08 ひさびさのニセ勇者
08 ひさびさのニセ勇者
ゴルドウルフとの逢瀬は、たったのひと晩、しかも時間にして30分くらいであった。
しかし次の日のプリムラは、見違えるようになっていた。
髪はツヤツヤ、お肌はスベスベ、瞳はキラキラ、唇はウルルン。
スクラップ寸前だったエンジンが、宇宙まで飛べるロケットエンジンに換装されたかのように、あっという間に問題解決。
なんと明日に控えていた『新製品発表会』用の商品を、試作品どころか本製品まで、独力で作り上げてしまったのだ。
しかもその商品はあまりにも斬新。
最初に見せられたランは、
「ま……マジかよ……!? こんな製品を、思いつくだなんて……!? お前、マジでヤバすぎるっ……!?」
感心や驚愕を一気に飛び越え、戦慄させてしまうほであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃いっぽう、ライバルのフォンティーヌ……。
ではなく、すっかり忘れ去られている、あのオヤジはなにをしていたかというと……。
「なに!? ワシは勇者ステンテッド様じゃぞ!? なのに、力を貸せんとはどういうことだっ!?
ワシがその気になれば、貴様らのような魔王信奉者など一瞬で壊滅させられるのだぞ!」
「我々は、脅しに屈しない。そして我々は、勇者を信じない。我々が信ずるのはただひとつ、悪魔王様だけだ」
ロウソク1本だけの暗闇の部屋、黒い覆面の男が、背後にあった禍々しい像を指さす。
「我々の力が欲しくば、活動資金となる金を持ってこい。もっと強い力が欲しくば、生贄を持ってくるのだ」
「生贄じゃとぉ!?」
「そう。悪魔王様がもっともお喜びになるのは、高名なる聖女の生贄。
その次に、お前を深く愛する者。たとえばお前の家族や子供、恋人などだ。
その愛する者が、お前の手によって生贄に捧げれられたとき、なによりもの供物となる絶望がうまれる」
覆面の男は、催眠術のように繰り返す。
「それらの供物を我らに提供するのであれば、我らはお前の望みを、なんでも叶えてやろう……!」
ステンテッドは即答する。
それが、天命であるかのように。
「ワシの望みは、ただひとつ……! あのオッサンの、破滅だっ……!!」
とあるスラム街の、魔王信奉者たちのアジトを訪れていたステンテッド。
いつものように勇者ブランドを振りかざし、魔王信奉者たちを操って、ゴルドウルフの足を引っ張ろうとしていたのだが……。
思わぬ対価を要求され、アジトを追い出されていた。
「クソッ! まさか勇者の威光が通用せんとは! こうなったら、生贄を用意するしかないな!」
ステンテッドはいまや無一文だったので、生贄しか選択肢が無かった。
「勇者のワシを愛している者は大勢いるから簡単じゃろう!
でも、より深くワシのことを愛している者のほうが、よいと言っておったな……。
となると……」
すぐに思い浮かんだ候補は3人ほど。
愛人として囲っている聖女と、妻と子供である。
ステンテッドはそのふたつを、何のためらいもなく頭の中で天秤にかける。
すると、すぐに答えは出た。
「うむ! まだいろいろと使い道のある若い聖女を生贄にするだなんてとんでもない!
ならば家のほうに戻って、生贄調達といくか!」
何のためらいもなく、妻と子供を生贄にすることを決めたステンテッド。
セブンルクス王国にある屋敷に戻るのは久しぶりだったのだが、そこはもぬけのカラだった。
がらんとした室内には、置き手紙だけがある。
『あなた、このお屋敷の月賦が払えなくなってしまったので、引き払うこととなりました。
このお屋敷は売りに出され、来月には新しい勇者様が越してこられるそうです』
手紙を手に、ワナワナと震えるステンテッド。
その背後から、どやどやと大勢の若者たちが入ってきた。
「うぇーい、いいじゃんココ! 俺たちのシェアハウスにはピッタリじゃん!」
「って、汚ぇオヤジがいるぞ! ホームレスかよ、さっさと出てけよ!」
「なんじゃ、貴様らは!? ひとの家にいきなり入ってきおって!? ここは勇者ステンテッド様の屋敷じゃぞ!?」
「ステンテッド!? お前は各地でやらかしてる『ニセ勇者』だろう!?」
「噂では、コイツをボコした勇者はみんな出世してるらしいぞ! やっちまおうぜ!」
ステンテッドは若き勇者たちにボコボコにされ、外に放り出されてしまう。
「ぐっ……! ぎぎっ……! か、勝手にワシの屋敷を売り払うとは、許さんぞっ……!」
それでもステンテッドは懲りない。
血まみれになった手紙を頼りに、妻と子供の引っ越し先へと向かう。
そこは貧民同然の者たちが住む場所で、住まいは今にも崩れそうなあばら家だった。
「なんじゃ!? このホームレスが住むような家はっ!?」
ホームレス以下の格好をしたステンテッドは、家に土足で踏み込むなり、妻と子供を怒鳴りつけた。
「あ、あなた!? お帰りになったんですね!?」
「あっ!? お帰り、パパ! 今までどこに行ってたの!?」
「うるさいっ! なにが『お帰り』だ! こんなボロ家、勇者のワシの家ではないわ!
まったく、ワシが苦労して働いているというのに、お前たちはいつもいつも恥さらしなことばかりしおって!
いい加減、愛想が尽きたわっ! ワシといっしょに来いっ!」
ステンテッドは妻を押し倒し、紐で後ろ手に縛り上げる。
「や、やめろっ! ママになにをするんだっ!? はなせーっ!」
止めようとする息子もひとまとめにして縛り上げる。
台所にあった包丁を手に、押し込み強盗のように家捜しをした。
「おっ!? こんなところに金があるじゃないか!」
「あ、あなた! それは、私が内職やパートをして貯めたお金で……!」
「ウソをつけ! おおかた、ワシの稼ぎをちょろまかしていたんだろう! この泥棒猫が!」
なおも騒ぐ妻と子供に、猿ぐつわをかませるステンテッド。
このままふたりを外に連れ出すつもりだったが、縛った女と子供を連れ歩いていてはさすがに目立ってしまう。
奪った金で馬車をチャーターし、妻と子供を詰め込み、「騒ぐと殺す」と脅しながら出発した。
馬車は魔王信奉者のアジトに向かって走っていたが、その途中、ステンテッドは窓からあるものを目にする。
それは、ゴミ捨て場に捨てられたゴージャスマートの看板。
その瞬間、ステンテッドの頭に、さらなる名案が閃く。
「そうじゃ……! いくらワシを愛しているからといって、こんな役立たずな女子供を生贄にしても、悪魔王は喜ばん……!
ならばもっと確実な生贄を、連れて行ったほうがいいな……!」
彼はまるで、自身が悪魔王になってしまったかのように、ニタリと笑った。





