02 変わり果てた王国
02 変わり果てた王国
グッドバッドは数ヶ月ぶりに、セブンルクス王国へと戻った。
あれほど厳しかった国境の警備がほぼフリーパスとなっていることに、まず驚く。
そして国内に足を踏み入れた彼は、さらなる驚きに包まれた。
なんと、国じゅうが総出で『野良犬』ムードを醸し出していたのだ。
ついこの間まで、『野良犬死すべし』のスローガンとともにゴルドくんのイラストが掲げられ、考えうる汚損がなされていたというのに……。
今では『ようこそ野良犬』の歓迎ののぼりが、あちこちに掲げられていた。
道すがらにある『ゴージャスマート』はすべて閉店しており、空き店舗は『スラムドッグマート開店予定地』となっていた。
「グッドバッド……!? これは、いったいうどういうことなのだ……!?」
グッドバッドは気付いていない。
この、大いなる様変わりを引き起こしたのは、すべて彼自身の行動が原因であることを。
『ゴルドウルフが勇者になるのを断った』
この20文字にも満たないワードを、グッドバッドがひた隠しにしたばかりに、大いなる誤解を生んでしまう。
そう、世間的にはすでに『ゴルドウルフは勇者である』という認識が、すっかり定着。
今やこの国は、完全なる野良犬の天下となってしまったのだ……!
そしてこの喜劇にさらなる拍車をかけていたのが、『ゴージャスマート』の全店閉店の事実である。
世界に名だたる勇者の店が全店閉店、なんで?
↓
同時期に、スラムドッグマートのオーナーが勇者になった
↓
そうか、この国のゴージャスマートが閉店したのは、スラムドッグマートに屋号換えするからなんだ
ゴージャスマートが全店閉店してしまったのは、ただの業績悪化が原因なのだが、世間の認識はこうであった。
しかし、よくよく考えてみたらおかしな話ではないだろうか。
なぜこのような惨状にありながら、この国のゴージャスマートの最高責任者である、ブタフトッタとボンクラーノは何もしないのかを。
この親子はたしかにゴルドウルフが勇者になることを望んでいたが、スラムドッグマートの同国への上陸は別の話である。
むしろ、ドッグレッグ諸国にあるスラムドッグマートを、すべてゴージャスマートに変えさせてやろうとすら思っていた。
それなのになぜ、親子はなにもしていないのかというと……。
ただ単純に、知らなかったのだ……!
この恐るべき、現況を……!
ブタフトッタは、その体重から滅多に外に出ることはない。
ボンクラーノは、ずっと寝込んでしまっているので、長いこと屋敷に閉じこもったまま。
そのせいで、ずっとゴージャスマートは存在しつづけていると思い込んでいた。
無理もない、なにせこの国のゴージャスマートは長年に渡り、鉄の砦のごとく安定した売上を誇っていたのだから。
だからこそ、夢にも思わなかったのだ……!
砂上の楼閣のように、もはや跡形もなくなっていることを……!
いや、しかし、しかしである。
「いくらなんでも、部下がふたりに報告するのではないか?」と思うであろう。
そんな風に思った人間は、勇者というものをまだ理解していない。
部下である勇者たちは、ゴージャスマートの売上不振をいっさいブタフトッタとボンクラーノに報告していなかった。
それはなぜか? 簡単なことである。
……悪い報告をすると、自分の余計な仕事が増えてしまうから……!
下手をするとそのミスの当事者にされてしまい、怒られてしまうから……!
もちろん、ブタフトッタとボンクラーノから尋ねられたら答えざるをえない。
しかしふたりとも盤石だと思っているので、そもそも尋ねられることもなかった。
ならば、部下たちが黙秘一択を選んでも、何らおかしなことではないだろう。
『ヒヤリハット』という言葉をご存じであろうか?
これは職場などにおいて、重大な事故に繋がりそうな事例を報告するシステムのこと。
たとえば、
『重い荷物を運ぶ廊下に釘の出っ張りがあって、躓きそうになってヒヤリとした
このままでは重大な事故に繋がるのではないかと、ハッとした』
これを報告としてあげることにより、社内に情報として共有され、事故は未然に防がれるというものである
この報告を上げるためにはまず、書類を作成し、上司の承認印を貰わなくてはいけない。
というルールがあったとしよう。
さらに報告が承認されたあとは、報告者が事態の解決にあたらなくてはならなかったとしよう。
今回の例の場合は、廊下に飛び出た釘を報告者が打たなくてはならないということになる。
もちろんそこまでやれば、事故は未然に防げるであろう。
しかし、しかしである。
報告した者に、何の評価や報酬も与えられないとなると、どうだろうか?
いくら会社全体のためとはいえ、報告者にとっては『ただの余計な仕事』ということになる。
しかも下手をすると、その報告にかまけていたせいで、本来の仕事がおろそかになった場合……。
評価が下がってしまうことも、ありえるのだ……!
ここまで言えば、もうおわかりいただけただろう。
『ヒヤリハット』を見つけた者にとって、最善の選択肢が。
そう、そもそも『報告者にならない』……!
『ヒヤリハット』を見つけても、無視を決め込む……!
たとえ飛び出た釘で大事故が起ったとして、知らん顔……!
『ヒヤリハット』のシステムは勇者組織には存在しない。
でも、自分の余計な仕事は増やさない、という意識だけはしっかりと根底にあったのだ。
そんな知らぬ存ぜぬの勇者たちではあるが、ただひとつだけ例外があった。
『報告したことにより、他の勇者の足を引っ張れる』ような事例なのであれば、それはじゅうぶんに報告するメリットがある。
今回のゴージャスマート撤退の件に当てはめてみると、バンクラプシーとノータッチの副部長コンビの失態をチクるということである。
ふたりを引きずり降ろすには格好の材料ではあるのだが、誰もそのネタに飛びつこうとはしなかった。
いや、正確には『見守っていた』と言うほうが正しいかもしれない。
豚を、肥え太らせるかのように……。
いいや、もっと正確には『煽っていた』と言うほうが正しいだろう。
対岸の火事に風を送り、すべてを焦土に変えるかのように……!





