14 遅れてきた聖女
14 遅れてきた聖女
キリーランド小国の王都、人がもっとも集まるという中央広場のど真ん中。
王城に次ぐ、この国のもうひとつの中心といわれる場所には、円形の特設ステージが設えられていた。
全方位から視認できる円形の看板には『ゴージャスマート・スラムドッグマート合同 新製品発表会』の文字が。
周囲には海原のように人がひしめきあっていて、発表会の開始を今やおそしと待ち構えていた。
今回の発表会は、聖女の国での開催。ふたつの冒険者の店の争いというだけではなく、聖女の名家の頂上決戦でもある。
そのため、観客席には多くの報道陣たちが詰めかけていた。
ステージの上はゴージャスマートサイドとスラムドッグにサイドに分かれており、それぞれに、今回の新製品が入ったワゴンが運び込まれていた。
新製品には布が掛けられているので、中身はまだわからない。
スラムドッグサイドには、プリムラとラン、そしてリインカーネーション。
しかしゴージャスマートサイドには、誰もいない。
ステージの裏手いた、シュル・ボンコスは焦っていた。
「しゅるしゅる、ふしゅる……! なぜ、フォンティーヌ様は来ないのだ……!?
普段は遅刻をされるような方ではないというのに……!
まさかプリムラ様が、負けるのを怖れて、フォンティーヌ様の身柄を……!?」
シュル・ボンコスはハゲ頭にひとすじの汗を垂らしながら、ステージを睨み付けた。
そこには、我が事のように心配するプリムラの姿が。
「フォンティーヌさんは、どうされたんでしょうか……?」
「しゅるっ……! 自分でさらっておきながら、なんとわざとらしい演技を……!
しかし、油断しました……! プリムラ様は子ウサギのように無垢で、純粋な方だと思っていたのに……!
まさかその裏に、地獄の野良犬のような本性を隠しておいでだったとは……!」
司会進行役の聖女が、魔導拡声装置を手にステージに登壇する。
『本当は「新製品発表会」はすでに始まっている時刻なのですが、ゴージャスマート側のプレゼンターであるフォンティーヌ様が、まだお見えになっておられません!
ゴージャスマート側のスタッフに、代理のプレゼンターを立てていただくか、そうでなければ、このまま不戦敗ということに……!』
ざわめく会場。飛び交うヤジ。
「まさか、あの正々堂々としたフォンティーヌ様が、お逃げになるとは……!?」
「でも、これまで他国で行なわれてきた『新製品対決』はすべてプリムラ様の勝利だったんだろ!?」
「ああ! これ以上負けるのを怖れて、逃げ出したに違いない!」
普通のイジワル聖女なら、ライバルの不在をここぞとばかりに煽り立てていただろう。
しかしここにいる、本物の聖女は違った。
司会の聖女から魔導拡声装置を借りたプリムラは、声を大にして呼びかけていた。
『み……みなさん、落ち着いてください! フォンティーヌさんは、逃げたりするような方ではありません!
きっと、なにかわけがあって、少し遅れているだけだと思います!
フォンティーヌさんは、素晴らしい聖女さんです!
どんな大事な用があっても、道で困っているおばあさんを見つけたら、その人のために尽すような、聖女のなかの聖女さんです!
ですからお願いです! もう少しだけ、もう少しだけ待ってほしいのです!
わたしからも、お願いしますっ……!』
しん、と静まり返る会場。
そこに、つんざくような笑いが轟いた。
「おーーーーーーーーーっほっほっほっほっほーーーーーーーーーーっ……!」
それは遠くからの声だったが、会場全体に、静電気のようにピリピリと響き渡る。
「あ……あの声はっ!?」
観客の誰かが言った。
……ドドドドドド……!
そしてさざ波のような地鳴り。
迫り来るその音の先に、すべての衆目があつまる。
そこには、にわかには信じられない光景があった。
誰もが待ちかねていた、お嬢様聖女のフォンティーヌが、ちいさな馬車の屋根の上に仁王立ちになっていたのだ。
しかし馬車の上に立つという乗り方は、彼女が普段からやっていることなので、別に珍しくはない。
問題なのは、乗っていた馬車。
なんと、野良犬のイメージキャラクターが描かれ、野良犬を彷彿とさせる看板を掲げた馬車……。
そう、『スラムドッグマート』の馬車に、彼女は乗っていたのだ……!
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
海原のような観衆が荒波のように沸き立ったのも、無理からぬこと。
これは例えるなら、敵球団のリリーフカーに乗って登場する選手も同然。
伝説のピッチャーどころか、破天荒すぎるピッチャーである……!
しかし当のお嬢様は、周囲の驚愕などまったく気にしない
「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!」
唯我独尊、天衣無縫の高笑いを響かせ、会場へと突っ込んでくる。
「ちょっと、なんでアンタがそこに乗ってるのよ!? 降りなさいよ!」
御者席にいるシャルルンロットのツッコミもなんのその。
とうとう観客たちに道を開けさせ、海割りの奇跡のような光景を繰り広げながら、フォンティーヌはステージに向かってダイブした。
「遅れて飛び出てジャンピング! 世界最高のグレート・ゴージャス・デラックス・スーパー・ハイブリッド聖女……! フォンティーヌ・パッションフラワー、いまここに、見……!」
フォンティーヌはカッコよくステージに着地し、カッコいい台詞とともに決めポーズを取ろうとしていたが、
「おかえりなさいっ! 待ってたわっ、フォンティーヌちゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!」
暴走トラックのように突っ込んできたマザーに抱きつかれ、そのエアバッグのような胸で「むぎゅぅぅぅーーーーっ!?」となっていた。
プリムラもホッとひと安心。借りていた魔導拡声装置を司会者に返すと、フォンティーヌの元へと向かう。
「よかった、フォンティーヌさん! なにかあったのかと心配していたんですよ!」
フォンティーヌはリインカーネーションを押しのけると、不敵な笑みとともに、プリムラをピッと指さした。
「プリムラさん、敗れたりっ……! 魔導拡声装置を捨てるというのは、勝負を捨てたも同然……!
魔導拡声装置がなくては、あなたのようなちっちゃな声では、蚊の鳴き声ほども観客には届きませんわ……!」
プリムラは一瞬キョトンとしたが、ようやく意味を理解する。
「あっ、いいえ。あの魔導拡声装置は司会者さんから一時的にお借りしたものです。
そもそも、『新製品発表会』はまだ始まっておりませんし……」
「あっ……そうなんですのね……。わたくしてっきり、もう始まっているのかと思っておりましたわ……」