12 燃えよ剣
12 燃えよ剣
少女たちが魔王信奉者のアジトで、死地に活路を見いだしていた頃……。
ところかわって、スラムドッグマートのキリーランド本部。
事務所で、いつものようにマザー弁当を食べ終えたクーララカは、満たされた一時を味わっていた。
「はぁ……。リインカーネーション様の作ってくださったものは、どれも素晴らしく美味だ……。
しかも大食の私でも満足できる量を、いつも作ってくださる……感謝してもしきれない……。
はっ、よく考えたら、私はホーリードール家に仕える聖女従騎ではないか。
ここはひとつ愛用の剣の手入れをして、午後に行なわれる『新製品発表会』の警護に馳せ参じるとしよう」
と、腰に提げていた剣を外すクーララカ。
しかしよくみたらそれは、ただの木刀であった。
「なっ!? 私のチャルカンブレードが、なんで木刀に!?
さ……さては『わん騎士』どもだな……!? 厩舎の鍵だけでなく、私の愛剣まで盗んでいくとは……!
いくらイタズラでも、やっていいことと悪いことがあるぞっ……! ぐぎぎぎぎぎっ……!」
……バキィィィィィーーーーーーーーーーーーンッ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アジトの地下室は騒然となっていた。
「えええっ!? チャルカンブレード!? 2号、なんでアンタがこれを!?」
「こんなこともあろうかと思って、クーララカをからかったときに、ついでに借りておいたのん」
「でかしたわ、2号! さぁバーンナップ、これを使いなさい!」
シャルルンロットはミッドナイトシュガーから剣を受け取り、バーンナップに渡そうとする。
しかしバーンナップはりんごのようなほっぺを膨らませ、拒絶するようにぷいとそっぽを向いた。
「ことわる」
「はぁ!? なに言ってんのよアンタ!?」
「我が一族に泥を塗った女の剣など、使いたくない」
「今はえり好みしてる場合じゃないでしょ!? 死にたいの!?」
「そんな剣を使うくらいなら、死んだほうが……!」
声を荒げようとしたバーンナップを、鋭い声が一喝する。
「手に取るのです、バーンナップ!」
見るとそこには、厳しい顔で見据えるフォンティーヌが。
バーンナップは、親に叱られた子供のような顔になった。
「そ……そんな、フォンティーヌ様……!?」
「バーンナップ、あなたがどれだけあの女のことを憎んでいるかを知っています。
幼いあなたはセンティラス様のことが大好きでしたものね。
でも今だけは、その気持ちを忘れるのです。
あなたがセンティラス様を想う気持ちで、助かるはずの命を犠牲にしていいものではありませんわ。
もしここにセンティラス様がおられたら、きっとそうおっしゃるはずです」
バーンナップはまわりを見回す。
フォンティーヌから視線を外し、わんわん騎士団のメンバーを、ひとりひとり見つめる。
視線を落とすと、起き上がることもできない身体を振り絞るようにして動かし、我が子の元に這い寄るステンテッドの妻の姿があった。
この子だけでは守りたいと、きつく息子を抱きしめている。
親子の回りには、魔王信奉者たちの姿が。
彼らは、この美しい親子愛が絶望に変わる瞬間を想像し、下品なポルノを鑑賞しているような、下卑た笑みを浮かべていた。
その最低な大人たちの奥に鎮座していたのは、史上最低の、大人っ……!
「がはははははっ! そんなショボイ剣があったところで、なんになるというのだ!
お前たちはもう、袋の野良犬……! 棒で叩かれても、キャンキャン泣き喚くことしかできんのだ!」
……カッ!
バーンナップの瞳の奥に、憤怒の炎が燃え上がる。
差し出されていたチャルカンブレードをガッと掴み、激情に任せて一気に引き抜こうとした。
しかし、できなかった……!
「だ……ダメ、だ……! 抜けないっ……!
チャルカンブレードは、意思のある剣……!
心より信用しない限り、決して力を貸してはくれない……!
この剣を信用するということは、あの女を……!」
歯を食いしばるバーンナップ。
頭ではわかっていたが、どうしてもできなかった。
クーララカを、許すことが……!
しかしふと、傍らに寄り添う人物に気付く。
白昼夢でも見ているかのように、目を剥くバーンナップ。
「せ……センティラス様っ!? な、なぜ、このような所に!?」
しかし、そこにはたしかにいた。
羽衣のような光に包まれ、バーンナップの腕をちいさな両手できゅっと握りしめ、困り笑顔を浮かべる少女の姿が。
『もう、あなたったら……やっと、この剣を手に取ってくれたのね……』
「ま……まさかセンティラス様は、このチャルカンブレードに……!?」
『ええ、そうよ。私は跡取りの聖女がいないから、かわりに娘の剣に還ることにしたの』
「娘!? あの女が……!?」
『あの女って……。私はクーララカのことは、娘だと思っているのよ』
「そ……そんな……!」
あからさまにショックを受けるバーンナップ。
光の少女は、その頬に手を当てた。
『もちろんあなたも、私の娘よ。だからクーララカは、あなたのお姉ちゃんってことになるわね』
複雑な表情を浮かべるバーンナップに、光の少女は困り眉の角度をさらに深くする。
『もう、あなたったら……。私は、クーララカを怨んでなんかいないわ。
だからあなたもクーララカのことを許してあげて、仲良くしてほしいの……。
それが、母さんからのお願いよ』
微笑む光の少女。
頬に当てていた手に、雫が落ちる。
『ああ、泣かないで、バーンナップ。泣くのは、みんなを救ってからにしてちょうだい。
母さんも手伝うから、悪い人たちを、いっしょにやっつけちゃいましょう、ねっ?』
「は……はいっ……!」
震える声で返事をしたバーンナップは、再びチャルカンブレードの柄に手をかける。
しかしその感触は、先ほどのものとは大きく違っていた。
柄を握りしめた瞬間、鍔にあしらわれていた蛇のレリーフが這いだし、
……ガシィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
と、握り返すように、手首に巻き付いたっ……!
剣と人、母と娘……そして、姉と妹が、ひとつになった瞬間であった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
普段は無言で剣を振るバーンナップ、しかし今はクーララカのように、雄叫びをあげる。
鯉口が切られた瞬間、灼熱があふれ出し、あたりが紅蓮に染まった。
……ドッ……ゴォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
爆音とともに振り抜かれた剣は、炎を薙いだかのように部屋の半分を焼き尽くしていた。
黒焦げになる魔王信奉者たち、ステンテッドは尻に火が付き、あちこちを走りまわっている。
「ぎゃあああっ!? あついあついあついっ!? あつぃぃぃぃぃぃぃいーーーーーーーーーーっ!?!?」
皮膚が焦げたような匂いが充満する。
バーンナップは剣を振り抜いたまま、餓えた野犬のようにハッハッと息をしていた。
ウィザード・T様よりレビューを頂きました! ありがとうございます!