09 最後の一線
09 最後の一線
ステンテッドは馬車の御者に向かって叫ぶ。
「おいっ! 行き先変更だ! スラム街ではなく、キリーランド王国へ行け!
駄賃のことなら心配するな! 金ならほら、このとおりあるからな!」
取り出した札束を、馬車の覗き窓ごしに御者に押しつける。
「そして、これから起こることは、貴様はなにも見なかったことにするんだ……!
そうしたら、この倍の金をくれてやる……! いいなっ!?」
あっさり買収された御者は、はりきってキリーランドへと馬を走らせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いっぽうその頃、決戦を明日に控えたフォンティーヌは、いままで以上にやる気に満ちていた。
キリーランドにあるゴージャスマートの本部の一室にカンヅメとなり、明日出品する新製品の最終チェックに余念がない。
「ふふふ……! わたくしが考えたこの新製品は、わたくしの聖女としての全てを注いだもの……!
全ての聖女に『欲しい!』と言わしめ、これからの聖女にとっての標準装備となるでしょう……!
プリムラさんなど、きっと身体じゅうに身に付けるに違いありませんわ! おーっほっほっほっほっほっほ!」
……ずばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!
お嬢様聖女の高笑いは、扉を乱暴に蹴破る音で遮られた。
「誰ですの!? この部屋には、誰も入るなと……!」
開いた扉をキッと睨み付けるフォンティーヌと、身構えるバーンナップ。
そこには、頭の片隅にすらもいなかった人物が立っていた。
「あなたは、ステンテッドさん……? なんですの、その格好は……?」
汚い野良犬が部屋に乱入してきたような、いぶかしげな反応を見せるフォンティーヌ。
変わり果てた姿の勇者は、なぜか女性と子供を引きつれていた。
ステンテッドは、手にしていた包丁を、女性の首筋に押し当てる。
「この女と子供の命が惜しくば、ワシといっしょに来るんじゃ!」
なんとステンテッド、自分の妻と子供を人質に、フォンティーヌをさらう計画を実行。
彼女ほどの高名な聖女であれば、生贄にピッタリだと判断したのだ。
しかし目の前にいる人質は、フォンティーヌにとっては見ず知らずの赤の他人。
「ステンテッドさん、あなた、いったい何をおっしゃっていますの? その方たちは、いったい……?」
「コイツらが誰かなど、どうでもいいことじゃろう! 言われたとおりにするんじゃ!
でないと、コイツの喉笛を掻き切るぞっ!」
妻の白くて細い首筋に、きつく刃が食い込む。
ステンテッドの目は真っ赤に充血しており、すでに正気でないのは明白だった。
バーンナップは身構え、腰の剣を今にも引き抜こうとしていたが、
「待つのですわ、バーンナップ! 攻撃してはなりません!」
「しかし、フォンティーヌ様……!」
「ふん! そんなガキが剣を抜いたところで何になるというんじゃ! じゃが、念には念を入れんとな!
そこのガキ、武器を捨てろっ! 手を頭の後ろにやって、跪くんじゃ!」
フォンティーヌから視線で制され、バーンナップは唸りながら腰の剣を外す。
ステンテッドをすさまじい形相で睨み据えながら、膝をついた。
「よし、アバズレよ、そのガキを縛るんじゃ! ギッチギチにな!
あとでチェックするからな! ゆるく縛ったりしたら、承知せんぞ!」
フォンティーヌは言われるがままに、バーンナップを縛り上げる。
バーンナップはチャンスを見て反撃するつもりだったが、相手がフォンティーヌとあっては手も足も出せない。
バーンナップが床に転がされたあと、ステンテッドは人質を盾にするようにして、フォンティーヌに近づく。
そして、渾身の前蹴りをフォンティーヌに浴びせた。
「ぐはっ!?」
吹き飛び、壁に叩きつけられるフォンティーヌ。
そのままバウンドするように倒れたところに、ステンテッドは馬乗りになって、後ろ手に縛り上げ、猿ぐつわをかませる。
途中、息子がくぐもった声で体当たりしてきたが、パンチで追い払った。
「勇者のワシにこうも抵抗するとは、躾のなってないガキじゃ!
アバズレが手に入ったら、お前たちには情けをかけてやろうと思っていたが……。
気が変わった! お前たちも、悪魔王の手土産にしてくれるわ!」
ステンテッドは妻と子供、フォンティーヌとバーンナップを1本のロープで数珠繋ぎにすると、事務所から連れ出す。
人目のつかない裏口で待たせていた馬車のなかに、4人を詰め込んだ。
「よぉし、準備完了じゃ! 御者よ、セブンルクスに戻るぞ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ステンテッドは初めてとは思えないほどに、みごとに人さらいをやってのける。
そして魔王信奉者のアジトに取って返すと、大量の魚をぶちまけるように、4人の身体を床に蹴り転がした。
出迎えた黒い覆面の男は、「おお……!」と驚嘆する。
「こちらは、フォンティーヌ・パッションフラワー……! それに、お供の聖女従騎まで……!?
これは過去にないほどの、極上の生贄です……!
きっと悪魔王様は、どんな願い事でも叶えてくださるでしょう……!
我々、魔王信奉者も、ステンテッド様のために、命も捧げましょう……!」
覆面の男の態度は一変、急にへーこらしだした。
アジトにいた大勢の覆面たちがやってきて、ステンテッドに跪く。
単純なステンテッドは、それだけで上機嫌になった。
「がはははは! やっとワシの偉大さがわかったか! お前たちはもう、ワシの下僕じゃ!
さっそく、あのオッサンを……!」
「ステンテッド様、その前に、この者たちを悪魔王様に捧げる儀式をさせてください。
そうすれば、我々は無敵の力を得ることができ、より、あなた様のお役に立てることでしょう」
「うむ、苦しゅうないぞ! それで儀式というのは、なにをやるんじゃ!?」
「はい。ヒルの詰まった樽の中に入れ、生きたまま血を全身の抜き取ります。
想像を絶する激痛と、愛された者に裏切られた絶望で、死んだほうがマシだと思えるほどの苦痛を、長きに渡って味わわせます。
どんな人間でも、途中で発狂します。その時に発せられる悲鳴こそが、我らの血肉となるのです」
そのおぞましい手段に、ステンテッドは一瞬ドキリとなる。
フォンティーヌとバーンナップは苦渋をさんざん舐めさせられた敵なので、ステンテッド的にはどんな死に方をしようが構わない。
しかし妻は、いくらゴルドウルフの当てつけとして結婚したとはいえ、多少の愛情はある。血を分けた息子ならなおさらだ。
ステンテッドは足元で這いつくばっている彼らに視線を落とす。
妻も子供も、泣きはらした瞳で見つめ返し、くぐもった声の助けを求めている。
これはステンテッドにとって、『最後の一線』と呼べるものであった。
ここを跨ぎ越えてしまったが最後、もはや人間には戻れなくなる。
「う……」と一瞬だけ、言葉に詰まるステンテッド。
そして、彼が下した決断は……。
「そ……そうか! ならば、存分に苦しめてやるといい!
下僕のお前たちがワシに忠誠を誓うのであれば、こんな女子供、いくらでも捕まえてきてやるわ!
がはははははっ! がーっはっはっはっはっはっはっはーーーーーーーーーっ!」
ついに、外道っ……!!





