13 腐ったミカン
13 腐ったミカン
バーンナップの渾身の一撃は、アジトの魔王信奉者たちを半壊状態にまで追い込んでいた。
勢いづいてシャルルンロットが叫ぶ。
「よぉし、この調子で全員ぶちのめすわよ!」
「おおーっ!」
活気づく『わんわん騎士』プラス2。
シャルルンロットはばっさばっさと剣で薙ぎ払い、ミッドナイトシュガーはファイアボールを飛ばしまくる。
チェスナはポメラニアンのように噛みつきくまくり、グラスパリーはチワワのようにプルプル震えまくる。
フォンティーヌは格闘の構えを取っていた。
「わたくしはハイブリッド聖女ですの。ハイブリッドといえば2種がせいぜいですけれど、わたくしはその上をいく、スーパー・ハイブリッド……!
修道僧の心得もあるのですわ! ちょいやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」
近くにいた魔王信奉者の胸倉をつかみ、軽く捻るように一回転。
それだけで魔王信奉者は風車のようにキリキリ舞い、多くの者たちを巻き込んでブッ倒れていた。
残る敵は50人。
しかし今の少女たちの敵ではない。
このまま一気に押し切るかと思われた、そのとき……!
……ゴゴゴゴゴゴッ!
部屋の四方の壁が引き戸のように動き、奥から腐臭が流れ込んできた。
獣のように唸り、なにかに掴みかかるように両手を掲げた人の形をしたものが、部屋になだれこんでくる。
シャルルンロットが冷や汗を垂らしながら叫ぶ。
「あ……アンデッド・モンスターっ!?」
ステンテッドのそばにいた、このアジトのリーダーらしき覆面男が応じる。
「そうだ! このアジトの秘密兵器だ! その数、およそ200っ! どうだ、一気に倍だっ!
チャルカンブレードの火力はもう使えまい! それに聖女の祈りがあったとしても、この数を浄化するのは不可能だっ!
お前らはもう、逃げられんぞっ!」
ステンテッドはこの秘密兵器の存在をいま知ったのだが、まるで自分の手柄のように誇っていた。
「がはははははっ! どうだ、見たか、ワシの力をっ! お前らのようなメスガキどもは、しょせんはワシの敵ではなかったのだ!」
眼光はなく、ボロだけをまとい、皮膚が剥がれて骨が見え、かさぶたにまみれたアンデッドたち。
魔王信奉者たちと入れかわるようにして、『わんわん騎士団』たちを取り囲んでいた。
じりじりと狭まる包囲網、耳障りなだみ声。
「がーっはっはっはっはっ! 形勢逆転じゃ! やっぱり最後に正義が、勇者のワシが勝つんじゃ!
がーーーーっはっはっはっはっはっはっはぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「野良犬の足跡を追ってるはずだったんだが……アテが外れたねぇ、っと」
飄々とした声が、外から流れ込んできた。
「だ……誰じゃっ!?」
その場にいた者たち全てが、声のほうに注目する。
そこはシャルルンロットが破壊した扉で、今はふたりの男がもたれかかっていた。
ひとりは痩せて背が高く、帽子を被っている。
もうひとりは屈んでいないと扉の上に頭をぶつけてしまうほどの大男だった。
帽子の男が、シケモクを咥えながら言った。
「まさか、勇者にたどり着くとはねぇ、っと。川に魚釣りに来て、流れてきた果物を拾ったような気分だねぇ、っと」
大男がデカイ地声で答える。
「でもあそこにいるのは、ニセ勇者であります! 大きな桃なんかではなく、腐ったミカンであります!
