06 動かされる女たち
06 動かされる女たち
プリムラはまたしても、俎上に上げられてしまった。
しかも今度は、聖女の国キリーランドでの『新製品発表会』。
ということは発表する新製品もおのずと、聖女をターゲットとしたものになる。
いま、プリムラのローブは地を這うような売上だというのに……。
売れに売れているローブの、フォンティーヌを相手にせねばならぬのだ……!
これは、開始前から大きな差がついた勝負といえるだろう。
そして、これこそ『決戦』と呼べるほどに、大勢に影響をもたらすだろう。
敗れたほうの聖女一族は、キリーランドでの名声が落ちるのは間違いない。
こんなスキャンダラスでスリリングなネタは滅多にないと、キリーランドのマスコミはさっそく両者の対立を煽りたてる。
新聞の一面には連日、プリムラとフォンティーヌの真写が、対立構造のように掲載された。
『勝負の行方、そして聖女としての未来を左右する決戦は、1ヶ月後……!』
プリムラにとってこの1ヶ月は、矢のような速さで過ぎていく。
業務のほとんどを新製品を考える時間に充てたにもかかわらず、すっぽり抜け落ちたかのように、朝ベッドで目覚めた次の瞬間には、夜のベッドにいた。
夜もほとんど眠れずに焦燥していく。
彼女は、自分自身の名誉が傷だらけになるのは何ら気にしなかったが、姉や妹の名誉だけは、曇りひとつ付けたくなかった。
そして彼女の心のよりどころは、『おじさま』。
ゴルドウルフにすがることができたら、どんなに楽かと思っていた。
しかしゴルドウルフは連日不在が続き、顔を見ることもできなくなっていた。
ゴルドウルフ不足で姉や妹がおかしくなっていくなか、彼女はいよいよ限界を迎えたかに見えた。
表面張力ギリギリになった感情が、いよいよ溢れ出そうかというその時、事務所に来客があった。
プリムラにとって、その男は初絡みであったのだが……いちど見たら忘れられない、蛇のような顔をしていた。
「あなたはたしか、ゴージャスマートさんの……」
「しゅるしゅる。はい、シュル・ボンコスと申します。
今はフォンティーヌ様の補佐として、働いています」
プリムラの隣に座っていたランが、さっそく突っかかっていく。
「妙なヤツだなぁ。お嬢様といい、ゴージャスマートにはマトモなヤツはいねぇのかよ」
「ら、ランさん!? す、すみません、大変失礼なことを……!」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる。かまいませんよ
それよりも、プリムラ様とふたりだけでお話をさせていただけませんかな?」
ランは拒否したが、プリムラに諭されて仕方なく事務所を出ていった。
「それで、あの……お話というのは……?」
ゴルドウルフ以外の男性とふたりっきりになることに慣れていないプリムラは、緊張した面持ちで尋ねる。
シュル・ボンコスはその気配を察し、ウサギを追いつめたキツネのように笑んだ。
「しゅるしゅる、ふしゅるるる……! そう、警戒なさらずとも……!
しゅるはただ、プリムラ様に真写を見ていただきたいだけなのです……!」
「真写?」とオウム返しにするプリムラに、「しゅるしゅる」と頷き返すシュル・ボンコス。
懐から取りだした真写の束を、トランプのようにテーブルに広げた。
写っていたのは、邸宅で過ごすフォンティーヌの姿。
それだけではただの隠し撮りだが、思わぬものがいっしょに写っていた。
「これはもしかして、『モフモーフ』さん……!?」
『モフモーフ』とは、ユニコーンと並ぶ伝説の聖獣のこと。
フォンティーヌはかつて、プリムラに聖獣討伐勝負を挑んでいた。
結局、両者とも目的達成はならず、勝負は引き分けとなっていたのだが……。
フォンティーヌはモフモーフの仔を持ち帰り、自宅で密かに育てていたのだ。
「しゅるしゅる、そうです。
フォンティーヌ様は、隠れて聖獣を育てているのです」
聖獣を育てる……それは、聖女にとって大いなるスキャンダルである。
女神に仕える者が、モンスターを育てることなど、あってはならぬことだからだ。
ショックを受けて固まるプリムラに、シュル・ボンコスは続ける。
「しゅるしゅる、もしこの真写が世に出回ったら、フォンティーヌ様は聖女の地位を剥奪されてしまうでしょうねぇ……!
しゅるしゅる、ふしゅるるる……!」
フォンティーヌの、聖女剥奪。
それはこのキリーランドの商戦において、スラムドッグマートの即時勝利を意味する。
そんなゴージャスマートを窮地に立たせるようなスキャンダルは、身内の人間ならばなんでも外に出ないようにするのが普通である。
しかしシュル・ボンコスは敢えて、その致命傷ともいえる傷をプリムラに晒した。
それは、なぜか……?
それは、彼が蛇のように、狡猾な男だから……!
シュル・ボンコスは人心を把握し、掌握する技術に長けていた。
その手練手管の技術で、勇者の地位を影ながら守り抜いてきたのだ。
そんな彼が、プリムラの心を弄ぶことなど、ハムスターを転がすよりも簡単だった。
プリムラは手のひらにいるとも知らず、シュル・ボンコスにすがる。
「そ……そんな、おやめになってください! フォンティーヌさんは、素晴らしい聖女なのです!
モフモーフさんを住まわせているのは、きっとなにか、理由があって……!」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる……! やはりプリムラ様はおやさしいお方だ……!
いまは商売敵であるはずのフォンティーヌ様を、庇うだなんて……!
そのやさしさに、しゅるは感動いたしました。
では、この真写をマスコミに流すのはやめておきましょう。
そのかわりひとつ、お願いがあるのですが……」
「なんでしょう!? わたしにできることなら、なんでも!」
「1ヶ月後の『新製品発表会』……負けてください」
「えっ」
「フォンティーヌ様が出す商品を、プリムラ様が『欲しい!』と宣言なさってください。
そうしたら、この真写は世に出さず、あなた様に差し上げましょう……!
しゅるしゅる、ふしゅるるる……!」





