バカ! 黙ってればわかんなかったでしょうが!」
「白状するなら崖の上でするのん」
「わうっ! これから崖にいくですか!?」
ちびっ子たちは、わぁわぁと大騒ぎしながら引っ込んでいった。
おおよその事情を察したプリムラは、客席に向かって頭を下げる。
『すみません、どうやらこちらにあるのは中にあるものが割れて、中身が出てしまったようです。すぐにかわりをお持ちしますね』
ランはすでに舞台裏から新しいゴルドくんの生首を持ち出していた。
ステージに戻ってくるなり血まみれのゴルドくんと入れ替える。
新しくテーブルに置かれたゴルドくんの頭はもちろん血など付いていない。
これぞマスコットキャラクターのあるべき姿だと、客席からホッと安堵のため息が漏れた。
司会者はようやく我に返ったようで、拡声装置を拾いあげる。
『ちょ……ちょっとしたトラブルがあったようですが、大きな問題にはならなかったようです! それではプリムラ様、プレゼンをお続けください!』
プリムラは『はい』と頷くと、テーブルに置かれたゴルドくんの頭を、まだ見ぬ恋人のように抱き上げた。
『こちらは今回の新製品発売に伴い、特典として作った「ゴルドくんポーチ」です。お口のなかにいろいろなものが入れられるんですよ』
その言葉の意味を、その場にいたすべての者たちが察する。
肝心の新製品は、ポーチの中にあるということを。
そしてその新製品は割れることがあるということを。
それを真っ先に見破ったフォンティーヌは、プリムラ敗れたりとばかりに指さした。
「そちらの中身はとっくにお見通しですわ! ポーションなんですのね!? でもどんな高級ポーションだったとしても、聖女には響きませんことよ! 聖女はポーションを飲まないというのを知らなかったようですわね」
聖女はポーションを飲まない……それはその通りである。
教えで禁じられているのではなく、モンスターとの戦闘においてはもっともポーションの力を必要としないからであった。
「さすが箱入り聖女のプリムラさんですわ! 最後にやらかしてくれましたわね! おーっほっほっほっほっほっ!」
煽られたプリムラは微笑み返す。
『さすがフォンティーヌさん。そうです、このポーチの中身はポーションです。でも高級なポーションではありません。それに……自分で飲むためのポーションではないんですよ』
「自分で飲むポーションじゃ、ない……ですの?」
プリムラは『はい』と頷き、抱えていたゴルドくんの頭の口をパカッと開け、中にあったポーションを取り出した。
その全貌が現われた瞬間、夜空の星がすべて降り注いだかのような大絶叫が轟く。
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
それを目にしたすべての者が、我が目を疑っていた。
なにせプリムラの手には、なにひとつ信じられないものがあったからだ。
それは、なんと……。
なんの変哲もない、ホットポーションっ……!
誰もが見間違いだと思った。
先ほどの血まみれゴルドくんのように、なにかの手違いだと思った。
しかしプリムラはそのポーションを、ゴルドくんとの愛の結晶のように、愛おしく抱えていたのだ。
『これが……わたしの「愛のカタチ」です……!』
引っ張ってしまってすいません、明日には続きを投稿します!