腐ったバナナならまだ食べられるでありますが、ミカンはまわりを腐らせるだけで、なんの役に立たないのであります!」
「ええっ!? 腐ったミカンって食べられないんですかぁ!? 私はよく果物屋さんからもらってきて……!」
「いまはミカンの話をしてる場合じゃないわ! いまのうちに、逃げるわよっ!」
シャルルンロット号令一下、ゾンビと魔王信奉者を蹴散らして走り出す。
グラスパリーンとチェスナが2人がかりでステンテッドの息子を抱え上げ、フォンティーヌがステンテッドの妻に肩を貸す。
バーンナップがしんがりをつとめ、追いすがるゾンビたちを斬り払っていた。
どどどどど! と部屋の扉に向かって押し寄せてくるちびっ子たち。
帽子の男は驚いて、思わず咥えていたシケモクをポロリと落としていた。
「お前たち、スラムドッグマートの……? なんでこんな所にいやがるんだ?」
「そんなことはどうでもいいでしょ! アンタたちは魔王信奉者課の公僕なんでしょ!? だったら、あとは任せたわよ!」
「税金の使いどころのん」
「骨は拾ってさしあげますわよ!」
「わうっ、骨は大好物なのです!」
「私も、フライドチキンの骨とか大好きですぅ~」
ふたりの男を押しのけて、次々と部屋から出ていくちびっ子たち。
男たちは「おいおい」とわけもわからず見送っていたが、押し寄せてくる気配に気づく。
帽子男と大男は、息ピッタリの動きで強烈な蹴りを放つ。
並み居るアンデッドや魔王信奉者たちをドミノ倒しにしていた。
帽子男は懐から大型拳銃を、大男は担いでいた長銃をを取り出しながら、倒れた者たちの上を乗り越える。
踏みつけるたびに「ぐえっ!?」と鳴く、イボガエルが鍵盤になったピアノを足でかき鳴らしながら、部屋のど真ん中へと躍り込んだ。
「なんだかよくわかんねぇけど……選手交代ですよ、っと」
「あの子たちのかわりに、今度は自分たちが相手をするであります!」
新手の登場に、ステンテッドは一瞬たじろぐ。
しかし相手がふたりだけだとわかるや、いつもの傲慢さを取り戻した。
「ふん! 腕っ節のほうは少しは自信があるようだが、頭のほうは足りないようじゃな!
ここにいま、どれだけのワシの手下がいるのか教えてやろうか!
200人! 200人じゃぞ! お前たちの100倍の軍勢じゃ!
どうだ、まいったか! がはははははっ!」
勝利を確信したように笑うステンテッドに、男たちは顔を見合わせ、肩をすくめる。
「おい、腐ったミカンどころじゃなかったぞ、っと」
「はいであります。ハズレもいいところ……せいぜい、腐ったぶどう一粒であります。
これじゃ、素手でもじゅうぶんでありますねぇ」
「ったく、こちとらゴルドウルフのために、わざわざアレまで手配してきたってのによぉ。
その試し撃ちにもなりゃしないねぇ、っと」
帽子の男は、手にしていた拳銃を懐にしまうと、踏んでしまったガムを剥がすかのように片脚を上げ、靴のカカトからなにかを取り出す。
それは、銀色に光るメリケンサックだった。
「ハズレ勇者にゃ恨みはねぇが……ハズレを引かされたウサ、晴らさせてもらいますよ、っと
お前さん、なんだか殴り甲斐のある顔してるし、少しはスッキリするだろ」
「ぐ……ぎぎぎっ! 勇者のワシを、サンドバッグみたいに言いおってぇ!
やれっ! やるんじゃ! この公僕どもに、思い知らせてやるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
しかし周囲にいた魔王信奉者たちは誰も動かない。
「あ……あの男が懐にしまった銃は、まさか……!?」
「て……天使の魔銃、『エンジェル・ハイロウ』っ……!?」
「あの銃がぶっぱなされたアジトは、中にいるヤツらもろとも灰になっちまうって話じゃねぇか……!」
本来は意思のないはずのゾンビたちまでもが、臆すように後ずさる。
裏社会どころか地獄の1丁目まで、帽子男の恐ろしさは広まっていたのだ。
「しかし俺は地獄の入口じゃなくって、その奥にいる閻魔様に用があるんだけどねぇ……。
いまだに、アポすら取らせてもらえなくってねぇ……っと」