10 出撃
10 出撃
ステンテッドはアジトの奥へと通される。
地下の階段を降りていった先には、むせかえるほどに生臭い匂いで満たされた、広い部屋があった。
床はどす赤い液体で濡れていて、壁や天井からも、どろりとした赤い液体が滴っている。
部屋の中央には魔法陣のようなものが描かれていて、中央には4つの樽があった。
樽は内側にはびっしりとヒルが張り付いていて、獲物を嗅ぎつけたように蠢いている。
部屋の奥には悪魔王の巨大な像があり、ステンテッドはその手前にある、異形の玉座に案内された。
ステンテッドは最初は引き気味だったが、しばらくすると慣れてしまう。
運ばれてきた黄金のグラスに入った謎の赤い液体も、ワインのごとく飲み干す。
ステンテッドの前に跪いていたのは、総勢100名ほどの魔王信奉者たち。
壮観だった。
彼はついに、大いなる力を手に入れたのだ。
そこに、今日の犠牲者たちが運び込まれてくる。
ステンテッドの妻と子供、そしてフォンティーヌとバーンナップ。
ステンテッドは玉座にふんぞり返り、縛り付けられたまま跪かされた者たちに向かって言った。
「これからお前たちには、ワシらの糧となってもらう!
お前たちはブタとおなじで、ワシの糧になるために、今まで生かされてきたんじゃ!
でも、そのへんの凡人に食われるのではなく、勇者であるワシに食われるとは、幸せなブタどもといえよう!
さあ、ブタどもよ、ワシのためにいい声で鳴くんじゃ!
そして地獄で、偉大なるワシのために死んでいったと自慢するがいい!」
ステンテッドはすっかり王様気取り。
魔王信奉者たちに「やれっ!」と命じ、犠牲者たちを樽にセッティングさせていた。
唸り始める魔導装置。
儀式という名の拷問が開始されたところで、彼らの猿ぐつわが解かれる。
「い……いやあああっ!? あ……あなた、こんなこと、やめてくださいっ!」
「うわああんっ! パパは最低だ! 僕らをこんな目に遭わせるだなんて!」
泣き叫ぶ妻と子供。
フォンティーヌはギョッとなった。
「もしかして、こちらにいるふたりは、ステンテッドさんの家族だったんですの!?」
「がはははははっ! そうじゃ! ワシに食われる運命にあるとも知らず、このワシを愛しておったんじゃ!」
「げ……外道っ! あなたは人間じゃありませんわ……!」
「なんとでも言うがいい! ワシは決めたんじゃ! あのオッサンを滅ぼすためなら、なんでもすると!」
「あのオッサン!? 誰ですの、それは!?」
「さぁな、名前など知るか! そのへんにいる、ショボイオッサンじゃ!」
「しょ……ショボイオッサンのために、家族やわたくしたちを犠牲にするというんですの!? そんなこと、許されるわけが……!」
身体の血を抜かれながらも、樽のなかで暴れるフォンティーヌとバーンナップ。
妻と子供は、全身をおそうおぞましい激痛に身悶えし、声を枯らして助けを呼んでいた。
「もうなにをしてもムダじゃ!
このはスラム街、そのうえ地下じゃ! こんな所には衛兵すらも近づかん!」
来てくれるとしたら、野良犬くらいのもんじゃろうな!
がはははははっ! がーっはっはっはっはっはっはっは………!」
……ずばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!
ニセ悪魔勇者の高笑いは、扉を乱暴にブチ破る音で遮られた。
ロウソクだけの薄暗い部屋のなかに、まばゆいほどの明かりがもたらされる。
血なまぐさい匂いが、爽香によって上書きされていく。
「だ……誰じゃっ!?」
残骸だけとなった両開きの扉の向こうには、4つのシルエットが。
それを目にした途端、その場にいた者たちは、誰もが目を見開いていた。
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は少しだけ戻る。
場所はゴージャスマートのキリーランド本部。
事務所の外には、4つの小さな樽が。
それはときおり持ち上がって、足が生えたかのように、ちょこちょこと移動していた。
人目を察すると、ストン、と元に戻る。
隙間のわずかな穴から。ヒソヒソ話が漏れていた。
「ここに、あの鼻持ちならないお嬢様と、鼻持ちならない騎士がいるのね」
「それならここにいるのん」
「って、それはもういいわよ! なんとかして今日の『新製品発表会』に出品する製品を突き止めるのよ!」
「スパイをするには遅すぎるのん。ドロボウを見つけて麻を収穫するようなもののん」
「しょうがないでしょ! ずっとこうやってスパイしてたのに、アイツらぜんぜんシッポを出さないんだから!」
「でも、いまさら突き止めてどうするんですかぁ?」
「それは、えっと……たいしたことないって、笑ってやるのよ!」
「わうっ! わうは笑うの大好きなのです! わうが笑うとめがみさまも喜んでくださるのです!」
などとワイワイガヤガヤやっていると、少女たちの前に、一台の馬車が通りしすぎる。
その馬車は人目を避けるように、事務所の裏口で止まった。
「あの馬車、なんだか怪しいわ! もしかしたら、『新製品発表会』の製品を運び出すのかも!? 近くまで行ってみましょう!」
裏路地に入った彼女たちは、目撃する。
縛られて馬車に連れ込まれる、フォンティーヌたちの姿を。
「ちょ、なにあれ!? いったい、なにがどうなってるっての!?」
「人さらいのん」
「ひとさら!? ひとさらだけじゃ、お腹が足りないと思いますぅ」
「わうっ! わうたちは、たべざかりなのです!」
「なにわけのわかんないこと言ってるのよ! あの馬車を止めないと! ああっ!? 走り出しちゃった!?」
「いい手があるのん」
「さすがは知恵の2号さん! それはどういう手なんですかぁ?」
「こういう手のん」
「えっ……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?」
3号が入っていた樽がドーンと押され、横倒しになってゴロゴロと転がされる。
走り去る馬車に追いすがったが、あと一歩というところで馬車は曲がり、樽は街角に積んである資材にがっしゃんと激突した。
「ああもう、なにやってんのよ3号! ちゃんとぶつかりなさいよ!」
「わうっ、あのくらいの馬車なら、わうなら追いつけるのです!」
「よし、それじゃ4号! あの馬車に飛び移りなさい! もちろん、見つからないようにね!
アタシたちが馬車で追いかけるから、その目印になるのよ!」
「わうっ! かしこまりなのです!」
しゅたっ! と敬礼した、犬耳しっぽの少女が走り出す。
ちょこまかとした動きで馬車に追いつくと、しゅぱっと馬車の後部に張り付いた。
一団のリーダーである、金髪の少女が言った。
「追跡装置を取り付けたわね! なら、いったん戻るわよ!」
4号を回収した3人の少女たちは、スラムドッグマートの事務所に戻る。
「クーララカ! 厩舎の鍵をちょうだい! アタシたちの馬車を出すから!」
「なら、用途を説明するんだ。あの馬車はスラムドッグマートの備品なのだから、私用には……」
「鍵ならここにあるのん」
「でかしたわ、2号!」
「って、いつの間に鍵を!? 返すのだ、こらっ!」
少女たちは、わーっ! と事務所内を駆け回り、追いかけてくるクーララカを翻弄。
クーララカが壁に激突して倒れたスキに逃げ出し、厩舎の鍵を開け、自分たちの馬車に乗り込む。
少女たちの馬車は、彼女たちと同じくらいの幼いポニーが引く、犬舎のようにちっちゃな馬車だった。
「いくわよっ! 『わんわん騎士団』、しゅつげきぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーっ!!」
少女もポニーも、ちっちゃくてもパワフル。
……ずばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!
厩舎の扉をデジャヴのように吹き飛ばしながら、外へと飛び出していった。





